9話-3、大慌てな着物の着付け

首雷しゅらいさーん、ちょっと質問いいでしょうか?」


「ん~、なにかしらぁ?」


 花梨の声に反応した首雷は、驚かせようとして首をフクロウのように百八十度回転させ、花梨がいる方向にグルリと向ける。

 それを見た花梨は、肩を小さくビクッと波立たせるも、怯むことなく表情も変えないまま話を続ける。


「お、お客様から服を預かったのはいいんですけど、その後はどうすればいいですかね?」


 首雷の予想では、顔を青ざめながら叫び上げるかと思っていたが、ほとんど怖がることなく話を続けてきた花梨を見て、口を尖らせた。


「あらぁ、怖がってくれないのぉ〜? まぁ、いいわぁ~。店の奥の左側にぃ、大きめの引き戸があるでしょう~?」


 首雷の言葉を聞いた花梨は、や、やっぱり今までは故意で怖がらせてきていたのか……。と、口をヒクつかせつつ、首雷が指を差した方向に目を向ける。

 そこには、三メートルほどの高さがある引き戸があり、その引き戸を確認した花梨は、「はい、ありますね」と、返答した。


「あそこはぁ、お客様の服の保管庫になっているのよぉ~。中に入るとぉ、ア行からン行まで割り振られた棚があるからぁ、服を預かったお客様の名前の頭文字が当てはまる棚にぃ、お客様が書いた紙と一緒に置いといてくれればいいわよぉ~」


「なるほど、分かりました。ありがとうございます!」


 花梨がお礼を言いながら一礼をすると、首雷はニコリと笑ってから首を正面に戻し、新たに来た客の対応をする為に歩み寄っていった。

 そして花梨は、首雷が説明をした引き戸の前まで歩いていき、自分の伸長の二倍ほどある引き戸を開け、中へと入っていく。


 部屋の中には、棚が等間隔で三列に並んで設置されており、それが先が見えない奥まで続いている。今回は二口女の服を預かったので、ハ行の棚を目指して奥へと進んでいった。


 途中途中、対面から歩いてきた店員に道を譲り、更に奥に進んで行くと、『ハ』と書かれたプレートが張り付けられている棚を見つける。

 その長い棚の中から空いている箇所を見つけ、二口女から預かった服を丁寧に置き、置いた服にサインが書かれた紙を挟み、先ほど居た部屋に戻っていった。


 明るいとは言えない狭い通路を歩き、引き戸前まで戻ってくると、不意に、引き戸の向こう側から地鳴りらしき音と共に、巨大な怪獣が足踏みでもしているかのような音と、その音に合わせ、地面から伝わってくる振動を足から感じ取った。


「な、なんだろう……、この音と振動は?」


 困惑した花梨は、引き戸を音を立てずに少しだけ開け、首雷達が接客対応をしている部屋をのぞき込み、近づいてくる音と振動の正体を確かめることにした。

 狭い隙間から店の入口がある方へと目を向けると、体を屈めながら入口をくぐり抜け、上体を起こして店内を見渡し始めた、六メートル以上はありそうな一つ目の大男が映り込む。


 先ほどの音と振動の正体は、一つ目の大男が歩くたびに発せられているようで、店内をドスドスと歩き回ると、店と立て掛けられていた着物が揺れ、天井にある横柱からパラパラとホコリが舞い落ちてきた。

 少々痺れを切らしたのか、振動で体を揺らして黙って見ていた首雷が、一つ目の大男の元へと歩み寄っていった。


「え~っと……。一つ目入道さん、かしらぁ? いらっしゃいませぇ~」


「そうだ。色はなんでもいいから、俺に合うサイズの着物を貸してくれ」


「一つ目入道さんに合うサイズの着物ですねぇ~。失礼ですがぁ、おおよその身長を教えてもらってもいいですかぁ~?」


「あ~……、六メートル前後だと思う」


「分かりましたぁ、少々お待ちください~」


 一つ目入道に待機するよう促した首雷は、周りにいる手の空いた店員を手招きしながらかき集め、店内の奥にある中央付近の引き戸を目指して駆けていく。

 その途中、服の保管庫の引き戸から盗み見していた花梨を発見し、ニタァと笑いながら花梨にも向かって手招きをしてきた。


「うおっ、バレた! しかも呼ばれている!」


 大きく体を波立たせた花梨は、急いで引き戸を開けて店内へと入り、慌てて首雷の元へと駆けていった。


「は、はいっ! なんでしょう!?」


「少し大掛かりな作業になるからぁ、花梨ちゃんもちょっとだけ準備をするのを手伝ってちょうだい~」


「分かりました!」


 首雷に呼ばれた花梨と店員達は、首雷の後ろを着いていき、奥の中央付近にある引き戸を開けて部屋の中へと入っていく。

 部屋の中は、妖怪の種類や種族、身長に合わせた着物の保管庫になっており、開店前に首雷から聞いた様々な種類の着物もここに保管されていた。


 花梨は辺りを見渡してみると、手の平に収まりそうなサイズの着物や、見上げないと全体像が見渡せない巨大な着物。防水加工が施されているのか、やたらとツヤのある着物。

 修繕中なのか、所々に穴が開いている着物。予想よりも遥かに熱い炎に当てられたのか、丸焦げになっている耐炎着物などが目に入る。


 周りの様々な着物に目を奪われ、口をポカンと開けながら見ていると、背後から首雷の声が聞こえてきた。


「私達はぁ、一つ目入道さんの着物や服を用意するからぁ~。花梨ちゃんはぁ、あそこにキャスター付きの脚立が沢山あるでしょう~? そこからぁ、十六尺の三脚さんきゃく脚立きゃたつを持っていってちょうだい~」


