18話-2、外見で損をしている、優しい牛鬼

 巨大なリヤカーを引いているせいか、大通りを歩いている妖怪が驚いた表情をしつつ、慌てて逃げるように道を開けていく。

 その表情を見るたびに花梨は、申し訳無さそうな気持ちになり、横を通り過ぎていく妖怪に頭を下げていった。


 そして、やっとの思いで温泉街を抜けると、地平線の彼方まで続いてるススキ畑へと出る。颯爽とした心地よい秋の風が、黄金色をしたススキの絨毯を波立たせていく。

 ガタガタと揺れるリヤカーに乗っていたゴーニャは、初めて目にするススキの絨毯に心を奪われ、「うわぁ~っ、……きれいっ」と、声のあるため息をついた。


 風に踊らされているススキ畑を、何も考えずにぼーっと眺めていると、不意に、羽を休めに来た赤トンボが目の前にまり、ビックリしたゴーニャが体を仰け反らせた。


「ヒャッ!? か、花梨っ! なんか赤いのが飛んできたわっ!」


「んっ? ああ、それは赤トンボだね。捕まえてみな~」


「つ、捕まえる……?」


 ゴーニャは予想外の言葉に困惑するも、じわじわと赤トンボに距離を詰め、両端からゆっくりと、手を包み込むように赤トンボに近づけていく。

 手の距離が三十センチ程にまでせばると、一気に捕まえようとして手を閉じようとする。が、赤トンボは手の隙間からスルリと抜けて飛び立ち、嘲笑うかのようにゴーニャの死角へと周り、そのまま白い帽子の上にまった。


 赤トンボを見失ったゴーニャは「あれっ? あれっ!?」と、辺りとキョロキョロと見渡すも、結局赤トンボを見つけられず、諦めたのか「ふんっ、次こそは……!」と、悔しさを誤魔化すかのように、頬をプクッと膨らませた。


「ふふっ、面白いから黙っておこっと」


 静かな格闘を終始眺めていた花梨は、微笑んでから前を向き、更に足を進めていく。

 ススキ畑を抜けると、木霊農園こだまのうえんの畑へと差し掛かる。途中、木霊の朧木おぼろぎの姿を見つけた花梨は、朧木の名前を叫び、ニコッとしながら大きく手を振った。


 そこから四十分ほど歩くと、野菜畑が再びススキ畑へと姿を変える。道中で静かに仲間となった赤トンボが、引っ越しを済ませたのか、ゴーニャの帽子から音も無く飛び去っていく。

 しばらくすると、前から流れてくる気持ちのいい風が、牧場独特の匂いを一緒に運んできて、初めて嗅いだクセの強い匂いにゴーニャは、思わず眉間にシワ寄せながら鼻をつまんだ。


「な、なにこのにおい……。とってもくさいわっ……」


「初めて嗅ぐとキツイよねぇ。大丈夫、すぐに慣れるさ。もうちょっと我慢しててね」


 牧場独特の匂いが全身を包み込む中、花梨は平然としながら更にリヤカーを引いていく。


 二つ目のススキ畑を抜けると今度は、花梨の背丈ぐらいはあろう茶色くて太い木の柵が、道に沿って彼方まで続いている光景が目に飛び込む。

 花梨は歩ませていた足を止め、柵の大きな隙間から顔を覗かせる。柵の向こう側には、辺り一面青々とした草原がどこまでも続いており、点々といる牛や羊が地面に生えている草を、もそもそと食べている姿が伺えた。


 秋の季節から解放された景色を見ると、「おおっ、ここだけ春や夏みたいだなぁ。心なしか、陽気がポカポカしてて気持ちいいや。牛と羊がカワイイなぁ~」と、ほっこりしながら独り言を呟く。

 急にリヤカーが止まり、不思議に思ったゴーニャがリヤカーから飛び降りると、小さな歩幅で花梨の横まで駆け寄っていく。


 そして、同じように柵から顔を覗かせた瞬間、大きな声を上げて近くにいる牛に指を差した。


「なにあれっ!? 黒白の大きいのや、雲みたいな奴が草を食べてるわっ!」


「黒白が牛、雲みたいなのが羊だよ。あの牛の乳から絞った牛乳が、ゴーニャが食べた甘くて美味しいアイスクリームになるんだ」


「えっ、どういうこと!? あの牛って奴が、アイスクリームになるの?」


 ゴーニャのちょっとずれた回答に花梨は、「いや~、ちょっと違うなぁ。まあ、後で分かるよ。さっ、牛鬼牧場に行こ」と、苦笑いをしながらゴーニャを抱え上げ、リヤカーへと乗せた。


 牛と羊が一緒になり奏でている、鳴き声の音楽を聴きながら足を進めていき、ゴーニャが牧場独特の匂いに慣れてきた頃。

 柵の向こう側の奥に、縦長の円形で屋根が赤く尖ったサイロと、同じく屋根が赤くて横長で、建物全体が白い牧場小屋らしき物が見えてきた。


 その建物が目に入った花梨は、歩くスピードを少し早めて建物に近づいていくも、建物周辺を徘徊している妖怪の姿を見て「ゔっ……」っと、詰まった言葉を発し、同時に歩ませていた足をピタッと止める。


