8話-3、気が付く者と、気が付かぬ者
様々な種類の酒瓶が大量に乗っている荷車を、片手で軽々と引いている花梨は、先ほど
書かれている内容は、妖狐神社:
「むう。先に、一番近かった焼き鳥屋八咫に行っておけばよかったなぁ」
既に、
定食屋付喪、極寒甘味処、座敷童子堂、妖狐神社、そして最後に焼き鳥屋八咫の順に行き、居酒屋浴び呑みに帰るルートにした。
最初の配達先は、定食屋付喪。妖狐神社で仕事の手伝いをし、昼時にきつねうどんを堪能して以来、まだ一度も足を運んでいなかった。
あの時は妖狐の姿で、今日は茨木童子の姿で行くため、未だに人間の姿では行けていない。
定食屋付喪に着くと、料理酒が入っているケースを両手で持ち、扉を開けて店の中へと入っていく。
開店してまだ間もないせいか、客の姿は一切無く、調理場から流れてくる皿を洗う音だけが、店内に響き渡っている。
「お疲れ様でーす! 調理酒お届けに参りましたー」
「あっ、はーい。いつもありがとうございますー」
花梨の呼び声に、背中にしゃもじを背負っている
笑みを浮かべ、調理酒が入ったケースを受け取ると、一礼をしてから調理場に戻っていった。
「さて、次は極寒甘味処だ。ついでに昨日払えなかった代金も一緒に払っておこっと」
昨日、座敷童子の
花梨は今、自分が財布をしっかりと持っている事、中身が充分に入っている事を入念にチェックし、次の配達先である極寒甘味処を目指して歩く。
店の近くまで来ると、純白の着物の袖を捲り、外にあるテーブルを拭いている雹華を見つけ、大きな声を上げながら歩み寄っていった。
「雹華さーん! 洋酒をお持ちしましたー!」
「……あら酒天ちゃん、ありがぁっ……!? ……お疲れ様、このテーブルの上に並べておいてちょうだい……。……ちょっと待っててね……」
「えっ? あっ、はい」
興奮気味にそう言った雹華は、駆け足で店内へと戻り、その様子を見ていた花梨は、なんだろう? と、思いつつ、言われた通りに洋酒をテーブルの上に並べていく。
洋酒を並べ終えると同時に、雹華が一眼レフカメラを持ちながら戻ってきて、息を荒げてニタァと笑いながら話を始める。
「……姿が変わっていても、私には分かるわよ花梨ちゃん……! ……ちょっとでいいから、写真撮らせてちょうだい……」
「えっ、私のことが分かるんですか!? なんだか嬉しいなぁ。いいですよ、どんどん撮ってください!」
雹華の嬉しい一言で、花梨の気分が一気に舞い上がり、テンションがやたら高い雹華の指示の元、絶え間なく眩しいフラッシュをたかれ、数十枚ほど写真を撮られた。
フィルムが切れたのか、急にテンションが急降下した雹華を見た花梨は、「雹華さん、ツーショットしましょ!」とお願いし、自分が持っていた携帯電話を取り出して、ピースをしながら三枚ほど写真を撮った。
そして、お互いに顔を見合わせてから微笑んだ後、代金の事を思い出した花梨が「あっ!」と、声を上げる。
「そうだ、リンゴとお水の代金! 昨日は色々とすみませんでした!」
「……あっ、写真をいっぱい撮らせてくれたしいらないわ……。むしろ、私が花梨ちゃんにお金を払いたい気分よ……」
「いいんですか? でも、悪いですよ……」
「……いいのよ……。……今度来たら、妖狐と座敷童子の姿もたっぷり撮らせてちょうだいね……」
「むう、本当は払いたいけど雹華さんがそう言うなら……。分かりました、後日にでも必ずや! それでは、代金ありがとうございます!」
そう約束した花梨は、良い笑顔でガッツポーズをしている雹華に手を振りつつ、極寒甘味処を後にする。
