86話-4、タガが外れていく上司

 ぬえの一線を超えた暴露が終わるも、一つの真実を知らされた花梨は、呆然としたまま天井を眺めていて、ただため息を漏らすばかり。

 どこか物思いにふけて、呆然としている様子の花梨に、鵺は咥えていたタバコを指に挟み、ニヤリと笑う。


「どうだ、秋風? 驚いただろ?」


「……驚いたというか、腑に落ちちゃったというか。そう、なんだ。やっぱり私、ずっと前に秋国へ来た事があったんだ」


 声に覇気は無くとも、鵺にとってあまり理想的な驚き方をしてくれなかった花梨に、鵺は疑問を持ちながら右眉を上げた。


「なんだ? 思い当たる節でもあるのか?」


「はい、あります。ぬらりひょん様に連れられて、初めて秋国に来た時の事なんですが。温泉街の街並みを見て、なんだか懐かしさを感じたんです」


 胸の内を明かし始めると、思い詰めているようにも見える花梨の表情が、少しずつほころんでいく。


「それに、現世うつしよからこっちに帰って来た時もそうなんです。おじいちゃんの家に居る時よりも、どこか落ち着くというか。本当の我が家に帰って来たような、そんな気持ちに何度もなったんです」


「我が家よりも、我が家に帰って来たような気持ちにねえ。あながち間違っちゃいねえな」


 全てを肯定してくれる鵺に、花梨は天井を仰いでいた顔を鵺に移し、長年の悩みから解放されたような明るい笑みを浮かべる。


「ですね。鵺さんのお陰で、この気持ちが間違いじゃない事が分かりました。ありがとうございます」


「いいって事よ。けど、本当に誰にも言うなよ? マジでヤバい暴露なんだからな」


「はい、分かってます。もちろん誰にも言いませんし、日記にも書きません」


「へえ〜。お前、日記なんて書いてたのか」


 花梨の母親である紅葉もみじも、常に日記を書いている事を知っていた鵺は、一つの共通点を見つけ、やや食い気味な反応を示す。


「なんだか、意外だと思ってません?」


「いや、別に」


 あまり強く反応してしまうと、このまま話を掘り下げらていくと危惧した鵺が、無難な返答をし、顔を前へ持っていく。

 そのまま視線を下げると、秋風も、紅葉と同じ事をやってたのか。やっぱり、血は争えねえな。とそことなく嬉しくなり、柔らかくはにかんだ。


「それにしても。やっぱり私、小さい時に秋国に来た事があったんだなぁ。つまり皆さんと私は、面識があるんですよね?」


「ああ、あるぜ。どいつもこいつも、お前を我が子のように愛でて、抱っこし回ってたさ」


 一度明かしてしまえば、鵺も口が滑り出し。鷹瑛たかあき紅葉もみじの存在を匂わせないよう、気を付けつつ当時の記憶を漏らしていく。


「特に酷かったのが、雹華ひょうか釜巳かまみだ。お前を一回抱っこすると、意地でも三十分以上は離さなかったぜ」


「あっははは。昔から私を、そんなに可愛がっててくれてたんですね」


 本人未許可である『花梨大好きっ子クラブ』を筆頭とする会長と副会長の名に、花梨はどこか納得気味に苦笑いをし、「なら」と続ける。


「そうなると、鵺さんとも秋国で会ってるんですよね?」


「そうさな、会ってるぜ。だから、お前が私の会社に面接しに来て、履歴書を見た時めちゃくちゃ驚いたんだよ。はぁっ!? 秋風 花梨!? ってな」


 溜まっていた鬱憤を晴らすが如く、包み隠す事無く語る鵺も、だんだんタガが外れていき、感情の抑制が効かなくなっていく。


「やっぱり! でも鵺さん。あの時、私を知ってる素振りなんてまったくしてませんでしたよね?」


「そりゃそうだろ? あの時は、私がお前を一方的に知ってただけだぜ? いきなり、よう、秋風。久しぶりだな。つっても、お前は私と初めて会ったていだし、ただ困惑するだけだろ?」


