30話-4、最強の地位に君臨する人間

 体が芯までポカポカに温まり、湯気を昇らせつつ露天風呂から自分達の部屋に戻ってくると、テーブルの上には、大皿に盛られている大量のエビフライと、千切りにされたキャベツ。

 山のように盛られた大盛りの白飯に、豆腐とワカメの味噌汁。そして二つずつある別皿には、ピクルスが多めに入ったタルタルソースと茶色のソースが各々入っており、その景色を目にした花梨が、ヨダレをジュリと垂らす。


「エビフライだ~っ! 大ぶりで美味しそう~」


「エビフライっていう料理なのね、これっ。早く食べましょっ!」


「だね、いただきまーす!」


「いただきますっ!」


 すぐさまテーブルの前に腰を下ろし、声を揃えて夜飯の号令を叫んだ二人は、素早く箸を手に取り、エビフライを掴んで口の中へと入れる。

 噛んだ瞬間にザクッという食欲をそそる音を出し、咀嚼そしゃくをしていく内に、カラッと揚がった衣の中から、プリプリの歯ごたえと弾力のあるエビが表に出てきて、お互いの食感が混ざり合っていく。

 油を吸っている衣の香ばしい風味を押しのける程、エビの深い甘みと旨味が強く、塩っ気のあるエキスが身から染み出してくると無性にご飯が欲しくなり、思わず口の中へとかき込んでいった。 


「う~んっ! 何も付けなくても、すっごいご飯に合う~。んまいっ!」


「おいひい~っ! 花梨っ、この白いのと茶色のは、いったい何なのかしら?」


「えっと、白いのがタルタルソースで、茶色のが普通のソースだね。二つ共エビフライをもっと美味しくしてくれるから、付けてみな」


「これ以上おいしくなっちゃうのっ!? それじゃあ、白い方から……」


 花梨の説明を聞いて目を輝かせたゴーニャは、ワクワクしながらタルタルソースを少しだけ箸で掴み、エビフライの先にちょんと乗せ、口の中に入れる。

 最初は甘く感じるも、噛んでいく内にピクルスの程よく効いた酸味と、コリコリした食感がクセになり、今度はエビフライから溢れんばかりにタルタルソースを乗せ、小さな口を大きく開けて一気に頬張った。


「ふわぁ~っ、おいひいっ」


「いい笑顔だ、よっぽど気に入ったんだね」


「うんっ!」


「そんじゃ、私は普通のソースを……。ん~っ、風味が濃くて、とってもスパイシーだ。んまいっ」


 そこから二人は、エビフライとご飯を夢中になって食べ進めていく。その二つを完食すると、残っていた味噌汁を飲みつつ、キャベツにソースを付けながらもそもそ食べていった。

 全て完食すると、少し膨れた腹を擦りつつ、天井に向かってため息をつき、満面の笑みで食後の余韻を存分に浸る。


 余韻が無くなると、食器類を一階にある食事処に返却し、自分達の部屋へと戻り、パジャマに着替えてから綺麗に歯を磨き始めた。

 仲良く歯を磨き終えると、ゴーニャはテーブルに突っ伏して顔をユラユラと揺らし、花梨はゴーニャから日記を隠しながら書き始める。 









 今日は長期休暇の二日目!


 建築図面だけにこんを詰めるのはいけないので、息抜きに座敷童子堂でまとい姉さんと遊んできた!

 縁側で、ゴーニャが元気よく飛び跳ねているのを見ていると、纏姉さんが悪巧みを思いついて、私に提案してきたんだ。

 そして仕方なく承諾した私は、纏姉さんと一緒になってゴーニャを……、発射させた。詳しく説明すると、私と纏姉さんがゴーニャの体を掴んで、思いっきりジャンプしただけなんだけどもね。


 あの時のゴーニャの悲鳴と、終末を迎えたような表情が未だに忘れらない……。ごめんね、ゴーニャ……。


 そして、白目を剥いているゴーニャに向かって合掌をしていると、ふと私の横を、見覚えのある人が通り過ぎていったんだ。

 あれっ? って思った私は、すぐに後を追いかけて顔を覗いてみると、なんとぬえさんだったんだ!

