91話-1、妖怪の血を呼び覚ます、満月の光。その5
今までの満月が出ていた日に比べると、物騒を極めた罵詈雑言は皆無に等しく、比較的平和な夜を迎えた、夜の七時頃。
急遽、花梨の部屋に泊まれと言われた妖狐の
秋風三姉妹を筆頭に、女天狗のクロ、ぬらりひょん、雪女の
食器を纏め終えた雹華が、大きなお盆を両手に持って扉へ向かうと、クロが率先して扉を開けた。
「ありがとう、クロちゃん」
「私も付いていこうか?」
「いいえ、一人で大丈夫よ。クロちゃんは、ゆっくりしててちょうだい」
「そうか、悪いな。それじゃあ、お前の言葉に甘えるよ」
華奢な笑みで答えた雹華が扉を抜けると、その背中を見送ったクロは、一度廊下を覗いてから扉を閉めた。
「はぁ〜……。クロさんが作った料理、全部すごく美味しかったー」
「本当っスぅ〜……。ああ、
「ああぁぁぁーー」
食べ終えてすぐ仰向けで寝っ転がり、雅の感想に相槌を打っていた酒天の顔の上に、猫又に
凄まじい吸引力を誇る酒天の深呼吸に、すぐさま屈した纏が、棒読みな叫び声を上げた。
「ぷはぁっ。食後のデザートも、また格別っスねぇ〜」
「酒天の吸い、ワイルド」
「あー、酒天さんだけずるいー。私も吸わせてー」
「今行く」
羨ましがっている雅から注文が入ると、纏は二本の尾を立たせながら雅の元へ向かい。
にやけ面をした雅の顔に覆いかぶさっては、勢いよく腹部を吸われるも、纏は不服そうに耳と尾を垂らした。
「全然物足りない」
「えー? 私の判定だけ厳しくなーい?」
「公平だよ。遠慮しないで、毛を全部吸い取る勢いでやって」
「無理だってー、今のが全身全霊の吸いだよー」
もっと強く吸えと要求した纏が、前足で雅の顔をペチペチ叩くも。上体を起こした雅に捕まり、流れるがまま頭を撫でられていく。
「撫では合格」
「おおー、やったー」
「あっははは。皆さんも、なされるがままですね」
突発的なお泊まり会に胸が弾み、静かに目で追っていた花梨が、平和なやり取りに笑みを飾る。
「なんて言うんスかね? 今の纏さんには、言葉に表せない魅力があると言いますか。こう、構って欲しくなってくるんスよね」
「ああー、分かりますー。いじくり回したくなるんですが、いじられ回されたくもなるんですよねー」
「ゴロゴロゴロ……」
食後のデザートを堪能し、満足そうに体を起こした酒天が、初めて味わう不思議な感覚を説明して、テーブルに突っ伏していく。
その感覚に共感した雅も、両手を駆使して纏の頭と喉を巧みに撫でいじり、気持ちがいいと代弁する纏の喉が、ひっきりなしに鳴っていった。
「それにしてもいいっスねー、花梨さんのお部屋。雰囲気も最高ですし、とても和やかな空気をしてますし、なんだかあたしの部屋より落ち着くっスぅ」
「そうですねー。コタツと油揚げがあったら、一生住めそうですー。
「あのー、雅さん? 全部丸聞こえですよ? あっ、そうそう。それよりもさ」
テーブルを囲んだ全員の耳に届く、雅の開けっ広げな緩い企みに、花梨がお茶を啜りつつ阻止するも。
一段落がついた事もあり、何故二人して、急にここは集まったのか気になっていた花梨が、話の流れを変えた。
「すごい偶然だよね。雅と酒天さんが、たまたま同じ日に私の部屋に泊まりに来てくれるなんてさ」
「だねー。しかもさ、ここへ来る途中に酒天さんと会って、色々話したんだけどー。理由も結構似てたんだー」
「あっ、そうなんだ! ちなみに、どんな理由なの?」
差し支えがなければと、控えめに質問を付け足していく花梨に、雅はジト目の視線を天井へ移すも、纏を撫でる両手は止まらない。
「えーっとねー。私は、楓様にどうしても外せない急用が出来て、朝まで帰れなくなったから、花梨の部屋に泊まって来たらどうだ? って言われて、花梨に電話した感じー」
「あたしも、雅さんと大体同じっス。親分が急に、明日まで店を臨時休業するから、それまで花梨さんの部屋に泊まって来いと言われました。理由を聞いても教えてくれなかったんスが……。その時の親分、なんだかただならぬ顔をしてたんスよね」
「ああー、そうそうー。私も楓様に急用の内容を聞いたんですが、頑なに教えてくれなかったんですよねー」
「えっ、そこまで一緒だったんスか?」
話していく内に新たな共通点が見つかり、酒天が獣染みた金色の瞳を丸くさせると、雅が「みたいですねー」と続けた。