 そう説明されながら首雷が指を差した方向に目を向けると、数ある色々な形や長さがある脚立が、種類別に分けられて壁に立て掛けられていた。

 花梨は、……脚立? 何に使うんだろう? と、不思議に思いながらも首雷の指示に従い、かなりの重量がある十六尺の三脚脚立を脇に抱え、着物を傷つけないよう気をつけながら運んでいく。


 首雷と店員達も、規格外の大きさである着物や服を、床に擦らせないよう複数名で持ち上げ、一歩一歩ゆっくりと歩きながら店内に運んでいった。


 一つ目入道の着付けの準備が整うと、首雷は花梨に向かって「今からぁ、体の大きな方の着付けの仕方を披露するわねぇ~。今後の為にもぉ、ちゃんと見ておくのよぉ~」と、説明して待機をするよう指示を出す。

 それに対して花梨は「了解しました!」と、言い、邪魔にならないよう後ろに下がり、静かに様子を伺う事にした。


「お待たせ致しました一つ目入道さん~。それではぁ、私が指示を出しますのでぇ、それに従ってもらってもよろしいですかぁ~?」


「わかった」


 一つ目入道がそう言うと、首雷はニコッ笑ってからうなずき、指示を出し始める。


 まず初めに、軽自動車並みに大きい足袋たびを履いてもらい、フンドシ一丁になってもらうよう指示を出す。脱ぎ終わったら、肌着とステテコを着てもらい、長襦袢ながじゅばんも難なく着てもらった。

 次に、腰紐を締めてもらうよう指示を出したが、ここで一つ目入道がやたらと手こずり、見かねた首雷は三脚脚立を広げ、店員達にその脚立を支えているよう指示を出し、脚立に上がっていく。


「なるほど、ここで脚立が……」


 着物の着付けに対し、脚立が導入されている珍しい光景に興味を抱き始めた花梨は、感心しながら腕を組み、その光景を見守った。


 脚立に上った首雷は、脚立を支えている店員達に、一つ目入道を苦しめている腰帯の所まで移動させるよう指示を出す。

 そこまでゆっくりと移動すると、慣れた手つきで巨大な腰帯を締めると、一つ目入道に更にキツく締めるよう指示を出し、一つ目入道は指示に従って帯をギュッと強く締めた。


 最後にメインである着物を着てもらい、帯の工程で、再び脚立を移動させながら首雷が手伝い、無事に一つ目入道の着物の着付けを終わらせた。

 長い脚立から降りた首雷は、首を長く伸ばして着物に乱れとシワが無いか入念に確認し、どこにも異常が無い事を確認すると首を戻し、一つ目入道に向かって笑顔を飛ばす。


「はい、着付けが終わりましたぁ~。それではぁ、この紙にサインと現在の時刻の記入をお願いしますぅ~」


 最後の指示を出した首雷は、店員にあらかじめ用意させておいたたたみ四畳分はある大きな紙と、バットのように太い鉛筆を一つ目入道に差し出した。

 渡された紙と鉛筆を手に持ち、紙にサインをした一つ目入道は、自分の着物を姿を見て、つむじ風が起きそうな勢いで鼻をふふんっと鳴らし、上機嫌になりながら自分には狭い入口をくぐり抜けていった。


 今までにこやかな表情をしていた首雷が、一つ目入道を見送ると、大きなため息をついてから花梨に目をやる。


「こういった感じよぉ~。どう、花梨ちゃん? 分かったかしらぁ~」


「は、はいっ。とても大変そうなのは、すごく伝わってきました」


「でしょう~? 今回は男性だったからぁ、ほとんど指示を出しただけで済んだけどぉ~。女性だったらぁ、脚立を二台以上導入してやらないといけないからぁ、もっと大変なのよぉ~」


「な、なるほど……。女性の着物の方が、着付けの工程が多いですからねぇ」


「そうなのよぉ~。十メートル以上の女性のお客様が来た日にはぁ、卒倒ものよぉ~」


 その異様とも言える言葉を耳にした花梨は、十メートル以上かぁ。まず、この店の中に入れるのかな? と、口をヒクつかせながら入口に目を向けると、再びため息をついた首雷が話を続ける。


「それじゃあ~、この大きな服を畳むからぁ、花梨ちゃんも手伝ってちょうだい~。それが終わったらぁ、皆で一緒に服の保管庫に持っていくわよぉ~」


「分かりましたけど……。改めて見てみると、本当に大きい服だなぁ。畳むのも大変そうだ」


 花梨と首雷、店員数名で一つ目入道が残していった服を、限界まで折りたためるまで小さく丁寧に畳み、体感的に重くなった服を、全員で持ち上げながら服の保管庫を目指して歩き始めた。

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