 久しぶりに会ったなぁ~っ! 一ヶ月ぶりぐらいだろうか? あまりに嬉しくなっちゃって、座敷童子の姿をしたまま声を掛けちゃったんだ。


 そうしたら案の定、鵺さんに「座敷童子に知り合いはいない、人違いだろう」って言われちゃってね。慌てて人間の姿に戻ったら、鵺さんすごくビックリしていたなぁ。

 それでね、鵺さんは女性だけども、男性の姿にもなれるんだ。イケメンでカッコよかったなぁ~。ずっと男性の姿でいてくれたらいいのに~。久々にときめいちゃったや。もう一回だけ目の保養をしたい……。


 その後に、鵺さんと大食い対決をする事になって極寒甘味処ごっかんかんみどころに行ったんだけども、相変わらずの強さでね。また負けちゃった。

 鵺さんってば、細い体の割にはすっごい食べるんだよなぁ。私もあまり人の事は言えないけど、胃の中にブラックホールがあるんじゃないのかなって思っちゃうよ。


 私と鵺さんが食べた特大のいちごパフェの合計数は、六十六杯だったんだけど、六万円以上掛かってね。ありゃあ驚いた……。

 もちろん全然足りなくて、大慌てで永秋えいしゅうにお金を取りにいったよ。ここに来てから、過去最高額の食費になってしまった……。


 そして、そこで一旦鵺さんとは別れたんだけど、露天風呂で再び会ったんだ。スーツ姿の上から分かってはいたけれど、鵺さんの胸って、すごく大きいんだよね。羨ましいなぁ……、少し分けてほしい……。

 そこでも色々と話したけど、最後に言われた言葉が頭から離れないんだ。今でも鮮明に覚えている。「お前は私と出会った時よりもずーっと前から、妖怪達と深い縁があるんだよ」ってね。

 いつからだろ~、まったく心当たりがない! 物心が付く前なのかなぁ? それだったら覚えているワケがないし……。う~ん、気になる! 今度会ったら、ダメ元でまた聞いてみようかな?











「気になる~、すっごい気になるや~」


「鵺っていうんだ、あの人。私も大食い対決してみたい」


「そう、鵺さ……、へっ?」


 日記を書き終えた花梨は、いつもの独り言を呟いていると、不意に、独り言を会話に変えるような相槌が割り込んできた。

 その声がした方に顔を向けてみると、すぐ右横に座敷童子の纏がちょこんと正座をしており、花梨の顔をじっと見ていた。


「ぬぉわっ!? 纏姉さん!? い、いつから、そこに……?」


「ずっと居た」


「……わ、私の日記、読みました?」


「うん、半分以上読んだ」


 その絶望に満ちた言葉を耳にした花梨は、慌てて日記を開いたまま背中の後ろに隠し、纏との距離を瞬時に詰め寄せる。


「マトイ、ニッキ、ミル、NO、OK?」


「おっ……、おおぉっ……、おおっ!? おっおおっ……」


 詰め寄ってきた花梨の表情は、纏にとって、初めて見る何物にも例えられない名状し難いおどろおどろしい表情をしていた。

 その表情は深淵よりも闇が濃く、そして深く、纏にはいなかった天敵に近い恐怖を感じ、蛇に睨まれたように体が硬直し、畏怖いふに染まった唇が上手く動かせないでいる中。花梨が更に話を続ける。