「あっ、そうか。言われてみれば、そうですね」


「だろ? あの時は、私も色々と焦ったんだぞ? なんで秋風が、私の会社に来たんだ? ってな。けど、私にとっては奇跡に近い再会だったし、とにかく嬉しくなったなぁ」


 これまで、ずっと喉に引っ掛けておいた真実まで暴露すると、モヤモヤが晴れて胸がスっとした鵺は、一つの柵が取れたような清々しい笑みを、天井へ送った。


「はぁ〜、やっと言えたぜ。まだまだ言い足りねえけど、まあまあスッキリしたわ」


「どうせなら、もっと言っちゃいましょうよ〜」


 隙あらばと、にじり寄ってくる花梨に対し。鵺は途端に笑みを崩し、真面目で神妙な面立ちへと変わる。


「言いてえよ、マジでお前に全部言ってやりてえ。けど皆、語り部の為にグッと堪えてるんだ。だからよ、秋風。語り部が腹を括る時が来るまで、もう少しだけ待っててくれ」


「んっ……」


 声色からして強い意志の固さを感じ取り、皆も同じ境遇に立たされいる事を改めて言い聞かされると、花梨は気まずさにより身を退け、しょぼくれた表情をしながら座り直した。


「……すみません、鵺さん。調子に乗っちゃいました」


「いや、お前の気持ちも痛い程分かるよ。ここまで焦らされてんだ、やきもきしない方がおかしい」


 相手の気持ちも思いやり、フォローを入れて慰めた鵺が、花梨の肩に手を回し、頭に手を置いてポンポンと叩いた。


「この件については、語り部にキツく言っといてやる。早くお前に、全部打ち明けろってな」


「鵺さん……」


 そことなく怒りが込められていて、頼り甲斐のある確たる想いが詰まった言葉に、花梨は心を強く打たれ、オレンジ色の瞳を僅かに潤わせていく。

 そんな、気兼ねなく頼れる上司の覚悟に、花梨はすっかりと安心してしまい、やんわりとほくそ笑んだ。


「ありがとうございます、鵺さん。よろしくお願いしますね」


「ああ、任せとけ。めちゃくちゃ脅しとくわ」


「そ、そこまでは、ちょっと……」


「いいんだよ。少しやり過ぎとかねえと、あいつは動こうとしねえだろ。まあ、結果を楽しみにしててくれ」


 口元をヒクつかせている花梨をよそに、既にやり切った達成感に浸り出した鵺が、おもむろに携帯電話で現在時刻を確認する。

 時刻は、十一時二十分になっており。話に区切りが付いたと判断した鵺は、凝った体をグイッと伸ばした。


「十一時二十分か。お前、いつもならとっくに寝てる時間だろ? そろそろ寝たらどうだ?」


「いえ。最近、私達の中でちょっとしたブームが起きてまして。十二時まで起きてるんですよ」


「あ? ブーム?」


「はい。それに今日は、私の部屋に雹華ひょうかさんが居るので、これを身に付けて驚かせようかと思ってるんです」


 何かを企んでいる花梨が、ポケットに手を入れた直後、鈴の音色のような『チリン』とした透き通った音が鳴る。

 何度かその音色を鳴らし、ポケットに入っていた物を取り出すと、カーキ色をした首輪を鵺に見せつけた。


「首輪? なんだ? お前らの中で、変なプレイでも流行ってんのか?」


「ちょっ!? 何を想像してるんですか!? 違います。この首輪を付けるとですね〜」


 一旦は、変な方向に誤解されかけたものの。強引に話を進めた花梨が、首輪を首に装着する。

 すると、『ポンッ』と軽い音が鳴った瞬間、鵺の視界から花梨が瞬く間に居なくなり。訳も分からぬ出来事に、鵺は狐につままれたように目を丸くさせ、消えた花梨の行方を探すべく、顔を慌てて左右にやった。


「鵺さーん。ここですよ、ここー」


「へ?」


 突然居なくなった花梨の声が、視界の下から聞こえてきたせいで、抜けた声を発した鵺が、視線を下へ滑らせてから顔を向けていく。

 恐る恐る覗かせた、視線の先。ゆらゆら揺れている、先が白いオレンジ色をした二本の尾を無視すれば、ほぼ猫と言っても過言ではない、パジャマを着た猫又姿の花梨が座っていた。

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