「いや~、私だと分かってくれて嬉しかったなぁ。次は座敷童子堂か。昨日の今日だけど、
心配するように呟いた花梨は、纏から貰った勾玉のネックレスを眺め、微笑みながら座敷童子堂へと目指していく。
近くまで来ると、足をプラプラとさせながら縁側に座っている纏の姿が目に入り、花梨は慌てて荷車の酒瓶を暴れさせながら「纏さーん!」と、声を上げながら駆け寄っていった。
「んっ」
「まだ病み明けなんですから、ちゃんと安静にして寝てて下さい!」
「あっ、花梨。大丈夫、治った」
「治ったじゃないですよ。またぶり返すかもしれ……、あれっ? 私だって分かるんですか?」
その言葉を聞いた纏はコクンと
「ふふっ、これは私の大事な宝物です。これからもずっと、大切に身に付けていきますからね」
「嬉しい。そうだ花梨、今度遊ぼう」
「いいですよっ。次の休みの日に、必ずここに来ますね」
「やった」
約束を交わせた纏は、気分が高まったのか腕をピコピコと振り、嬉しそうに鼻をふんっと鳴らした。
その纏の可愛らしい姿を見ていた花梨は、何かを思いついたのか手を叩きながら、「そうだ。纏さん、好きな食べ物はなんですか?」と、質問をする。
「べっこう飴とか赤飯とか。なんで」
「なるほどなるほど、分かりました。それは秘密です。あっ、そうだ。頼んでいた
要件を思い出した花梨は、荷車から
それを受け取った纏が、大事そうに神棚用献酒を抱きしめ、首を
「よく分からないけど、花梨が来るのを楽しみに待ってる」
「私も楽しみにしていますね、それでは!」
要件を終え、神棚用献酒を抱えている纏に手を振り、ニコニコしながら座敷童子堂を後にする。
「纏さんと遊ぶの楽しみだなぁ。次は妖狐神社か、
立派で大きな赤い鳥居をくぐり抜け、
胸を弾ませつつ、雅と一緒に働いたおみくじ屋を覗いてみると、雅とは違う二人の妖狐がおり、慌ただしく接客作業をしている。
雅を探しながら荷車を引いていると、堂々と構えている本殿の前に、この神社の
「楓さーん!
「ほう? 今日は花梨が持ってきおったか」
「あれっ!? 私だって分かるんですか?」
「ほっほっほっ、ワシを化かそうなんぞ一万年早いわ。しかし、今日は本物の茨木童子になっとるようだがの」
全てを見透かされた花梨は、この人を欺くのは絶対にやめておこう……。と、改めて心の中で誓いつつ、口元を隠して妖々しく笑っている楓に「この
その質問を聞いた楓は、足元に落ちていた石を拾い上げ、本殿の階段脇に放り投げると、地面に落ちた石が白い煙に包まれ、一枚のブルーシートへと姿を変えた。
「そのブルーシートの上に置いといてくれ、後はこっちでやっておこう」
「分かりました! そういえば、今日は雅はいないんですか?」
「ああ、今日は休みじゃ。今頃は寮で、アホ面こいて寝とるじゃろう」
「あー、そうですか……」
雅と会えない事が分かった花梨は、少々気を落としながらも、二本で一セットになっている白い紙に包まれた御神酒を、ブルーシートの上に並べていく。
五十セットあった御神酒を全て並べ終えると、ちょうどブルーシートが隠れるぐらいに収まり、その光景を見た花梨は、なんとも言えない満足感と、楓の
「お疲れ花梨よ。そのうち、またここの手伝いに来るがよい。いつでも歓迎するからの」
「はい、ありがとうございます! それでは!」
そう仕事の手伝いに誘ってくれた楓に、お礼を言いながら一礼し、参拝客が少ない所を通り、再び鳥居を抜けて妖狐神社を後にする。
「最後は、焼き鳥屋八咫烏っと。
