48話-1、焼き鳥屋八咫でお手伝いをするの
今日一日お世話になる、『焼き鳥屋
焼き鳥屋八咫には、花梨と焼き鳥を食べに頻繁に訪れていたものの、店の中に入るのはこれが初めてで、口をポカンとさせながら真新しい景色を見渡し始める。
店の右側から奥にかけ、逆のエル字を書くようにテーブル席が並んでいて、等間隔にある窓から朝日が差し込んでおり、各テーブル席を暖かく照らしている。
そのテーブルの中央端には、七味唐辛子や塩、焼き鳥のタレなど様々な調味料が置かれていて、お品書きだろうか、黒い文字がズラッと書かれた長方形の紙も添えられていた。
次に店内の左側に目を向ける。手前には、お会計を済ませる為のレジが設置されており、そのレジの前には、『八咫』と記されたのれんが立て掛けられている。
レジの奥からカウンター席が伸びていて、中央付近で、この店の店員である八咫烏の
二人はボーッと八吉の様子を眺めていると、勢い余ったのか突いていた肘がズルッと滑り、揺れていた頭が落下して、鈍い音を立たせながらカウンターに強打した。
そのまま動かないでいたが、少しの間を置くと、意識がハッキリとしてきたのか、両手で
「ぐおおぉぉぉ~っ……! いってぇ~……」
「八吉起きた、おはよう」
「……うっ? おー、来たかゴーニャ! それに纏も一緒か」
「うん、ゴーニャが一人だと心配だから」
同行していた纏の言葉を聞いた八吉が、赤く腫れた額を擦りながらカウンター席から立ち上がる。
背丈はゴーニャ達が見上げる程には高く、青みがかったツンツン頭には、白いねじり鉢巻きが巻かれている。
祭りでよく見る青いハッピみたいな作業服を身に纏い、背中から黒い翼が飛び出しているも、窓から差し込む光を浴びて青みを帯びていく。
ゴーニャ達の前まで歩み寄って来た八吉が、指で鼻の下を擦り、無垢な少年を思わせる笑顔をしながら口を開いた。
「そうか。なら、しっかり守ってやれよ。おっ、ゴーニャ衣替えでもしたのか? その白いワンピースと帽子、すげえ似合ってるじゃねえか」
「えへへっ、ありがとっ! 花梨に買ってもらったの!」
「ほ~、よかったじゃねえか。それじゃあ大事に着てやれよ」
「うんっ!」
新しい洋服姿を褒められたゴーニャが、満面の笑みで喜ぶと、八吉も負けないぐらい眩しい笑顔をゴーニャに返す。
そして、八吉が場の雰囲気を変えるように、大きな咳払いしてから腕を組んだ。
「さってとだ。ゴーニャはこれが初めての仕事なんだよなあ、何をさせっか。焼き鳥はもちろん焼けねえだろうし、俺より背が小せえから接客もままならそうだし……、どうすっかなあ?」
「あっ、身長なら大きくできるわっ」
「はっ? どうやってだ?」
「ちょっと待ってて」
そう言ったゴーニャは、肩に掛けている赤いショルダーポーチを開け、中身を漁り始める。
しばらくすると「あった!」と口にし、大人の妖狐に
かぶっていたつばの広い帽子を纏に預け、その髪飾りを頭に付ける。すると、ゴーニャの足元から螺旋を描くように白い煙が出現し、瞬く間に全身を覆っていく。
その渦を巻いた白い煙の高さが上昇し、ゆっくりと回りつつ辺りに霧散していくと、中から身長の高い妖狐が姿を現した。
清楚で清らかな巫女服を着ており、頭の上には長くてピンとした狐の耳が伸びていて、背後からは大きくてモフモフした狐の尻尾を覗かせている。
ニコッと笑みを浮かべた妖狐の表情には、ゴーニャの面影が残っているも大人びた雰囲気があり、やや妖々しさがあるものの、どこか無邪気でワンパクそうな印象も受けた。
先ほどまでゴーニャを見下げていた八吉が、今度は顔を上げ、驚いた表情をしつつ「はぁ~……」と抜けた声を漏らす。
「ご、ゴーニャ、だよな……? 俺より遥かにでかくなっちまったな……」
