79話-5、暴走する妄想の新婚生活
花梨が黒い羽群を纏い、天狗に
しばらくすると変化が終わり、花梨の周囲を凄まじいスピードで回っていた黒い羽が、弾けるように辺りへ四散していく。
勢いを失った黒い羽が、ヒラヒラと床へ落ちていき、防音氷の中へ溶けるように消えていった。
その黒い羽が回っていた場所には、黄色い
既に役が入っているようで。腕を組みつつ、右手に持っていた黒い羽が連なったテングノウチワで、顔を悠々と仰いでいた。
「よーし、変化終わりっ」
「あっはぁ〜……。雪女姿の花梨ちゃんも素敵だけども、やっぱり堕天使姿の花梨ちゃんも最強だわぁ〜。見ているだけで、どんぶり飯を三杯は食べられそう〜。でへへへへへ……」
ビデオカメラに噛みつく勢いで撮り続け、鼻の下をだらしなく伸ばしては、垂れ出した鼻血の距離を伸ばしていく雹華。
「さーてと、喋り方とかはどうしようかな?」
「あっ、はい!!」
花梨が役の設定を考えようとすると、雹華はここぞとばかりに声を張り上げ、右手を高らかに挙げる。
その元気が有り余る声に、花梨は雹華に手をかざし「はい、雹華さん」と言う。
「喋り方と雰囲気はクロちゃんみたいな感じで! 一人称は俺! 性格はちょっと小生意気ながらも、根本的にクールなのが好ましいわっ!」
前から綿密に考えていたようなリクエストを、雹華が饒舌な早口で並べていくと、花梨は口元に指を添え、視線を天井へ滑らせる。
「クロさんみたいな感じで、一人称は俺。小生意気な性格を抜かすと、大体クロさんに近いかな?」
おおよその形が見えてくると、天井を見ていた花梨の視線が雹華へ戻る。
「雹華さん。ちょっとだけ呼び捨てにしてもいいですか?」
「呼び捨て? ああもう、ぜんっぜん大丈夫よっ!」
「ありがとうございます! ではでは」
むしろそうしてくれと聞こえる快諾に、花梨は「んんっ」と喉を慣らし、雰囲気作りから入る為に腕を組み直す。
そのまま目を瞑ると、ほくそ笑むように口角を緩く上げて、瞑っていた目を薄く開けた。
「よう、雹華。今日も元気そうじゃねえか」
「ふぇやっ……!?」
なるべく男性寄りしている花梨の声色と喋り方に、雹華は思わず腑抜けた声を発し、純白の頬を真っ赤に染める。
「う、うん。元気、よ?」
「本当か? なんだか顔が赤いぞ? 風邪でもひいてんじゃねえか? 熱が出てないか確かめてやるから、前髪を上げろ」
「ひゃ、ひゃい……」
自分でリクエストしたのにも関わらず、予想を遥かに上回る破壊力に狼狽える事しか出来ない雹華が、手で前髪を上げ、普段は隠れている右目を
その姿を認めると、花梨は手の平で熱を確かめるのかと思いきや。雹華との距離を詰め、己の
「ふおっ!? ちょっ……! ちょえゃぁあああーーーーッッ!?」
「あー、やっぱいつもより熱い気がすんな」
「ちょ、ちょふおっ! 花梨ちゃん! タイム、タイムっ!!」
パニックを起こした雹華が、赤く発光した顔を花梨から遠ざけると、慌てて後ろ走りで距離を取る。
その途中で足を取られたのか。元から崩れていた体勢をもっと崩し、床に倒れて滑っていった。
「お、おい雹華、大丈夫か?」
雹華の荒いだタイムという言葉を、あえて無視した花梨が、小走りで未だに滑っている雹華の元へ近づいていく。
ほぼ無意識の内か、それとも自然になのか。回復体位の姿勢で倒れていた雹華の横に着くと、花梨はその場にしゃがみ込んだ。
「雹華、思いっきりぶっ倒れたけど、大丈夫なのか?」
「か、花梨ちゃん……。一旦、その役をやめて……、ちょうだい……。あ、あまりにも刺激が強すぎて、溶けちゃいそう……」
絞り出すように、甘い吐息を吐いている雹華がそう言うと、顔から湯気のような白い煙が昇り出した。
花梨が顔を覗いてみると、既に鼻血を凍らした後のようで。両鼻には真紅のツララが生えており、瞳の焦点は定まっておらず、グルグルと回っていた。
「す、すみません。少し調子に乗り過ぎちゃいました」
「でも、今の男性的魅力が強い花梨ちゃん、どストライクだったわぁ〜……。結婚しろってせがまれたら、刹那で
「それは、ちょっと……」
「もし抱くぞって言われたら、喜んで服を脱ぐわ……」
「雹華さん、一回落ち着きましょう? ねっ?」
危なげな妄想をされる前に、まずは冷却にと、テングノウチワで雹華の赤く茹だった顔を仰ぐ花梨。
が、先を越されてしまったのか。鼻の下が真紅のツララよりも長く伸び、恍惚が極まった顔でニヤけ出した雹華が、「家は、新築の一軒家がいいわよねぇ〜。ウェッヘヘヘへへ……」と妄想の内容を口走る。
