18話-4、ご機嫌なバーベキュー

 ソフトクリームの上の部分を舐め終えたゴーニャは、持っている部分である、シュガーロールコーンを食べられる物だとまだ認識できておらず、中にある部分を食べられず仕舞いでいた。

 ふと花梨の方から、ボリボリと何かを砕いているような音が聞こえてきて、音の鳴る方に目を向けてみた。すると、容器だと思っていた部分を、花梨が美味しそうに食べており、驚いたゴーニャが目を丸くさせて声を上げる。


「花梨っ!? それ食べて大丈夫なの!?」


「んっ? ああ、これはコーンって言って~……。なんて説明すればいいかなぁ、容器の形をした、食べ物?」


「えっ、これも食べられる物だったの?」


「うん、結構甘くて美味しいよ~。食べてみな、ちょっと固いから気をつけてね」


 ゴーニャは恐る恐る、シュガーロールコーンをソフトクリームと一緒に食べてみると、ソフトクリームの濃密な甘い風味の後に、砕かれていくコーンのまた別の甘さがブワッと表に出てきた。

 カラメルのような香ばしくて深い甘さが、ソフトクリームの濃密な甘さを瞬時に塗り替えていき、最終的には程よく絡み合って口いっぱいに広がっていく。


 新たな発見をし、新たな味を覚えたゴーニャが、キラキラと輝かせた目を花梨に向ける。


「容器って食べられる物だったのね、おいしいわっ」


「口に合ってよかったけど、なんかちょっと引っ掛かる言い方だなぁ」


 誤解を招かないよう花梨が補足をし、一緒になってソフトクリームを完食する。そこから二人は、歯止めが効かなくなったのか、シュークリーム、プリン、クッキーなど、販売所にある食べ物を網羅する勢いで食べ始める。

 一口大に切れているロールケーキを、ニコニコしながら一緒に食べていると、肉の準備をしていたハズの馬之木ばのきの声が、遠くの方から聞こえてきた。


「秋風さぁ~ん、ゴーニャさ~ん。これから昼飯にバーベキューをやるが~、一緒に食うかぁ~?」


 バーベキューと言う単語を耳にした花梨は、おもむろにバッと立ち上がり、遠くにいる馬之木に向かって高らかに右手を挙げ、「バーベキューっ!! 食べまーーすっ!!」と、大声で叫び返した。

 花梨の尋常じゃない反応を垣間見たゴーニャは、バーベキューという物の即座にすごくおいしい物だと判断し、「わ、私も食べるっ!!」と、花梨と同じような仕草で声を上げる。


 そして、残っていたロールケーキを急いで頬張り、頬を膨らませながら花梨が口を開く。


「ゴーニャ、結構食べてたけどまだ食べられるの?」


「うんっ、まだまだいっぱい食べられるわっ!」


「ほほう、中々いい食いっぷりだねぇ。それじゃあ馬之木さんの所に行こっか」


 最後のロールケーキをゴーニャに渡した花梨は、ゴミを分別してから各ゴミ箱に捨て、馬之木がいる場所へと向かっていった。

 バーベキューは既に始まっており、馬之木以外の牛鬼達も集まっていて、大きな口で小さく見える肉や野菜を食べている。


 バーベキュー台の上を見てみると、鉄串で交互にまとめられた肉と野菜が、香ばしい音を立てながら焼かれている。

 旨味を大量に含んだ煙を吸った花梨が「んっはぁ~……、いい匂い~」と、にやけながらヨダレを垂らすと、バーベキュー台が高く、肉の姿を見られないゴーニャが花梨のズボンをグイッと引っ張った。 


「ねえ花梨っ、私もその上を見てみたいわっ」


「んっ? それじゃあ、抱っこしてあげるね」


 そう言ってニコッと笑みを浮かべた花梨は、一メートルに満たないゴーニャを抱っこし、まだ見た事のない食べ物をゆっくりと見させてあげた。


 鉄串に刺さっている、大きめにぶつ切りされた牛肉。輪切りにカットされたニンジンや、そこから更に半分に切られたタマネギ。一個丸ごと鉄串に刺さっているピーマン。販売所でも売っていた、ウィンナーや大ぶりのニンニク。

 その、焼かれている食材達から出ている煙が混ざり合い、ゴーニャと花梨の全身を包み込む。旨味を含んだ煙の匂いを嗅いだゴーニャの口が、ジュルリと音を立たせた。


「ウィンナー以外は、ほとんど初めて見るからよくわからないけど……。この白くてモヤモヤしたのがとってもおいしいわっ」


「この白いのは煙っていうんだ。煙が美味しいときたかぁ、食べるのが楽しみだねぇ」


 二人が顔を見合わせてから微笑むと、横にいた馬之木が「んじゃ、お前さん達も食えな。紙皿と割り箸がそこにあるから、自由に使うがええ」と、近くにある白いテーブルに指を差す。

