9話-2、捕食対象になる人間

 花梨はニコニコしながら、紅葉もみじの柄が散りばめられている赤い着物を着終え、全身鏡が置いてある所へと移動する。

 自分の着物姿を確認してみると、気分がだんだんと高揚していくのが手に取るように分かり、袖を掴んで伸ばしながら左右に体を揺らし、そのまま後ろを振り向き、今の姿を余すことなく堪能した。


 再び正面を向くと、普段着として着るには躊躇ためらっちゃうけど、お祝い事や初詣、お祭りに行く時なら迷わずこれを着て行きたいなぁ。と、想像し、自然と笑みをこぼす。

 想像をどんどんと膨らませ、その場で回りながら全身鏡で自分の姿を眺めていると、不意に、不気味な笑みを浮かべている首雷しゅらいの顔が視界に入り込み、回していた体が宙へと跳ね、今度はちゃんと声が出る叫び声を店内に響かせた。


「ふぉぉおおおおおおっ!?」


「あらぁ~。その着物姿ぁ、とっても似合っているわよぉ~」」


「あ、ありがとうございます。とっても気に入りました!」


「いいことだわぁ。それじゃあ、仕事を始める前に少しだけ説明をするわねぇ~」


 そう言った首雷がゴホンと咳払いをすると、ニコッと笑ってから説明を始めた。




 うちぃ、着物レンタルろくろはぁ、ごく普通の着物の他にぃ、妖怪の体格やニーズに応えて沢山の種類を用意しているのよぉ~。

 背中に翼が生えている妖怪ならぁ、背中部分がマジックテープで取り外しができてぇ、翼を傷めることなく着れる着物。腕とか足がやたら多い妖怪にはぁ、それに合わせて手足を通せる数が増やせる着物。


 体が燃えている妖怪ならぁ、耐炎着物。逆に凍りつかないようにぃ、耐氷着物とかぁ~。体が湿っているならぁ、耐水着物とかがあるわぁ~。 




 メモ帳と筆記類を持って来ていなかった花梨は、ふむふむとうなずきながら首雷の言った説明を、真剣に聞いて頭の中に叩き込んでいく。




 体がぁ、小さかったり大きかったりする妖怪もいるからねぇ。身長は、二センチから十五メートルまで対応が可能よぉ~。

 ただしぃ、大きい着物は作るのが大変でねぇ~。ストックが少ないから気をつけてねぇ~。


 あとはぁ、体格にやたら個性がある妖怪ねぇ~。ぬりかべとかぁ、鬼火とかぁ、輪入道わにゅうどうとかねぇ~。

 ぬりかべなら難なく作れるけどぉ、さすがに輪入道はぁ、妖狐神社で葉っぱの髪飾りを買ってもらってぇ、人間の姿に化けてもらったわぁ~。




 最後の説明部分を聞いた花梨は、ぬりかべの体格は何となく察しがつくが、輪入道と言われても体格がイマイチ想像できず、手を挙げながら首雷に質問をした。


「あの~、輪入道さんってどんな姿をしているんですか?」


「えっとぉ~……、木の歯車を頭に思い浮かべてみてぇ。その歯車の中心部分にぃ、顔がある妖怪よぉ~」


「はぇ~、なるほど。それは厳しいですねぇ……」


 花梨の言葉に首雷は、「でしょ~、困っちゃうのよねぇ~」と、頬に手を添えながら返答し、更に説明を続ける。




 あっ、それとぉ、うちは時間料金制でぇ~。着付けが終わったらぁ、お客様の服を預かると同時にぃ、サインと着付けが終わった時刻を紙に記入させてちょうだいねぇ~。

 それは必ず忘れないでやってねぇ~。うちは後払い制だからぁ、それをやってもらわないと着物を貸した時間が分からなくなってぇ、お金が貰えなくなっちゃうのよぉ〜。




 首雷の説明が続く中、横から店員の頭が花梨と首雷の元へと飛んできて「首雷様、そろそろ開店のお時間です」と告げると、首雷が「分かったわぁ」と、うなずきながら呟き、店員の顔が体へと戻っていった。

 そのやり取りを初めて客観的に垣間見た花梨は、迅速な報連相をするには、便利だなぁ……。と、その不気味な光景に見慣れつつある中、素直に関心する。


「と、いうワケでぇ、そろそろお店が開くからぁ、花梨ちゃんもよろしく頼むわねぇ~」 


「了解です!」


「何か分からない事があったらぁ、気軽に質問をしに来てちょうだいねぇ~」


「分かりました!」


 首雷の説明を聞き終えた花梨は、頭の中で復習をしながら、今まで培ってきた知識は、ほとんど通用しなさそうだなぁ。と、不安を抱きつつ、着物レンタルろくろでの仕事の手伝いを始める。


