79話-3、その牢氷、唯一の退路を絶たれ

 巻雲けんうんが流れる空を眺め続け、たまに小鳥達が視界を横切っていく姿を追い。感覚的にそろそろ極寒甘味処ごっかんかんみどころに着くだろうと予想した花梨が、顔を前へ戻す。

 すると、大通りを歩いている妖怪達の中に、やたらと雪女の姿が目立っていたので、視界に映る雪女の人数を数えていく。

 結果。視界に映る範囲だけで三十人以上の雪女がおり、同時に、全員が極寒甘味処で働いている店員だとも分かった。


 が、花梨は余計な詮索をする事なく、更に歩みを進め、シャッターが半分だけ開いている極寒甘味処の店内へ入り込む。

 店内にも、雪女達がそこらかしこに居るものの。誰一人として開店の準備をしている者はおらず、ほんわかと談笑していたり、何かの雑誌を流し目で読んでいる。

 そして一人の雪女が、花梨達の気配に気づいたようで。「あ、雹華ひょうか。おはよー」と親しげに挨拶をしてきた。


「おはよう。今日の担当以外にも、かなりの人数が残っているじゃない。遊びに行かなくていいの?」


「まーねー。ここに居る方がなにかと落ち着くし、もう少ししたら遊びに行くよ」


「そう、ゆっくり楽しんできてね」


「うん、ありがとー」


 軽い会話を済ませると、雹華は奥へ歩み出したので、花梨達も周りに居る雪女に会釈をしつつ、早足で後を付いていく。

 店内の奥にあるレジを通り過ぎ。懐かしさを感じる、白熱灯でぼんやりと照らされた廊下を歩いていくも、花梨はここで一つの違和感を覚えた。


「あれ? 前はここら辺から寒くなっていったのに、気温がまったく変わらないや」


「前は、息が白くなるほど寒かったでしょ?」


「ですね。今は霜も張ってないですし、なんなら快適かもしれません」


 初めてここへ来た時は、壁や天井、床までにも霜が張っていて、気温も真冬を思わせるほど急激に下がっていっていた。

 しかし今は、ごく一般的な店内と変わりない状況になっているせいで、逆に違和感があり、真新しく感じる景色になっている。


「でしょ? これには色々と事情があってね。気温を下げる必要が無くなったから、無駄な氷は大体撤去しちゃったのよ」


「へぇ〜、そうなんですね。もしかして、スタッフルームもですか?」


「そうね、スタッフルームも前よりマシになっているわ。でも、今日は特殊な氷で覆われているから、見た目自体はさほど変化がないかもね」


「特殊な氷、ですか」


 詳細を明かさず遠回しな説明をされたせいで、興味が湧いた花梨は「あの」と質問を続けるも、雹華は反応せずに進んでいく。

 そのまま会話は止まってしまい、一抹の疑問を頭に残したまま、スタッフルームの扉の前まで来てしまった。

 先の説明通り。『スタッフルーム』と記された看板にも霜は張っておらず、温かな木目を覗かせている。前に来た時は氷に覆われていたのに対し、今はどこにも見当たらず、ごく普通の状態で閉まっていた。


