72話-4、どこか既視感のある店長

 数十分に渡り、ぬらりひょんの掠れた悲鳴が温泉街に木霊した後。


 痙攣しながら地面に倒れているぬらりひょんを背にし、一行いっこうは花梨が考えた店へ入る前に、建物の外装に注目してみる。

 まだ出来たばかりである建物の外見は、周りの情景を崩さぬようにと、焦げ茶の材木を使用した和風の造りになっている。

 屋根は艶が濃い黒の瓦。入口と屋根の間に壁面看板を設ける箇所があるものの、まだ店名が決まっていないので、看板自体は設置されていない。 


 入口の周りには花梨の要望である、外でも飲食が可能なスペースがあり、それに合わせて建物の横幅が少々長くなっている。

 改めて完成した店を認めた花梨は、「うわぁ~っ」と感極まった声を漏らし、オレンジ色の瞳を無垢に輝かせて胸を弾ませていく。


「まだちょっと実感が湧いていないけど、本当に完成したんだなぁ。まるで夢みたいだ、嬉しいやっ!」


「内装はこれから見るんだよね? ちゃんと秋風さんの建築図面通りにしてあるよ」

「完成するまで、頑なに見ようとしなかったよな。花梨さん、楽しみは最後まで取っておくタイプだろ?」


 共に店の外見を見ていた青飛車あおびしゃが、期待を込めて言うと、茶々を入れるように赤霧山あかぎりやまが追う。


「はいっ、その通りです! 見たい気持ちを必死に抑えてました! やっと見れるぞ~っ! 楽しみだなぁ~」


 花梨が無邪気にはしゃぎ出すと、ぬえが先導するように前に行き、得意気でいる顔を花梨に向けた。


「さっきも言ったが、内装は私が担当してんぞ。ちょくちょく説明を入れてやっから、ついて来い」


「はーいっ!」


 先を行く鵺が大袈裟に手招きすると、元気良く返事をして右手を挙げた花梨も、ゴーニャを抱っこして店内に向かっていく。

 既に扉が開いている入口を抜けると、新築独特の心安らぐ木材の柔らかな匂いが、花梨達を出迎えてくれた。


 早速店内を見渡してみると、広さは花梨が描いた建築図面通り、たたみ四十じょう分の広さ。

 機材等はまだ何も無く、足音や話し声が店内に反響しては、真新しい壁や天井に溶け込んでいく。


 壁の下半分は、モダンな雰囲気があるウッドウォールパネル。上半分に、穏やかな白い壁紙クロスが貼られている。

 左右の壁には、等間隔で大きな窓が二つずつ並んでいて、東の方角にある右側の窓から、温かな日差しが差し込んでいた。

 天井は和が全面的に押し出された、淡い茶色の杉板。床は木目が強調されている、明るい木目調床材が使用されている。

 正面左側に、厨房へ行く為の扉。その右側から、厨房の様子がうかがう事が出来る、横長に伸びた受付窓口。


 全体的に洋が強いながらも、そことなく落ち着いた和の風情も併せ持つ店内に、花梨の目と口が、これ以上ないほどまでに大きく開いていく。


「すっごくオシャレな内装だっ! これ全部、鵺さんが考えたんですか!?」

 

 上下左右、三百六十度を満遍なく見終えた花梨が、興奮が止まないでいる眩しい瞳を鵺へ移す。

 すると鵺は、ニヤニヤしながら「へっへ~ん」と口にし、誇らしげに鼻の下を指で擦った。


「そうだ、ほとんど私の案だぜ。何十分でも居たくなるような、何回でも来たくなるような、そんな愛着が湧く我が家のような内装を目指してみた」


 内装のコンセプトを発表した鵺に、とうの昔に燃え尽きたデザイナー魂が再燃したのか。腕を組みながら壁に向かって歩いていく。


「全面クロス貼りでもよかったんだがよお。それだと木目調床材の雰囲気も相まって、マンションみたいな内装の印象が強くなっちまってなあ。店感を出す為に、壁の下半分にウッドウォールパネルを設置してだ」