 そして、肉と野菜が交互に刺さった鉄串を掴み、巨大な口を大きく開けて肉と野菜にかぶりつき、鉄串から一気に引き抜き「ん~、んめなぁ~」と、言いながら咀嚼そしゃくを始めた。


 手遅れた二人も、急いで食べる準備に取り掛かる。バーベキュー台に並んでいる鉄串を見た花梨が、このままだと、ゴーニャが食べにくいだろうなぁ。と考え、抱っこしていたゴーニャを地面へと下ろす。

 そのまま鉄串を一つ取ると、紙皿が置いてある白いテーブルに向かう。そこに一緒に置いてある割り箸で、肉と野菜を鉄串から引き抜き、紙皿に盛り付けてからゴーニャに差し出した。


「はいっ、ゴーニャ。この割り箸を使って食べな」


「ありがと花梨っ! いただきますっ」


 先に昼飯の号令を叫んだゴーニャは、白い湯気が昇っている牛肉を、割り箸を使って持ち上げる。「ふーっふーっ」と、声を出しながら息を吹きかけて冷まし、小さな口で少しだけ齧った。

 牛肉は大きいながらも、とても柔らかくてジューシーであり、ほんの少しの欠片でも噛むたびに、サラッとしたクドみの無い肉汁が溢れて出してくる。


 牛肉の風味を堪能しつつ、「んっ、んっ……」と、しっかりと咀嚼をし、とろけるような表情をしながら飲み込んだ。


「ふあぁ~……、おいひいっ……」


「そこまでかっ! よ~し、私も食べよっと!」


 はやる気持ちで花梨も鉄串を持ち、大きな牛肉を一つ丸ごと口に入れる。歯切れがとても良く、難なく噛み締めていくと、肉汁の洪水が口の中で激流を起こし、噛んでいる途中で飲み込まないと、口から溢れ出しそうになっていった。

 次に食べたタマネギには辛味が一切無く、新玉ねぎのようなアッサリとした甘さと、したたるほどの水分を含んでおり、口の中に残っている肉汁をキレイさっぱりに洗い流してくれた。


 ニンジンもピーマンも焼ているのにも関わらず、茹でた時のような優しい甘みがあるも、歯ごたえがしっかりとあり、いくらでも食べられるようになっている。

 牛鬼達よりも早く食べ進めていた花梨が、ウィンナーを目にした途端、ゴーニャが販売所で言っていた言葉を、ふと思い出す。


「そういえばさゴーニャ、ウィンナーを食べたいって言ってたよね。いっぱいあるけど、食べる?」


「―――ッ! 食べたいわっ!」


「ふふっ、嬉しそうな顔をしてるねぇ。取ってあげるから紙皿ちょうだい」


 興奮しているのか、鼻をフンッフンッと鳴らしているゴーニャから紙皿を受け取ると、バーベキュー台で食べ頃になっているウィンナーを三本選び、紙皿に乗せてからゴーニャに渡した。

 そして、ウィンナーを冷ましているゴーニャをよそに、テーブルに置いてあるカラシの容器を手に取った花梨が、説明を始める。


「そのままでもすごく美味しいけど、このカラシを付けたらもっと美味しくなるよ」


「からし……、それだけでもおいしい物なのかしら?」


「いや、カラシ単品で食べるのはやめた方がいいかな~。ワサビと同じみたいな物で、料理と一緒に食べる物だと思えばいいよ」


「そうなのね、とりあえず最初は普通にいただくわっ」


 そう言ったゴーニャが、待望であるウィンナーを思いっきり齧る。すると、パキィッと軽快な音を立たせながら割れ、皮の中でギュッと詰まっていた脂が弾け出す。

 皮から解放されたウィンナーの、芳醇でガッシリとした肉の風味が口の中に広がっていく。同時に、ご飯が無性に食べたいという欲求に駆られ、その欲望が口から漏れ出した。


「すごい脂が出てくる、おいひいっ! なんだか、一緒にご飯が食べたくなってきちゃったわっ」


「ゴーニャ、それ大正解! おにぎりとすっごく合うんだよね~。あぁ、私も食べたくなってきた……」


「へぇ~、食べ物って面白いのね」


「そうだねぇ。今度、色々な美味しい食べ物の組み合わせを教えてあげるから、楽しみにしててね」


「やった! それじゃあ、今度はカラシを付けてっと……」


 世間知らずなゴーニャが、少しずつ覚えていっている知識は非常に偏っているも、ゴーニャの無垢で可愛い笑顔を見るのが、花梨の密かな楽しみになっていた。

 ウィンナーにカラシを付けて食べたゴーニャは、ガラッと様変わりした風味に驚くも「おいひいっ!」と、言いながら微笑み、花梨が「そう、よかったね」と、微笑み返す。


 バーベキューはしばらくの間、具材が追加され続けているせいで、どんどんと新たな牛鬼達が集まり出し、大規模な物へと発展していく。

 最初は、異形な姿に心底怯えていた花梨とゴーニャも、その中に混じってバーベキューを食べ続け、牧場内に明るい笑い声を響かせていった。

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