「雹華さ〜ん、そろそろ帰ってきて下さ〜い」
「あらぁ。おかえりなさい、花梨ちゃん。いえ、あなたっ。ご飯にするぅ? お風呂にするぅ? それとも、わ・た・ぶふおっ!?」
新婚ホヤホヤのセリフを言わせまいと、花梨はテングノウチワを気持ち強めに仰ぎ、妄想ごと吹き飛ばす突風を雹華の顔に浴びせる。
今の一撃で桃色の妄想が全て消し飛び、顔もすっかりと冷却されると、雹華は「はっ!?」と声を上げ、丸くさせてる目を花梨に合わせた。
「あら、あなた? もうお風呂から上がったの?」
「雹華さん? 撮影会をやらなくていいんですか?」
まるで話を合わせようとはしない花梨の催促に、きょとんした雹華が辺りを見渡していく。
「あっ、そうだったわね。妄想に勤しんでいる場合じゃなかったわ。それじゃあ……、あら?」
上体を起こして女座りをした雹華が、膝に手を添えて立とうとする。しかし、そこから腰が上がる様子はなく、雹華は何度も「あら? えっ?」と困惑気味に声を漏らしていった。
「どうしたんですか?」
「どうやら、腰が抜けちゃったみたいで……。立てなくなっちゃった、かも」
「えっ、本当に言ってます?」
顔だけは立とうという意志を見せているものの。尻は地面の氷に張りついたようにビクともせず、ただただ腕を伸ばす事しか出来なかった。
「……花梨ちゃん。一旦、休憩しない?」
「どうやら、本当にダメみたいですね。なら、そうしましょうか」
元はと言えば、自分も調子に乗り過ぎた事も原因だと思った花梨は、軽い罪悪感に駆られながら雹華の横につく。
風切羽を傷つけぬよう座り込むと、雹華を暇にさせぬよう適当に話を持ち出し、明るい笑い声をスタッフルーム内に響かせていった。
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ゴーニャは、メロンクリームソーダに
その圧巻とした飲みっぷりにも関わらず、五人の雪女達は慣れた様子で
「この調子だと、小豆の在庫が無くなっちゃうかもね」
「ねー。確か、一回だけ無くなったんだよね」
「そうそう。あの時は閉店間際だったけど、全員で唖然としてたよ」
雑談を交え出した雪女をよそに、ごきゅっごきゅっと、豪快な音を立てて飲んでいた纏がおしるこを完飲し、「ぷはぁ」と呼吸を挟む。
「おかわり」
「分かりました、少々お待ち下さい」
纏が二十杯目のおかわりを頼むと、平然としている雪女が専用の特大器を貰い、厨房がある店の奥へ歩いていく。
その様を、口周りに溶けたバニラアイスのヒゲを生やしたゴーニャが目で追うと、レジに視線を移し、「けぷっ」とゲップをしている纏に顔を戻した。
「花梨達、遅いわね」
「何やってるんだろうね」
ゴーニャの言葉に反応した纏が、あんダンゴを口に運ぶ。
「秋風さん達は、今日一日スタッフルームから出て来ない予定ですので、会えるとしたら夕方過ぎになるかもです」
二人が持っていた疑問を解消するべく、事情を知っている雪女が説明を挟むと、ゴーニャと纏が顔を見合わせた後、雪女へ顔を移していく。
「花梨達は、いったい何をやってるのかしら?」
「とりあえず、お仕事とだけ」
雹華の業が深いわがままにより、二人だけで撮影会をしているとは言えるはずもなく。
嘘の説明を真に受けたゴーニャが「そうなのね」と言い、背もたれに寄りかかった。
「それじゃあ、邪魔するワケにもいかないわね」
「何をしてるのか気になる」
ダンゴも食べ終えた纏が、大きなどら焼きをもそっと齧る。
「企業秘密ですので、お答えする事が出来ません。ご了承下さい」
「むう、なら仕方ない」
ようやく詮索を止めた纏も、おはぎを口にしつつ背もたれに寄りかかった。
「きっと、メニューの開発とかじゃないかしら?」
「それか撮影とか」
きんつば焼きを持った纏の的を得た発言に、雪女達が体に小さな波を立たせる。
「あっ、ありそうっ! そうだ、すごいのよ花梨ったら。少し前の話なんだけども、いつの間にか雪女に
「なにそれ初耳。詳しく」
「いいわよ。あれは確か、花梨が初めてここで働いた時だったんだけど―――」
あんころ餅を食べ出した纏の食い気味な催促に、ゴーニャも嬉々としながら語り出す。
が、雪女達にはあまり触れてほしくない話題だったらしく。気が気でない雪女達をよそに、ゴーニャの楽しそうにしている語りは続いていった。
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