 九時に開店してから十五分ほどすると、今日最初の客が店内へと入ってきた。

 赤い一本歯下駄を鳴らしながら歩き、背中に黒い翼が生えていることから、花梨は天狗系の妖怪だと推測した。


 その客を対応したのは自分ではなく、別の店員だったが、その様子をじっくりと観察し、妖怪の着物の着付けの仕方を学んでいく。


 天狗の着付けの仕方を目に焼き付けていると、二人目の客が店内に入り込んできた。


 見た目はどこからどう見ても人の姿をしており、黒のロングストレートに、スラっとしている体格の女性で、花梨は、この人ならイケる! と、心の中で渾身のガッツポーズをし、意気揚々とその女性の元へと駆け寄っていった。


「いらっしゃいませ、どのような着物をお探しですか?」


「んっ? んー、この青い奴がいいわね」


「こちらですね、分かりました。少々お待ちください」


 花梨は、女性が指定した青い着物を手に取り、サイズが合うことを確認したら「それでは、着付けのお手伝いをさせていただきます」と、丁寧に言い、その場で着物の着付けを始める。

 女性に服を脱ぐよう指示を出し、説明をしながら女性に足袋たびを履かせる。下着、肌襦袢はだじゅばんすそよけという、汗を着物に付けないよう吸い取ってくれる肌着を、順番に着てもらった。


 そこから長襦袢ながじゅばんという着物が直接肌に触れず、汚れないようにする服から、花梨が着付けの手伝いをし始めた。

 しばらくして花梨が女性の背後に回ると、ずっと黙って説明を聞いていた女性が、不敵な笑い声を発し始める。


「なんか、とっても美味しそうな匂いがするんだけど。あんた、妖怪じゃないわね?」


「えっ? は、はい。私は妖怪ではなくて人間で……んっ? 美味しそうな、匂い……?」


「ああ、やっぱり! うふふっ、私の後頭部がやたら疼いている理由が分かったわ」


「こ、後頭部……? ふおっ!?」


 女性の言葉に違和感を覚えた花梨は、その女性の後頭部に視線を向けると、艶やかでツヤのある髪の毛を押しのけながら巨大が口が現れ、大きな舌をジュルッと音を立てて唇を舐め回し、ゆっくりと湿らせていった。

 その光景を垣間見た花梨は、着付けをしていた手がピタリと止まり、口を縦に開きながら「ふおおっ……おっ……おおおっ……おおっ!?」と、蛇に睨みつけられた獲物のように、膠着こうちゃくしながら声を上げた。


「私ね、二口女っていう妖怪なの、よろしくね。ほらっ、早く着せてくれないとあんたの事を丸呑みしちゃうわよ?」


「おっ、おおおっ……!? ……は、はいぃっ!!」


 二口女が言い放った冗談が、まったく冗談に聞こえず身の危険を肌で感じ取った花梨は、急いで迅速かつ丁寧に、一回目の伊達締めという帯を二口女の腰に締める。

 途中途中に、二口女の後頭部にある大きな口を見てみると、機嫌が良くなってきたのかニヤリと不気味に笑っていた。


 そして、二口女が選んだ青い着物を着せ、腰にある紐と二回目の伊達締めをおこない、着物の形を綺麗に整えていく。

 そこから帯の部分の工程を素早く済ませ、丸呑みされる前に、二口女の着物の着付けを息を荒げながら終わらせた。


「ハァハァハァ……。お、終わりました! 鏡で確認をお願いします!」


「どれどれ? ……うん、うん。いいんじゃないの? ありがと」


「ありがとうございます! 着ていた服はこちらでお預かりしますので、こちらにサインと現在の時刻の記入をお願いします!」


 花梨は、開店前に首雷から説明を受けた中の一つである、客から服を預かる際に、紙にサインと現在の時刻の記入を二口女にお願いする。

 妖怪が文字を書いている姿と、その記入された文字を初めて見た花梨は、達筆で綺麗な字だなぁ。と、すっかりと恐怖心と危機感を忘れ、新鮮さを感じつつ、まじまじとその文字を眺めた。


「あんた、私の字がそんなに珍しいの?」


「……あっ、いえ! すみません、綺麗な字だなぁって思いまして」


「ふ~ん、変わった人間ね。それじゃあ私は、温泉街を満喫してくるから服の事は全て任せるわ。帰りもよろしくね」


「は、はいっ、分かりました! 責任を持ってお預かりします!」


 そう言った二口女は背中を向け、後頭部にある口から舌をベロンと垂らし、手を振るように左右に振りながら店を後にした。

 花梨も、口をヒクつかせながら手を振り返して二口女を見送ると、預かった服を持ち上げ、ここからどうすればいいのか分からず、首をかしげる。


「そういえば、服を預かった後の説明はまだ受けていなかったなぁ。首雷さんに聞かないと」


 服を綺麗に畳んだ花梨は、店内を見渡し、他の妖怪の接客をしているろくろ首の中から首雷を見つけ出し、客がいなくなるタイミングを見計らい、首雷の元へと歩み寄っていった。

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