34話-4、始まりのバニラアイス作り

 氷の女王を熱演していた花梨が、ゴーニャに全て見られていたと分かり、恥ずかしさのあまりにふさぎ込み。雹華ひょうかが花梨の熱演により、興奮し過ぎて倒れてから二十分余りが経過した頃。

 落ち着きを取り戻したのか、二人共黙ったまま静かに立ち上がり、雹華はビデオカメラを氷の机の中にしまい込んだ。

 そして花梨のいる方に振り向くと、今まで百面相が如く表情を変えていたのが嘘のように、穏やかな顔をしており、ふわりと笑みを浮かべる。


「それじゃあ、気を取り直して研修を始めましょうか。って言っても、もうほとんど教える事はないけどもね」


「えっ? 私、まだ何も教わってないですよ?」


「最初に言ったでしょ、研修も含めてって。撮影している間にも研修は行われていたのよ」


「そう、だったんですか?」


 予想外の言葉に花梨が驚くと、先の表情を保っている雹華がコクンとうなずく。


「基礎中の基礎だけどもね。氷で自在に物を生成できたり、操れるようになれば第一段階は終了。で、次をクリアできれば研修は終わりよ」


「あっ。氷の剣の生成やツララを飛ばしたりしたのも、そんな意味があったんですね」


「そう、花梨ちゃんとても上手だったわよ。次に移るからちょっと待っててね」


 そう言った雹華は、ゴーニャが凍えないようスタッフルームから出るよううながしつつ、一緒に部屋から出ていった。

 しばらく待つと、雹華一人だけがスタッフルームへと戻って来た。手にはバニラアイスを作る時に使用する、白いドロドロの原液が入った容器を携えており、花梨の目の前で来ると、氷の一本足のテーブルと氷の皿を一枚だけ生成し始める。


「次は、バニラアイスを作れるようになる事よ」


「バニラアイスかぁ。まさか、私が作る側に回るなんて夢にも思わなかったなぁ」


「ふふっ、私もよ。早速だけど中が空洞で、上に穴が開いている氷の玉を生成してみてちょうだい」


「雹華さんがいつもやっているアレですよね、分かりました」


 バニラアイスは、花梨が初めて極寒甘味処ごっかんかんみどころに訪れた時に、一番最初に口にした物であり、作り方も全て理解している。

 指示を出された花梨は、真っ白に染まった手の平に、野球ボール大の薄い氷の玉が出来るよう頭の中に思い浮かべた。

 何度も見てきた光景だったので、すぐに手の平に白いモヤが現れ始め、雹華が今まで幾度となく作ってきた、中が空洞で、上に穴が開いている丸い氷の玉を難なく生成する事ができた。


「出来ました!」


「流石ね。でも、問題はここからよ」


 雹華がやんわりと褒めると、自分の手の平にも同じ氷の玉を生成して説明を続ける。


「次に、バニラアイスの原液を注いで冷気を送り込むんだけど、これにはちょっとコツがいるのよね」


「コツ、ですか」


「そう。今の体は、体温が上がらないよう勝手に全身から冷気が放出されているんだけども、それを手に集中させて、一点に向かって流し込むイメージをすればいいかしら。だけど、弱すぎるとアイスは固まらないし、逆に強すぎると氷のようにカチカチになっちゃうのよ」


「う~ん……。要は、冷気の放出を調整できるようになればいい、と?」


「そうね、これを会得するには訓練を積むしかないわ。試しにやってみなさい」


 試しにやってみなさいと言われた冷気の放出であるが、これもまた人間の時には想像だにしなかった事なので、花梨はイメージをしようと試みるも、今回は至難の極めた。

 氷を生成する時には、まだ形がある物なので想像するのは容易であった。が、冷気は目に見えず、どのようにイメージをすればいいのか分からぬまま、ひたすらに頭を悩ませる。


 雪女に変化へんげしてからそれほど間もないせいか。全身から冷気が放出されていると言われても実感が湧かず、更に、それを手に集中させて一点に向かって流し込むと説明されるも、理解がまったく追いつかなかった。

 最初は説明通りに様々なイメージをし、目に見えぬ冷気を放出させようと奮闘するも全てが叶わず、最終的には、目を血走せながら手の平を睨みつけ「冷気よ、出ろっ!」と、願いを込めて叫び上げていた。 