 意気揚々に説明を始めた鵺が、黒縁メガネの位置を中指で直しつつ、天井を仰ぐ。


「んで、今度は全体的に洋に偏っちまってよ。どうしても和の風情も盛り込みたかったから、天井に杉板を採用したってワケ。バランス的に洋と和、七対三程度の割合だな」


「ふむふむ」


 内容の全容を語ると、鵺は天井を仰いでいた顔を、レトロながらも和の要素が強い四灯シーリングライトへ持っていく。


「ライトは全て白熱電球を使用。夜になれば温かいオレンジ色の光が、店内を優しく照らしてくれる。日中でも夜でも、居心地は抜群にいいぜ」


「はえ~」


 現時点で出来る説明を終えた鵺は、顔を花梨に戻すや否や。表情をやや神妙なものへと変えていく。


「簡単な説明はここまでだが……。どうだ秋風? 気に入ってくれたか?」


 余程気になっているようで。鵺は無意識の内に唇を噤み、静かに花梨の返答を待つ。しかし花梨は、鵺の不安を根こそぎ振り払うが如く、満面の笑みを見せつけた。


「はいっ! とっても気に入りました! 全部が全部大好きです! 本当にありがとうございます!」


 心より待ち望んでいた、花梨の想像以上に心打たれる返しに、鵺の強張り出していた表情は途端に崩れ、安心し切ったようにほころんでいった。


「お、おお、おおっ! そうかそうか! ったく、嬉しい事言いやがってよお! 今度昼飯たらふく奢ってやんよっ! もちろん、ゴーニャも一緒にだ!」


「本当ですか? やったー!」

「私もいいの? ありがとっ、鵺っ!」


 これ以上にない高評価を貰った鵺は、ワンパクな笑みを浮かべながら花梨達の元に向かい、花梨の頭をわしゃわしゃと撫で始める。

 無抵抗のまま、花梨の髪の毛がボサボサになっていく中。入口方面から「おーっ! やってますねー!」と大きな声が聞こえてきて、皆が入口へ視線を向けた。


 視線の先には、紺色の割烹着を身に纏っているやや小柄な女性がおり、背中には、後頭部が萎びているぬらりひょんを背負っていた。

 細めの黒いツインテールで、身長は花梨と同程度。童顔ながらも、見た目と相反してしっかりとしていそうな雰囲気がある。

 その突如として現れた割烹着姿の女性が、花梨達を視認すると、好奇心旺盛な子供染みた表情をしつつ、早足で近づいていく。

 きょとんとしている花梨の目の前まで来ると、深々とお辞儀をし、屈託のない黒色の瞳を花梨に合わせた。


「あなたがここのオーナーさんでしょうか?」


「オーナー!? わ、私がですか?」


 質問に質問で返した花梨が、驚いている瞳を鵺に送る。


「お前が考えた店だし、実質そうだろ。よっ、オーナー」


 そうあっけらかんと言った鵺が、いやらしい笑みをしつつ肘で小突いてくると、まだ理解が追いついていない花梨は、ぬらりひょんを背負っている女性に顔を戻した。


「ど、どうやら、そうみたい、です……?」


「やっぱり! 初めましてオーナーさん! このお店の店長を任されました、無古都むことと申します! よろしくお願いしまーす!」


 無古都むことと名乗った女性が、もう一度丁寧に頭を下げると、花梨は「あっ」と声を出して話を続ける。


「あなたが無古都さんなんですね。初めまして、秋風 花梨と言います。よろしくお願いします!」

「あ、秋風 ゴーニャですっ。よろしくお願いしますっ」


 ゴーニャも釣られて自己紹介をすると、花梨達も会釈をし、表情を微笑ましていく。


「おー、御二方は人間・・の姉妹さんなんですね! オーナーさんの情報しか聞いてなかったので、ビックリしました。ゴーニャさん、とても麗しくて可愛いですね~」


「ふぇっ!? そ、そうかしら? えへへっ、ありがとっ」


 流れるように褒められたゴーニャが、腑抜けた頬を赤らめていくと、無古都の言葉に違和感を覚えた花梨は、そうか。ここに居るって事は、無古都さんも妖怪さんなんだっけ。と思い、好奇心が赴くままに口を開く。


「無古都さんは妖怪さんなんですよね。いったいどんな妖怪さんなんでしょうか?」


 花梨の質問に、無古都は待っていましたと言わんばかりに体をピクンと反応させる。


「気になりますか? 私はですね~」


 焦らすように無古都が言うと、途端にいやらしい笑みにすり変わった顔を、後ろへ逸らす。

 数秒後、準備が整ったのか。無古都が「私、こういう者です~」とねっとりした口調で喋りつつ、花梨達に顔を戻した。


「ンギャァァァアアアアアーーーッッ!?」

「ンニャァァアアアーーーッッ!! きゅう……」


 無古都の顔を目にした直後。花梨は顔を青ざめながら大絶叫し。ゴーニャは喉の奥底から叫んだ後、グルンと白目を剥き、己の口から魂を吐き出した。

 二人が目にした無古都の顔には、眉、鼻、口といったパーツが全て消え去っており。

 シーリングライトから発せられている光を反射させるほどにツルツルで、顔の輪郭部分には、見事な光沢を走らせていた。


「……も、もしかして……、の、のっぺら、ぼう……、さん?」


「正解でーす! いやぁ~、首雷姉しゅらいねぇの言う通り、最高のリアクションですねー! ありがとうございまーす!」


「しゅ、首雷姉しゅらいねぇ……?」


 未だに顔面蒼白でいる花梨が、とても聞き覚えのある名前を復唱すると、無古都の背中で突っ伏していたぬらりひょんが「む、無古都は……、首雷の、知り合い、だ……」と言い残し、再び力尽きたかのように黙り込む。


「そうでーす! いつも首雷姉が、お世話になってます!」


「は、はぁ……」


 ようやく見慣れてきたのか。花梨はひたいから噴き出していた冷や汗をぬぐい、小さなため息をつく。

 少しだけ冷静になってくると、今の無古都さん、口が無いけど、どこから声を出しているんだろう? と次なる好奇心が湧き始め、眉間に浅いシワを寄せていった。


「す、すみません無古都さん。つかぬ事をお聞きしますが、どうやって喋っているんですか?」


「喉から気合いで喋ってます!」


「気合い、ですか……」


 あまり納得がいかないようで。花梨が疑心の宿っている目を細めるも、無古都は後ろを振り向き、元の童顔を花梨に合わせた。


「ものすごく頑張って喋ってますよ! それはそうと、ぬらりひょんさんの為に、そろそろ打ち合わせを始めましょう!」


「あっ、そうだったや。それじゃあ始め、あれ、ゴーニャ? き、気絶してる……?」


「あぁ~……」


 ゴーニャが惨憺さんたんたる顔をしている事に、ようやく気がついた花梨が、ピクリとも動かないゴーニャの体を軽く揺すってみる。

 しかし口から漏れ出している魂は、しばらくの間体に戻ることはなく、白目が色づく事はなかった。

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