「えへへっ、これならどうかしら?」
「……ああ、申し分ねえでかさだ。これなら出来る仕事の幅がグッと広がるな! なら……」
喋るのを止めた八吉が、手で顎を抑え、目線を天井に上げて思案する。目を半周ほど泳がし「そうだなあ……」と呟くと、何かを決めたような眼差しをゴーニャに向けた。
「よーし! それじゃあゴーニャには、接客と皿洗い、その他雑務をやってもらおうか!」
「わかったわっ! ……どうやればいいのかしら?」
仕事内容を八吉から告げられるも、その内容がまったく分からないでいたゴーニャは、狐の耳を揺らしつつ首を
「それは今から説明するぜ。開店までまだ時間があるから、それまでにある程度覚えてくれな」
「わかったわっ!」
「いい返事だ、それともう一つ!」
説明を続けていた八吉が声を張り、人差し指を立て、ゴーニャの目前までグイッと近づけた。
「今日は店長である親父が休みで、俺が代理で店長を任せられているんだ。だから、今日は俺の事を『八吉』と呼ばずに『店長』と呼べ! いいな?」
「店長……。わかったわっ、店長っ!」
「ぬおお~っ……、いい~響きだぜえ。なあゴーニャ、もう一度大きな声で言ってくれ!」
「て、店長っ!!」
八吉にとって、密かな夢だった『店長』と呼ばれる事が叶い、心の底から湧き上がる深い感動と喜びで、体を小刻みにフルフルと震わせる。
まだ耳の奥に残る最高の余韻を存分に堪能すると、やる気に満ち溢れた八吉が、力強い渾身のガッツポーズをした。
「いいねえいいねえ! 最高だぜゴーニャ!! よーし、それじゃあ説明を始めるから、まずは厨房に着いてきやがれ!」
テンションが最高潮に達した八吉が、大袈裟に手招きをして厨房へ向かうと、これから仕事が出来ると気持ちが高ぶっていくゴーニャも、狐の尻尾をはち切れんばかりに振り回し、微笑みながら後を着いていく。
軽い足取りで厨房に着くと、まだ開店前のせいか、明かりは点いてなく薄暗くなっており、辺りには心が安らぐ炭の匂いが充満していた。
鋭くなった嗅覚で炭の匂いを嗅いでいると、八吉が電気を点けたのか、蛍光灯が二、三度チカチカと点滅を繰り返し、光が安定してパッと明るくなる。
少ししてから明かりに慣れたゴーニャの目に、普段八吉が焼き鳥を焼いている焼き鳥台が、真っ先に映り込む。
日中はタレが点々と垂れているが、今は綺麗に掃除されているのか汚れが一切無く、蛍光灯の光を満遍なく反射している。
今はまだ開店前なので、温泉街の大通りが見えるであろう焼き鳥台の向こう側は、脂を含んだ煙で少々汚れているシャッターが下りていた。
焼き鳥台とシャッターをまじまじと眺めていると、不意に右側から八吉の「ゴーニャ、こっちだぜ」という声が耳に入る。
声がした方向に目を向けると、キッチンの前で八吉が小さく手招きをしており、ぽやっとした顔をしながら近づいていく。
目の前まで来ると、八吉は何も置かれていない小奇麗なキッチンに向けて指を差し、説明を始めた。
「使い終わった皿はここで洗っているが、流石に皿洗いは分かるよな?」
「うんっ、何回も
「そうだ、完璧だぜ。ちなみにスポンジと洗剤はキッチンの横にあるから、勝手に使ってくれな」
八吉がスポンジと洗剤がある場所に指を差すと、ゴーニャは真剣な眼差しでそれらを目視し、頭の中に叩き込んでいく。
「んじゃあ次は、接客のやり方を説明するか。纏がいる場所に戻るぞ」
「はいっ、店長っ!」
ゴーニャの元気あるハッキリとした返事に、八吉は頬をほんのりと赤く染め、照れ笑いしながら鼻の下を指で擦る。
そして、二人は電気を点けたまま厨房を後にし、先ほどまで居た店内へと戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます