34話-3、黒歴史を背負う氷の女王様

 落ち着きを取り戻した雹華ひょうかは、スタッフルーム内に氷の椅子が何脚もあるのにも関わらず、王様が腰を掛けるような豪華できらびやかな氷の椅子を、部屋の中央に生成した。

 そして、今の様子をまったく意に介さず、自分の新しい姿を見ていた花梨を呼び、手招きをして生成したばかりの椅子に座るよう促す。

 いつの間にか新しい椅子が出来ていたせいで、花梨は驚いた表情をしながら歩み寄り、自分の身長よりも高い椅子を見上げつつ、座ったら冷たそうだけど、大丈夫かな? と、気に掛けつつ椅子に腰を下ろした。


「あれっ? まったく冷たくないや。ちょっと固い椅子に座っている感覚と一緒だなぁ」


「そりゃそうよ。今だと、氷の椅子よりも花梨ちゃんの体の方が冷たいもの」


「はぇ~、そういう事ですか。ちゃんと雪女になっている証ですね」


 改めて自分が雪女になった事を実感すると、椅子の肘掛け部分を手で擦ってみたり、椅子に深くもたれ込み、座り心地を確かめ始める。

 腰を浮かせて座り直したり、背もたれ部分に頬をつけて感触を確かめてみるも、やはりなんら変哲も無い椅子と大した差は感じられなかった。

 物珍しい表情でいる花梨が、扉をノックする要領で肘掛け部分を叩いていると、目の前に居た雹華が、ビデオカメラを構えながら花梨に注文を言い始める。


「それじゃあ花梨ちゃん。足を組んでから肘掛けに肘をついて、そこに顔を置いてくれる? そして、私をさげすむような目で睨みつけてから何か一言ちょうだい」


「へっ? なんですか、その注文は?」


「細かい事は気にしないの! ほらっ、やってやって。いつでもいいわよ」


 唐突に謎の注文が入り、花梨は若干困惑するも、ちょっと楽しそうだなぁ。一言、一言……。状況的に、こんな感じでいいかな? と、満更でもない様子で指示に従う。

 雹華の注文通りのポーズを取ると、一度目を閉じてから沈黙し、「ふっ」と、鼻で嘲笑してからその目を開けた。


「よく来たなぁ、儚き人間共よ。褒めてつかわそう。ふんっ、せっかくここまで来たのだ。わらわが直々に相手をしてやろう。どうせ、すぐに氷像と化すがな。少しは妾を、楽しませてくれよ?」


「カァァァーーット!! なに今のっ!? ものすごくカッコよかったわよっ!」


「えへへっ、そ、そうですか? ちょっと照れるなぁ」


 悪の親玉に扮した演技を褒められた花梨は、白く染まっている頬を赤らめつつ、照れ笑いしながらその頬をポリポリと掻いた。

 今までに無い嬉々とした表情をしている雹華は、録画したばかりの映像を見返し、鼻の下を伸ばしたまま話を続ける。


「なんていうのかしらぁ~……。もう雪女の次元を超えているわ。……雪の女神? いや、氷の女王? そうっ、氷の女王よ! これで方向性が固まったわ! えっと……、じゃあ、次はこれを」


 表情が豊かでうるさい雹華は、ビデオカメラを持っていない方の手を、花梨に手の甲が見えるように上げた。

 すると、その手から白いモヤが出てきて、薄い氷を纏い始める。徐々に先端部分が鋭く伸びていき、一メートル以上まで伸びた頃には、雹華の手に、切れ味が凄まじそうな両刃の青い剣が生成されていた。


「おおっ、手に氷の剣が出来た! 強そうっ!」


「でしょう? 花梨ちゃんも、これを自分の手に生成してみてちょうだい」


「私もですか? えっと、どうやるんですかね?」


「簡単よ。妖狐が物を変化へんげさせる時に、頭の中でその物をイメージするでしょう? それと同じ要領よ」


「なるほど、それなら出来そうだ。えっと、剣、剣っと」


 コツを既に知っている花梨は、まず初めに、雹華の手に生成されている氷の剣を目に焼き付ける。それを終えるとすぐに目を閉じ、真っ暗な空間に自分の利き手である右手を、精巧にイメージし始めた。

