36話-2、姉妹からカップルへ
二人は手を繋ぎながら
どこに目を移しても清楚な巫女服を着た妖狐ばかりで、誰が妖狐神社の従業員で、誰が温泉街に訪れた客なのか、まったく判別がつかない状況になっている。
その、赤と黄と白の色が支配する大通りに出ると、唯一妖狐の姿になっていない二人は非常に目立ち、周りにいる妖狐の大群が物珍しそうな視線を二人に送りつけてきた。
「なんだろう、この強烈なアウェイ感は……。これだと、妖狐じゃない私達がおかしな人物みたいになってる……」
「もふもふ……、どこを見ても、もふもふ……」
「ねーっ。ここまで妖狐さん一色だと圧巻だなぁ」
道の左右に白いテントが立ち並んでいるせいで、いつもより狭く感じる大通りを、目立たぬようコソコソと進んでいく。
途中途中に、『着物レンタルろくろ』や『
更に歩みを進めて座敷童子堂の近くまで来ると、ちんまりとした妖狐が
座敷童子の
「花梨助けて」
「
「この姿だと速く走れないし、壁や天井も歩けないから暇」
「ああ~、なるほど。妖狐の姿になっちゃうと、座敷童子の姿で出来た事が出来なくなっちゃうんですね」
花梨の同情を含んだ言葉に、纏は狐の耳を揺らしつつコクンと
座敷童子の力を失い、遊びと称した温泉街障害物走が出来ず、壁や天井を歩く事すらままならず、文字通り何もやる事が無い纏が、うなだれながら立ち上がる。
「何もする事が無いから、ふて寝する」
「お、お疲れ様です。今日は私の部屋に来ますか?」
「行く。壁を歩けないからちゃんと扉から入る」
「分かりました、おやすみなさい纏姉さん」
「おやすみ、纏っ」
花梨達がそう言いながら手を振ると、纏も弱々しく手を振り返しながら中へと入り、がたついている雨戸をそっと閉めた。
哀れな纏を見送った二人は、すぐ隣にある目的地の妖狐神社に足を進める。
普段よりも妖狐が多くいるせいか、艶やかな赤色が映える大きな鳥居をくぐり抜け、石畳が続く
境内にいる参拝客も全員妖狐になっており、ここでも温泉街の大通りと同じく、従業員と客の判別がつかなくなっている。
この妖狐の波の中から、
威風堂々と佇む立派な本殿の近くまで来ると、本殿に続く中央階段の片隅で、楓とここの従業員である
その二人を目にした花梨が「おっ、いたいた」と声を弾ませ、二人の元に歩み寄っていく。
「楓さーん、雅ー。お疲れ様でーす!」
「あっ、花梨だー。おいっすー」
「おお、来おったな」
先に雅が声を出し、ニッと笑いながら手を振り、後を追うように楓も花梨達の姿を確認し、妖々しく口元を緩める。
微笑んだ花梨が、雅に向かって手を振り返しつつ二人の目の前で来ると、楓に軽くお辞儀をしてから話を続けた。
「お久しぶりです楓さん。今日は、温泉街全体がすごい事になってますね」
「ほっほっほっ。どうじゃ、素晴らしい景色じゃろう? これが、ワシの思い描いた理想郷じゃ」
「圧巻的な景色でした、これで従業員は増えるんですか?」
「おお、増えるとも。毎年五十人以上は確保出来とるぞ」
その数字を聞いた花梨は、多いのか少ないのか分からないけど、毎年それだけの犠牲者が……。と心中を察し、口と眉を同時にヒクつかせる。
「それはそうと、お主も早く妖狐にならんか。この温泉街で妖狐になっとらんのは、お主らだけじゃぞ?」
「や、やっぱりそうでしたか……。分かりました」
全てを諦めた花梨は、化け狸である
その姿を見た楓が「うん、よろしい」と満足気に言葉を漏らすと、袖から小さくて黄色い
「ゴーニャよ、お主にも髪飾りをやるから頭に付けい」
「あ、ありがとっ」
「お主のは特製じゃ。それはやるから大事に取っておくんじゃぞ」
ゴーニャは「とくせい……」と呟き、楓から受け取った髪飾りをまじまじと見つめた後。恐る恐る頭に付けると、いつものように足元から現れた白い煙に、全身が包み込まれていった。
しかし、今回は挙動と様子がおかしく、ゴーニャを包み込んでいる煙が渦を巻きながら伸びていき、花梨の背丈と同じぐらいの高さまで伸びると、いつもと挙動が違った白い煙が、風に流されて霧散していく。
そしてその煙の中から、花梨とほぼ同じぐらいの背丈をした、目を閉じている妖狐が現れた。顔はゴーニャの面影が残っているものの、背が小さかった頃に比べると、やや大人びて見える。
その特製の髪飾りの効力で、大人の妖狐へと