「マトイ、OK?」


「おっおっ……、おおおけ、おけっ……、けっ……」


「……ふうっ、まったく~。次からは見ちゃダメですよ?」


「おけっ……、おけっ。あっ……、あわわっわっ……」


 花梨が、名状し難い表情からいつも通りの穏やかな表情に戻ると、底無しの恐怖から解放された反動か、纏の体に遅れて大きな震えがやってきた。

 それと同時に、何も知らない呑気なゴーニャが、花梨の背後へとそっと回り込み、自分が読める部分だけを声に発して日記を読み始める。


「は……、の、だけに。を、めるのはいけないので? 漢字が多くて全然読めないわっ」


「んんぁっ!?」


「ヒッ……!?」


 ゴーニャの聞き逃せない言葉に花梨は、纏の目前で再び、名状し難い表情へと戻る。とばっちりを受けた纏は口をパクパクとさせ、その場で「あっ……、あああっ……」と声を震わせながら硬直し、動かなくなる。

 そして、日記を急いで閉じてから体を瞬時に百八十度回転させ、ゴーニャの鼻に自分の鼻が触れるほど顔を詰め寄せると、般若心経を唱えるような口ぶりで喋り始める。 


「ゴーニャ、ニッキ、ミル、NO、OK?」


「ヒィィィッ!? か、花梨っ……!? なに、その顔……、こ、こわっ……」


「ニッキ、ミル、NO、OK?」


 ゴーニャは「OK?」と言われるも、その意味についてはまだ理解をしていなかった。が、言う事を聞かないとマズイと本能で感じ取り、口をつむぎながら何度も力強くうなずいた。

 自分のパジャマをギュッと握りしめ、涙目になりつつあるゴーニャを見た花梨は、自我を取り戻してから「ふうっ」と、ため息を漏らしてから立ち上がり、日記を隠すようにカバンの中へとしまい込む。


「ゴーニャもっ、次からは見ないでね?」


「……ふぇっ、ひゃ、ひゃいっ……」


 カタカタと震えているゴーニャの元に、やっと体の自由が効き始めた纏が近づいていき、ゴーニャの耳元でボソッと呟き始める。


「ゴーニャ大丈夫?」


「か、花梨の、今の顔が、怖すぎて……、体が、う、動かな、い……」


「今の顔すごかったよね。あの顔で大体の妖怪は倒せるんじゃないかな」


「か、花梨って、そんなに、強いの……?」


「うん、たぶん温泉街で一番強いと思う」


 既に、布団に入り込んでいた花梨が、豪快なくしゃみを放ち「ううっ、風邪でも引いたかな?」と言いつつ、鼻をすする。そして、話を終えて落ち着いた二人が、布団の中へと潜り込んできた。

 右側にゴーニャ、左側に纏が来ると花梨の体に同時にしがみつき、ゴーニャが体に顔をうずめ、「花梨っ……」と申し訳なさそうにしながら花梨の顔に目を向ける。


「ごめんなさい。ニッキ、っていうのかしら? 勝手に見ちゃって……」


「分かってくれれば、もういいよ。あれだけは勘弁してね、すごく恥ずかしいから……」


 二人が会話をしている中、合間を縫った纏が「さっきの花梨なら、たぶんぬらりひょん様にも勝てる」と、小声で囁く。


「へっ? それってどういう意味ですか?」


「さっきの表情は、きっとぬらりひょん様も腰を抜かすと思う」


「……さっきの私って、いったいどんな表情をしてました?」


「上手く説明できないけど、底知れない禍々しい表情をしてた」


「えぇ~……、自分でもどうやってたのか分からないから見れないなぁ。気になる……」


 その言葉に纏は「今度見せてあげる」と言い返し、ニヤリと口角を上げる。


「また……、日記を見る気ですね?」


「中身は見ないけど見たフリをするから、手鏡用意しててね」


「あ、あまり嬉しくない配慮だなぁ……。まあいいや。とりあえず二人共、おやすみなさい」


「おやすみ、花梨っ」

「おやすみ邪神」


 同時におやすみと言われ、纏の違和感ある言葉を聞き取れなかった花梨は、いま、纏姉さんに変な事を言われた気が……。と、気にしながらも徐々に眠気に襲われ始め、何を言われたのか考えつつ、ゆっくりと眠りに落ちていった。

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