「その時の楓様も、なんだか険しい顔をしてましたしー。もしかしてですがー、楓様と
「楓様と親分が、あたし達に言えない同じ隠し事っスか……。ありそうな話っスけど、一体何を隠してるんスかね?」
「さあー? あくまで予想なんで、流石に分かりませんねー」
互いの理由を結び付けるべく、一つの可能性を立てたものの。理由を知らない二人にとって、答えを導き出せるはずもなく。
諦め気味に思考を放棄した雅は、から笑いを酒天に送った後。静かに話を聞いていた花梨へ、ぽやっとした顔を移した。
「とまあ、理由はこんな感じだよー。あやふやでごめんねー」
「いやっ、それは全然構わないんだけども。なんだか二人共、色んな事情があって大変そうだね」
「まあねー。すっごく気になるけど、大人の事情には首を突っ込めなかったよー」
「うーん、確かに気になるっスねぇ。何か手助け出来る事があれば、あたしもしたいんスが……」
片や、齢百に迫る子供の妖狐。片や、鬼の種族に換算すれば、まだ子供に該当するのかもしれない茨木童子。
双方が同じ悩みを抱え、その悩みを聞いた花梨も手を差し伸べる事が出来ず、三人の答えが出せないうめく声が輪唱し出した中。
楓に違う要件を頼んだ張本人でもあり、酒羅凶から店を臨時休業するとだけ連絡を受けていたぬらりひょんが、「ふむ」と輪唱を断ち切った。
「話は聞かせてもらった。とりあえず、ワシが二人に電話をして確認しておこう」
「んえっ、本当っスか?」
「わあ、ぬらりひょん様直々にですかー。それなら───」
悩める二人にとって、助けの光明が差そうとした瞬間。何かを感じ取った雅と酒天が、秋国の入口がある北の方角へ一斉に顔を移す。
その二人を追うように、壁際に寄りかかっていたクロや鵺、纏とぬらりひょんも、神妙な顔をしながら北の方角へ顔をやっていた。
「あれ? ……あ、あのー、みなさん? なんで怖い顔をして、黙ったまま同じ方角を向いてるんですか?」
「……おっと。酒天さーん、出番ですよー」
「あっ、はいっス!」
花梨とゴーニャを抜いた全員が、妖怪本来の眼光で同じ一点を見据えるも。状況が分からず、狼狽え出した花梨の問い掛けに、機転を利かせた雅が酒天に指示を出し。
役目を全う出来る時間がやってきた酒天は、立ち膝で花梨の背後まで移動すると、そのままガバッと花梨を抱きしめた。
「これでよしっス!」
「しゅ、酒天さん? 一体、何がですか?」
「あたしがこうしていれば、花梨さんは無敵っス! さあ、ゴーニャさんも来て下さい! あたしに抱かれれば無敵になれるっスよ!」
「むてき?」
花梨と同じく状況が飲み込めず、更には初めて聞く単語が出てきたせいで、訳も分からぬまま首を
しかし、突如出現した謎の脅威から、秋風姉妹を護衛する事態になってしまった事を、まともに説明出来るはずがなく。
助け舟の雅が苦笑いし、たどたどしい様子の酒天と無敵について分かりやすく教え合い、なんとかゴーニャと花梨を言いくるめようとしている最中。
その四人と距離を取り、部屋の隅まで移動したクロ、鵺、ぬらりひょんは、花梨達に横目を送りつつ、苛立ちを見せ始めた鵺が舌打ちをした。
「おい、ぬらさん。なんかヤバそうなのが温泉街に入ってきたぞ」
「ああ。たった今、千里眼で捉えた。ったく、酒羅凶め。店を臨時休業したのは、この為だな? 先に結界を張っておいてよかったわ」
鵺よりも不快気味に愚痴を零した、ぬらりひょんの口から出てきた人物の名に、クロが「酒羅凶?」と眉をひそめながら反応する。
「という事は。温泉街に入って来た奴は、酒羅凶となんらかの
「大アリだ。楓に電話しようと思ったが、あいつは奴と合流してしまったか。すまんが一旦、酒羅凶と電話するから部屋を出るぞ」
「お、おい、ぬらさん。誰が温泉街に入ってきたのか、教えてくれよ」
「ここでは言えん。知りたいなら付いてこい」
そう一方的に話を切ったぬらりひょんは、花梨達に顔をやり、「すまんが、一服してくる」と適当な断りを入れて部屋を後にする。
一人全ての経緯を悟り、強引に部屋から出たぬらりひょんを見送った鵺は、肩を
ぬらりひょんの後を追うべく、鵺は花梨達を視界に入れながら部屋を出ていった。
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