ここまでほぼ全員、茨木童子の姿をしている自分に気がついてくれて、かなり嬉しく思っていた花梨は、密かな期待を寄せつつ今まで来た道を戻り、最後の配達先である焼き鳥屋八咫烏へと向かっていく。
居酒屋浴び呑みの店を通り過ぎて行くと、食欲を刺激する香ばしい焼き鳥の匂いと共に、その匂いを含んだ美味しい煙を風に乗せて運んでいる、焼き鳥屋八咫烏の店が見えてきた。
店の近くまで行くと、その煙を撒いている張本人の八吉が、青みを帯びている黒い翼をはためかせ、焼き鳥台の火力調整を
「八吉さーん、ビールと清酒をお持ちしましたー!」
「おお酒天、いつも悪いな! それじゃあ、いつもの場所に並べといてくれ!」
八吉の残念な言葉を耳にした花梨は、店の角に頭を豪快に打ちつけ、もたれ込みながら「へっへへへっ……。そうだ、これが普通の反応だよ。今までの人達がすごかっただけなんだ……」と、ヤケになり、涙を流しつつ静かに笑った。
「お、おい、大丈夫か? 結構強く頭をぶつけたみたいだけどよ……」
「あっ、八吉さん……。私、酒天さんではなく……花梨です」
「はあっ、お前花梨なのか!? 嘘だろ、どこからどう見ても酒天だぞ!? なんだって、そんな姿になっちまったんだ……?」
八吉の発言に花梨は、あ~、良いリアクションだなぁ……。もう、これはこれでアリか……。と、諦めつつ、腕をブランと垂らしながら話を続ける。
「居酒屋浴び呑みの仕事の手伝いをしていたらですね、成り行きで……」
「成り行きで茨木童子にされちまうのか、怖え店だな……」
「ええ、色んな意味で怖い店ですよ……。あっ、そうだ。この前奢って頂いた焼き鳥の代金をやっぱり払いたいんですが、いくらになりますかね?」
花梨が財布を取り出すと、八吉は花梨の目の前に指を突き出し、「チッチッチッ」と言いながら指を振り、ニカッと眩しい笑顔を飛ばす。
「あれは俺の気持ちだ、気にすんな」
「え~。でも、いくらなんでも食べ過ぎちゃったんで、やっぱり払わせて下さい」
引き下がらない花梨に対し、八吉が焼き鳥をひっくり返しながら再びニカッと笑う。
「いいんだよ、あの時はお前に対して罪悪感があったんだ。俺の罪の償いだと思って、黙って受け取れい」
「ん~、でもぉ……」
「黙って受け取らねえと~、もっと焼き鳥奢るぞ?」
「な、なにその脅し!?、わ、分かりました、ありがとうございます……」
「へへっ。そうだ、それでいい」
八吉の魅力のある脅しをされた花梨は、一瞬だけ心が揺れ動くも、これ以上は迷惑を掛けられないという少ない自制心が動き、食欲を無理矢理抑えつける。
しかし、納得がいかないまま話を強引に終わらせられたせいか、謎の対抗心と怒りが込み上げ、そのまま八吉をキッと睨みつけた。
「今度来たら、この店の肉を全部食べてやりますからねっ!」
「おう! いつでも待ってるぞ!」
「ふっふっふっ……。後悔しないでくださいよぉ? ……あっ、そうだ。お酒はどこに置いておけばいいですかね?」
「おお、そうだったな。店の入口の横に置いといてくれ」
「入口の横ですね、分かりました!」
指示を受けた花梨は、邪魔にならないよう、店の入口の横にビールケースを一列に並べ、その上に二十本の清酒を地面に落ちないようしっかりと乗せた。
全ての配達を済ませると、荷車に何も残っていない事を確認し、帰り際に「それじゃあ、大量の鶏肉を仕入といて下さいねぇ……」と、小悪党ような表情を浮かべながら八吉に言い残し、居酒屋浴び呑みに戻っていった。
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