 次に、目に焼き付けた氷の青い剣を正確に思い浮かべ、自分の右手に重ねるイメージを強く思いえがく。

 すると、現実にある自分の右手に違和感を覚えると同時に、ピクリとも動かせなくなった。


 そして暗闇の中で、だんだんと早くなっていく雹華の喘ぎ声と共に、ピキピキと氷が生成される音が耳に入り、その氷の生成音が聞こえなくなると、ゆっくり目を開ける。

 恐る恐る自分の右手に目をやると、そこには雹華の手に生成されている氷の青い剣と同じ物が自分の右手にも出来ており、その剣を見た花梨は興奮しながら口を開く。


「出来たっ! おお~っ、すごいすごいっ! まるで魔法みたいだ!」


「パーフェクトよ花梨ちゃん! もしかして、前世は雪女だったんじゃないの?」


「んふふっ、そうかもしれませんねぇ~」


 完全に心が舞い上がっている花梨は、もはや何も言われようとも浮かれている心で真摯しんしに受けとめ、全てを肯定するほど機嫌が良くなっていた。

 そのご機嫌な花梨を雹華は見逃さず、ニヤリと口角を上げる。そして、咄嗟とっさにビデオカメラを構えて話を続ける。


「花梨ちゃん、花梨ちゃん! 一生のお願いよ、カメラに向かって『お母さん』って言って!」


「ええ~っ? それはちょっと恥ずかしいですよぉ」


「後生よ! 一回だけでいいから、さあっ!!」


「うう~ん……。もう、一回だけですよ? ……お、おかあ、さん」


「はあぁぁーーいっ!! うふふふふっ……。今の箇所だけ編集で切り取って家宝にしよっと」


 至高の言葉を手にする事ができた雹華は、とろけ切った表情で一度ビデオカメラを巻き戻し、再び花梨が恥じらいながら『お母さん』と言った場面を再生すると、「たはぁっ!」と歓喜しつつ、鼻血を噴き出した。

 慌てて噴出した鼻血を凍らせ、鋭利に飛び出している部分だけ割ると、場の空気を戻すように咳払いをしてからビデオカメラを構えた。


「それじゃあ花梨ちゃん。次は、人間達に一撃を食らったような演技をちょうだい」


「はい、分かりました」


 既にノリノリになっている花梨は、雹華の指示になんの躊躇いもなく快諾し、次のシーンに合うであろう演技とセリフを考え始める。

 ある程度のイメージが固まってくると、氷の剣が生成されている右腕を握り締め、半歩後ずさりし、奥歯を力強く噛み締めた。


「グッ……!? や、やるなぁ人間共よ。わらわに傷をつけたのは貴様らが初めてだ。しかし、その事実もすぐに消え去るであろう。ふっ……、ふふふっ、あの世で後悔するがいい。今の一撃で、妾を倒せなかった事をなぁ!!」


 花梨こと、氷の女王による熱演を取り続けていた雹華は、演技が終わると、構えていたビデオカメラをゆっくりと下ろす。

 三度目の鼻血を垂らしている雹華の表情は、この世に未練が一切無いような、とても穏やかな笑みを浮かべており、口元を緩ませつつ「……はい、氷の女王様。OKでございます」と口にした。


「雹華さん、めちゃくちゃ良い笑顔してますね……。しかも、なんで敬語に?」


「とてもよろしゅうございました……。今なら死んでも構わないわ、最高……」


「あの~、これから仕事があるんですからね? ちゃんと生きててくださいよ?」


「ええ~、ヤダァ~……。ずっとこうしていたいのに……」


 幻の桃源郷から現実に引き戻された雹華のテンションは、天国から地獄に突き落とされたように急降下し、静かに肩を落とす。

 そのしょぼくれた雹華に呆れ返った花梨が、右手に生成していた氷の剣を外し、手をプラプラとさせながら軽いため息をついた。


「それじゃあ、そろそろ研修を始めましょうよ」


「待って! まだ人間達に反撃してないでしょう!? 最後にそれだけ撮らせてちょうだいっ!」


「……もう、それで最後ですよ? どうやって反撃するんですか?」


「ちょっと待っててね」


 氷の女王としての熱意が冷めた花梨をよそに、未だに興奮冷めやらぬ雹華は、花梨に背を向け、数歩歩いてから両手を大きく広げた。

 すると、厚い氷に覆われた床から、幅が三メートル以上あり、薄くて透明な氷の壁がせり出すように生成されていく。

 その氷の壁が天井まで伸びると、氷の壁を見上げながらコクンとうなずいた雹華は、花梨の居る方に振り向き、その壁を手の甲で軽く叩いた。


「この、今作った氷の壁に向かってセリフを叫びながら、ツララを大量に飛ばしてきてちょうだい」


「ちゅ、注文のレベルが一気に難しくなった……。それも頭の中でイメージすればいいんですかね?」


「そうよ。私は花梨ちゃんの前でしゃがんで撮っているから、思う存分飛ばしてきてね。ちなみに、壁の強度は鉄以上にしてあるから安心しなさい」


「ぬう、ちょっと一回練習してみますね。ツララが飛ぶイメージ……」


 そう言った花梨は手を前にかざし、眉間に深いシワを寄せつつ、未だかつて想像した事の無い、ツララが壁に向かって飛んでいくイメージを想像し始める。

 天井に垂れ下がっている一番大きなツララを参考にし、じっと睨みつけながら自分の背後からツララが氷の壁に向かっていくイメージを、パラパラ漫画のように何度も重ねてツララを動かしていく。 