「おお、本当だ。氷がまったくないや」


「さあ、花梨ちゃんだけ先に入って」


 花梨の反応に一切の興味を示さず、ソワソワした様子で扉を開けた雹華が、早く入れと言わんばかりに手をかざす。

 流石に、その催促に不穏な空気を感じ取ったのか。花梨は再び「あのっ」と強めに説明を求めた。


「なんで、私だけなんですか?」


「なんでって、ここはスタッフルームよ? ゴーニャちゃんとまといちゃんは関係ないでしょ?」


「あっ、そうか」


 至極真っ当な返しに言い包められ、納得してしまった花梨が、雹華のキョトンとしている顔を認め、ゴーニャと纏に顔を移してからスタッフルームに入っていく。

 中に入るや否や。ヒヤリとした冷気を肌で感じるも、身震いするほど寒くはなく、中央へ来てから部屋内を見渡してみた。

 壁や天井、床は全て透明度の高い氷で覆われていて。椅子や机、ロッカーなどは氷で作られた物ではなく、どこにでもある普通の物に替わっている。

 その中で、右奥にある机の横には、先の話でチラリと出てきた、一億円が入っているであろうジュラルミンケースが置かれていた。


「げっ、マジであるじゃん……」


「はいこれ、ゴーニャちゃん達にあげるわ」


「んっ?」


 粗方部屋内を見終えると、自分に向けられたものではない会話が聞こえてきたので、花梨は扉の方へ顔を向ける。


「なにかしら、これ?」


「今日一日限定で使える、極寒甘味処にあるメニューが全て無料になる特別券よ」


「無料? すごい」


「店員達も知っているから、その券を見せるだけで大丈夫よ。ほら、楽しんできてちょうだい」


「うんっ、わかったわっ! 花梨っ、お仕事頑張ってね!」

「お仕事頑張って」


「あっ、う、うん。分かった」


 何か引っかかる物を感じるも、花梨は言葉を濁らせつつ、二人に向かって手を振ろうとする。が、雹華が早々に扉を閉めてしまったせいで、二人の姿はすぐに見えなくなった。

 そのまま雹華は、黙ったまま扉に手をかざし、横へ滑らせていく。すると、後を追って扉が厚い透明色の氷に覆われていき、唯一の退路が絶たれてしまった。

 部屋内全てが凍りつき、人間の花梨では脱出不可能な密室と化すると、雹華の体が項垂れ、小刻みに震え出す。


「……フッ、ウフフッ。フッフッフッフッ……、アーッハッハッハッハッハッ!!」


「……雹華、さん?」


 突然、狂気に満ちた高笑いをし出した雹華に、花梨は一瞬たじろぐも、頭の中に一つの予想を立て、注意深く雹華の様子をうかがい始めた。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 雹華から特別券を貰い、扉を閉められたほぼ同時刻。


 花梨と離れ離れなったゴーニャと纏は、しんと静まり返った『スタッフルーム』の扉の前で、特別券を眺めていた。


「極寒甘味処、特別無料券。今日限り有効って書いてあるわっ」


「おー」


 片や、裏表と確認し、券をじっと見つめるゴーニャ。片や、両手で持った券を天井にかざし、黒い瞳をキラキラと輝かせている纏。


「でも、本当にいいのかしら? 無料って事は、なんでも食べられるってワケでしょ? なんだか悪い気がするわっ」


「食べる量を抑えればいい」


「確かにそうだけども、纏は抑えられるの?」


「無理」


 一旦は店に迷惑をかけない提案を出したものの。二言目で遠回しに迷惑をかける宣言をした纏に、ゴーニャの小さな口がヒクつく。


「と、とりあえず、お店に戻りましょっ」


「そうだね。おしるこ、おしるこ」


「アイスっ、アイスっ」


 既に食べる物を決めた二人は、陽気な歌を歌いつつ、手足を大きく前に出して行進を始める。四人で来た薄明かりな通路を二人で戻り、雪女達がたむろしていた店内へと着き、レジの横で行進を止める。

 辺りを見渡してみると、二十人以上は居た雪女は、今や五人しか居らず。全員が店内の中央に立っていて、笑いが飛び交う雑談をしていた。


 その様を見て、二人は邪魔をするのは悪いと思い、声を掛けないまま静かに歩み寄っていく。

 すると、レジ側を向いていた雪女が二人の存在に気づいたらしく。「みんな、お客様が来たよー」と話を中断させ、二人に注目を集めていった。

 五人の雪女もゴーニャ達の方へ体を向けると、目の前まで来たゴーニャが、特別券を一人の雪女に差し出した。


「すみませんっ。えと、これ。特別券です」

「特別券です」


 纏も特別券を差し出すと、雪女は両手で各券を受け取り、交互に見返していく。


「え〜と……。はい、確かに拝見しました。ゴーニャさんと、纏さんですよね」


「そうですっ」

「はい」


 二人の名前を確認し、認めた雪女がふわりと笑みを浮かべる。


「ようこそ、極寒甘味処へ。今日は、あなた様方の貸し切りとなっています。私達が付きっきりでご相手を致しますので、なんなりとお申し付け下さい」


「かしきりっ! ……纏、かしきりってなんなのかしら?」


 意味も分からず声を上げたゴーニャが、ぽやっとしている顔を纏に向ける。


「この店が私達の独占状態って事」


「そうなの? えと、私達が、このお店を独占しちゃっていいかしら? 他のお客さんに迷惑がかかりそうな気がするけど」


「ゴーニャって、変な所は真面目だよね」


 無表情でいる纏に、褒められたのかと思ったのか。ゴーニャは後頭部に手を当て、頬を赤らめつつ「えへへっ……」と照れ笑いをする。

 そして、ゴーニャに貸し切りのなんたるかを叩き込んだ後。雪女達に誘われて席に座り、各々メニュー表を手に取った。

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