「あれっ? 花梨が小さくなっちゃってるわっ」
「違うよっ、ゴーニャが大きくなったんだ!」
「えっ? 私が、大きく……?」
ちゃんと地面に立っているのに対し、目前に花梨の顔がある光景に混乱していたゴーニャは、キョトンとしながら視線を足元に向けていく。
普段であれば、すぐ近くにある地面がいつもより遠くにあり、混乱と違和感が増して頭が真っ白になる。そのまま十秒ほど固まって地面を見据え続け、目をパチクリとさせつつゆっくり頭を上げた。
更にそこから花梨の顔を五秒間眺め、自分の背が伸びたという実感が湧き始めると、真顔だった表情が徐々に崩れていき、目と口を目一杯に広げた。
「わ、私っ……。背が、伸びてるっ!?」
「そうだよ! 私と同じぐらい背が高くなってるよ!」
昨晩、背が小さい事に悩みを抱え始めていたゴーニャは、花梨の嬉々とした言葉に喜びが抑えられなくなり、そのまま同じ背丈をしている花梨に飛びつき、満面の笑みで顔に頬ずりをした。
「やったぁっ! 花梨と同じぐらい身体が大きくなってるっ!」
「あははっ、大きくなっても甘えん坊だなぁ」
「だって、本当に嬉しいんだもんっ! 花梨の顔が目の前にあるわっ!」
ゴーニャの弾けんばかりの喜びに感化された花梨も、狐の尻尾を小さく振り始め、ゴーニャの大きな背中に手を回してギュッと抱きしめる。
そこからしばらくすると、落ち着きを取り戻してきたゴーニャが頬ずりをやめ、立っていても目の前にある花梨の顔をじっと見つめた。
そして互いにふわっと微笑み、手を握り締めながらおでこをコツッと当て、スリスリと擦り合う。そのやり取りを傍観していた雅が「う~ん、仲が良すぎてちょっと危ない光景だなー」と、悪どい笑みを浮かべつつ茶々を入れた。
「なんで危ないのさ、仲がいいなら別にいいじゃんねー」
「ねー」
「ゴーニャちゃんが大きくなったせいか、姉妹というよりもカップルに見えてきちゃうんだよねー」
「へっ? カップル?」
「うん。なんか、このままキスでもするんじゃないかってハラハラしてるよー」
キスというあまり聞き慣れない単語に、花梨は少しの間を置いてからハッとして目と口を見開き、顔が茹でダコのように赤く染まっていく。
過剰に意識してしまったのか、即座にゴーニャから離れると、初めて聞いた単語にゴーニャが、「きす?」と興味を持ちながら雅に質問を返す。
「大好きな人の唇とー、自分の唇をくっ付ける行為の事だよー」
「ぬわあああっ!! 雅! 教えちゃダメ!」
「なんでー?」
「そんな説明をしたら、ゴーニャが……」
焦りを募らせた花梨が、横目でチラッとゴーニャに目を向ける。ゴーニャはというと、人差し指を顎に置き、何を考えるように視線を空へと向けていた。
そして、キスという単語を自分になり解釈すると花梨に視線を向け、無垢な笑顔で「花梨っ、キスしましょっ!」と、何の恥じらいも無く言い放つ。
「ぶっ!?」
「あっはっはっはっ! そういう事かー! ゴーニャちゃんってば純粋だなー」
「キスって、大好きな人とするものなんでしょ? 私、花梨のことが大好きだもんっ」
「わ、私もゴーニャのこと大好きだけど、その……、なんと言うか! す、好きにも色々と、種類が、あって……」
「そうなのっ?」
動揺に動揺が重なり続け、上手く口が回らない花梨が手取り足取り説明しようと試みるも、キスと言う意味が固定化されたゴーニャにはまったく伝わらず、手だけがワタワタとして顔が更に赤くなっていく。
「えと、えっと……。その、あの、あっ、あれっ! き、キスはっ、男性と女性が、やるもので……、その、ねっ?」
「えっ? キスって男性と女性がするものなの? じゃあ、花梨とはキスができないの?」
「う、ん……、うんっ? んん~……、ま、まあ……、ねっ?」
「えぇ~、花梨といっぱいキスがしたかったのに……。残念だわっ」
強引と勢いで事なきを得た花梨は、極度の緊張と焦りのせいでどっと疲れたのか膝に手をつき、走り込みでもしたかのように息を荒げ、狐の耳と共に
その一部始終のやり取りを見ていた雅は、腹を抱えて涙を流しながら下駄笑いし、一人ポツンと取り残されていた楓は、色付いた場の空気を何とかして戻したいが為に、大きな咳払いを繰り返し何度も行っていた。
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