 その妖怪の姿は、獅子舞ししまいやなまはげを彷彿とさせる表情で、麦わら帽子から突き出ている、二本の長くて鋭く湾曲した角が、太陽の光を鈍く反射させて光っている。

 人間みたいに二足歩行をしていて、背中から六本の蜘蛛のような足が生えており、時折、その足がカサカサと空中を歩いているせいで、底無しの不気味さを加速させていく。


 リヤカーから顔を半分覗かせつつ、ガタガタと体を震わせていたゴーニャが、顔を沈めながら口を開いた。


「か、花梨っ……、あのカサカサしてるの怖いわっ……」


「わ、私も同意見だけど……。間違っても本人の目の前で、言っちゃ、ダメだよ……?」


 声が震えている花梨は、足枷を付けられたのかと疑うほど急激に重くなった足を、引きずるように牧場内へと入っていく。

 すると、一人の異様な姿をした妖怪が、花梨と巨大なリヤカーに気がついたのか、肩に置いていたわらを地面に下ろし、みるみる内に顔が青ざめていく花梨の元へ歩み寄っていった。


 そして、完全に足が止まって硬直している花梨の前まで来ると、田舎訛りの口調で喋り始める。


「おめえさん、ここになんか用か?」 


「ふおぉっ……、おおおおっ……」


 花梨は、異形な姿をした妖怪に問いかけられるも、獅子舞の様な威圧感が凄まじい表情と、背中にある太い蜘蛛の足により、体の隅々まで完全に畏怖いふしていた。

 餌を求めているヒヨコように、口をパクパクとさせている花梨を見て、異形な姿をした妖怪が首をかしげながら話を続ける。


「ん~、どしたぁ?」


「へぁっ……。あ、あのっ、ぬらりひょん様の指示でおつ、おつかいにぃ~……」


「ああ~、おめえさんが例の人間かぁ。オラはここの牧場主で、牛鬼の馬之木ばのきってんだ。待っとったぞぉ」


 馬之木ばのきと名乗った牛鬼が自己紹介を終えると、威圧感のある顔をニコッとほころばせる。その表情を保ったまま握手を求めるように、丸太を思わせる太い手を差し伸べてきた。

 未だに恐怖で足が動かせない花梨は、前ハンドルをそっと地面に下ろすと、プルプルと震えて錆び付いている手を、馬之木へと差し伸べていく。


 かなり小さく見える花梨の手が、何倍の大きさもあるゴツゴツとした手に掴まれる。そのまま激しく上下に優しく揺さぶられ、硬直した花梨の体がだんだんとほぐされていった。 


「ば、馬之木さん、ふぁ、初め、まして。あうっ、あ、秋風 花梨です」


「秋風さんかぁ。礼儀正しくて、ええ子だなぁ。……うん?」


 花梨の手を揺さぶっていた馬之木が、そこで初めて、リヤカーに身を潜めているゴーニャの存在に気がついた。

 揺さぶっていた手をパッと離し、のそのそとリヤカーに歩み寄っていくと、隠れていたゴーニャに向かい、キョトンとさせている大顔をグイッと詰めていく。


「お嬢ちゃん、名前はなんてんだ?」


「ヒッ……!? ご、ごぉ……、にゃぁ……」


「ゴーニャちゃんかぁ、名前も顔もかわええなぁ」


「あ、あり、ありが……、とぉ……」


 目に涙を浮かべ、子犬のように震えているゴーニャの名前を聞くと、馬之木は獅子舞の顔をニコッとさせて「うんうん」と呟き、花梨の方へと振り向いて話を続ける。


「んだば、秋風さん。ぬらりひょん様から話は聞いとるけど、一応メモ見せてもらってええか?」


 石のようにその場で固まっているゴーニャを見て、心中を察していた花梨が「あっ、はい。え~っと……」と、リュックサックを漁り、ぬらりひょんから貰ったメモを手渡した。

 メモを受け取って内容を確認した馬之木は、顎を手で擦りながら「う~ん、やっぱり多いなぁ」と唸り、ようやく落ち着いてきた花梨に目を向ける。


「用意するのに時間が掛かるから、暇潰しに牧場でなんかやってくか?」


「いいんですか?」


「ああ、家畜の餌やり。牛の乳搾り。馬のブラッシング。羊の毛刈り、なぁんでもいいぞぉ」


 そのラインナップを聞いた花梨は、おおっ、牛の乳搾りもできるんだ。ゴーニャに是非とも体験させてやりたいなぁ。と、考え「それじゃあ、牛の乳搾りをやってみたいです!」と、馬之木に申し出る。


「牛の乳搾りな。んだば、牛小屋に案内するから着いてこい」


「分かりました! それじゃあゴーニャ、行こっ、……ゴーニャ?」


 既に、馬之木の顔に慣れた花梨が、ゴーニャに声を掛けるも返答が無い。不思議に思ってリヤカーの中を覗いてみると、仰向けで手を空へとかざし、震えながら硬直しているゴーニャの姿があった。


「か、花梨っ……。体が、まったく、動かないわっわわわっ……」


「あ~、恐怖で体が固まっちゃってるねぇ……。仕方ない、抱っこしてあげるね」


 そう言った花梨がゴーニャを抱っこすると、包み込むように強く抱きしめ、背中を優しく撫で始める。

 すると、だんだんと落ち着いてきたのか、小さな体から震えが無くなっていく。そして、ゴーニャが甘えるように花梨の体に頬ずりをすると、顔を思いっきり深くうずめた。


「……とっても、怖かったわっ……」


「ふふっ。本人の目の前で言わなかったのはエラいけど、あの人は絶対に優しい人だから、もう怖がるのはよそう? ねっ」


「……うんっ」


 顔を埋めているゴーニャがそう約束すると、花梨は頭を撫でながら「うんっ、エラいエラい」と褒めつつ、馬之木の後を追っていった。

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