「……苦戦しているわね。ちょっと手の平をくっつけない程度に、ゆっくりと近づけてみてちょうだい」


「こう、ですか?」


 四苦八苦していた花梨は、指示通りに自分の手の平同士を徐々に近づけていくと、距離が近づくにつれ、ひんやりと冷たくなっていくの感じ始める。

 そして、距離が残り一センチ程までに狭まると、手の平の間から白い湯気が静かに立ち込め、音も無く床へと流れていった。


「おおっ、白い湯気が出てきた。心なしか、手の平が冷たく感じるや」


「でしょう? 冷気が勝手に放出されているのが分かるわね。花梨ちゃんは、結構強めに放出されているみたいね」


「へぇ~、そう言われても全然分からないなぁ」


「まあ、それは仕方ないわね。それじゃあ、手に力を入れてみてちょうだい。それで少しは感覚が掴めるようになるハズよ」


「どれどれ……、んん~っ!!」


 そう説明を受けた花梨は、腕から手にかけて思い切り力を込めてみる。すると、手から放出されている冷気がみるみる内に強くなり、空気中にある水分と空気をまとめて凍らせてしまい、両手がまたたく間に厚い氷で覆われてしまった。


「んげっ、手が凍りついた!?」


「花梨ちゃんって、思っていたよりも力が強いのね。簡単に説明すると、力を込めた箇所の冷気がそれに応じて強くなるの。その感覚を忘れないでね」


「なるほど、分かりました!」


 ようやく冷気の放出の仕方を理解した花梨は、手を覆っている氷を取り除き、研修の内容であるバニラアイス作りを再開する。

 上に穴が開いた氷の玉を慣れたように生成し、その穴からバニラの原液を注ぎこむ。次に、穴を塞いでから手の平に力を込め、冷気が満遍なく伝わるように氷の玉を振りつつ、冷気を送り込んでいった。

 何回か上下に振ると、氷の玉の中で暴れていた液体が固まってきたのか、だんだんと氷の玉に重さが増していく。

 そこから少しして、バニラが完全に固まったと予想した花梨は振るの止め、その光景を見守っていた雹華の前に差し出した。


「どう、でしょうか?」


「うん、見た目はOKね。それじゃあ私が生成した氷の皿に置いて、バニラの表面を覆っている氷を割ってみてちょうだい」


 雪女になり、初めて作ったアイスを皿に置いた花梨は、雹華がいつもやっているように、指をパチンと鳴らし、アイスを覆っている氷を弾けるように割った。

 それから二人は、同時に氷のスプーンを生成し、出来立てのバニラアイスを軽く叩いて固さを確認した後。バニラアイスをすくって口の中へと入れる。

 食感や風味共に、雹華が作ってきた物と然程さほど変わりがなく、満足感と達成感が込み上げてきた花梨が、にんまりと微笑んだ。


「う~ん、美味しいっ。程よく固まってるや」


「すごいじゃない、合格よ花梨ちゃん。これなら、すぐに接客対応してもらっても大丈夫そうね」


「本当ですか? よかったぁ~! 今の感覚を覚えておかないと」


 雹華から合格点を貰い、嬉しくなった花梨が小さくガッツポーズをした。そしてふと、ここでかき氷も食べた事を思い出し、バニラアイスを口に入れてから話を続ける。


「そういえば、作るのはアイスだけでいいんですかね? かき氷の作り方も教えてほしいんですけど」


 花梨の言葉を聞いた雹華は、何も言わぬまま首を左右に振る。


「かき氷は止めておきなさい。ぬえちゃんから聞いたんだけど……、雪、ダメなんでしょ?」


「鵺さんからですか? まあ、はい……。雪が降っている景色を見るのは、確かにダメですね」


「やっぱりね。かき氷を作る時は、手っ取り早く雪が降っているイメージをするから、花梨ちゃんにはとてもツラいでしょ? かき氷の注文が入ったら決して自分で作らず、私か他の店員に必ず変わりなさい。いいわね?」


「わ、分かりました」


 雹華の珍しい真剣な表情で迫られた花梨は、特に言い訳もせず素直に従う。

 その言葉を聞き入れた雹華が優しく微笑み、バニラの原液が入っている容器を片手に携え、空いた氷の皿とテーブルを粉砕した。


「それじゃあ、これで研修は終わりよ。よく頑張ったわね、お疲れ様。今度は厨房に行って、材料の配置や細かな事を教えてあげるから着いてきてちょうだい」


 最初は不安しかなかった研修であったが、無事に終える事ができた花梨は、雹華の背中に続いて氷点下が支配するスタッフルームを後にする。

 スタッフルームから出ると、雪女になっているせいか涼しく感じていた秋の陽気が一転し、真夏以上の暑さへ変貌しており、花梨は「うわっ、あっつぅ~……」と気だるい声を漏らす。

 そして、全身に軽く力を入れて冷気を強めに放出しつつ、雹華と共に厨房へと向かっていった。

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