 しかし、何度もイメージしてみるも、なかなか想像が上手くいかず、心の中でやみくもに、ツララよ、壁に向かって飛んでいけっ! と、願うように強く念じた。

 すると願いが通じたのか、自分の顔を掠めるようにやや大きな影がくうを切る音と共に横切り、氷の壁にぶつかって地面へと落ちていった。


「あれっ? 今、私の横を何かが通り過ぎていった……?」


「花梨ちゃん、成功よ! 今、ツララが飛んできたわよっ!」


「へっ? 本当ですか?」


「本当よ。ほらっ、これ」


 微笑んだ雹華が、壁にぶつかって落ちた物を拾い上げると、キョトンとしている花梨に見せつけた。

 それは、直径二十センチはあろうやや大きめのツララであり、目をパチクリとさせている花梨が、雹華が持っているツララに指を差す。


「このツララを、私が?」


「そうよ。なかなかセンスあるじゃない」


「はえ~、イマイチ実感が湧かないなぁ」


「最初はそんなものよ。それじゃあ、本番行きましょっ!」


 花梨がツララを飛ばせるようになった事により、先ほどのハイテンションが舞い戻ってきた雹華は、ビデオカメラを構えつつ後ろに下がっていき、花梨の目の前でしゃがみ込んだ。

 まだあまり自信が持てていない花梨も、切れていた氷の女王スイッチが入り、氷の壁を蔑む目で睨みつけた後。頭の中で考えていたセリフを叫び始める。


「ここを貴様らの墓場にしてやろう! 全身串刺しになるがいい!」


 叫んだと同時に手を前に伸ばした花梨は、大量のツララよ、氷の壁に向かって飛んでけっ! と、頭の中で念じると、背後から氷の剣が生成された時と同じ音が鳴り始める。

 その音は止まずに鳴り続けると、やがて、大量の小さなツララが花梨の体を横切るように通過していき、壁にぶつかって細かく砕け散り、地面に落ちて積もっていく。

 その非現実的な光景を目にした花梨は、目を輝かせながら興奮し「おおっ!」と、歓喜の声を漏らすも、すぐさま氷の女王へと戻り、高らかに笑い始める。


「はぁーっはっはっはっはっ! まとめて朽ち果てるがいいわぁっ!!」


「キャーーーッッ!! さいっこうよ、氷の女王ぁーー!! その調子でどんどんやっちゃってーー!!」


「はぁーっはっはっはっはっ―――」


「すごい花梨っ! とってもカッコイイわっ!」


「はっはっはっはっ、はっ……、はっ?」


 花梨のテンションも最高潮を越えている中。完全に氷の女王と化している花梨の耳に、雹華とはまた違う声が、氷の割れる音の間に割り込んできた。

 その声は、聞き慣れた親しみのあるもので、嫌な予感がしたのか、花梨の背後から飛んできていたツララがピタリと止まる。

 そして、ゴーニャが寝ているであろう氷の机に目を向けると、その机の上では、拍手を送りながら目を輝かせているゴーニャの姿があった。 


「ンギャァアアーーーッッ!! ご、ゴーニャ起きてたの!? い、いつから……、見て、た?」


「えっと……。花梨が綺麗な椅子に座っているところぐらい、からかしら?」


「ほ、ほぼ最初からじゃんか……。は、恥ずかしいぃ……」


 ゴーニャの無垢な言葉により、一気に素に戻った花梨は、耐え難い恥ずかしさから顔全体が真っ赤に染まり、その場にしゃがみ込み、両手で熱く火照った顔を抑え込んだ。

 同時に、興奮のし過ぎにより雹華も意識が遠のいていき、受け身を取らずに、にんまりとしている顔から地面に倒れ込む。そして、最後の力を振り絞り、震えている腕を上げて親指を立てた。

 誰も止めなければ永久に続いていたであろう撮影会は、ゴーニャの何気ない一言により強制終了し、打ち倒された氷の女王はしばらく間、顔を隠しつつ頭から熱い煙を昇らせていた。

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