78話、語るは冷静沈着な破天荒

 あら、いらっしゃい。っと、ごめんなさい。店内は満席だから、外のテーブル席に案内するわね。

 あなた、このお店に来るのは初めてでしょ? なんで分かったかって? そりゃあ当然よ。お客様の顔は全員覚えているからね。

 それじゃあ、自己紹介をしておかないと。極寒甘味処ごっかんかんみどころの店長をしている、雪女の雹華ひょうかです。以後、お見知り置きを。


 私はこの温泉街へ来る前は、『雪化粧村』に住んでいたの。そうそう。昔は隠世かくりよでも禁足地に指定されていた、豪雪地帯の一角にある村よ。よく知っているわね。

 禁足地に指定されていた理由? それは単に、由緒正しき純血を守る為の処置よ。行ってみたい? それは、やめておいた方がいいわ。

 なんたって、常に猛吹雪を纏う極寒の地だからね。寒さに耐性がない人が足を踏み入れると、秒で氷像と化してしまうわ。


 ……私? 私もこう見えて雪化粧村の出身だから、正真正銘、純血の雪女よ。けれども、その純血のせいでつまらない日々を送っていたわ。

 猛吹雪のせいで、夜となんら変わりない薄暗い朝に起き。もっと暗くなる夜まで吹雪を眺め続けては、眠りに就く毎日。

 そんな代わり映えしない毎日が、白以外の色が無い毎年が、なんで生きているのかさえ分からない人生が、音も無く積み重なっていったわ。


 もちろん、最初はずっと考えていたわよ? なんの為に生まれたのか、なんの役目を背負って生きているのかってね。

 でも結局、行き着く答えは全て、純血を守る為。純血を引き継いで産まれては、次なる純血を産んで死んでいく。ただそれだけ。

 次に産まれる子が可哀想だったわ。産まれた瞬間に、死んだも当然な生涯を強いられるのよ? 今思い返してもゾッとするわ。


 えっ? 雪女でもゾッとするわよ。全身にちゃんと血が通っているからね。顔から血の気が引いていく感覚だって分かるわ。

 どんな時? え〜っと、主に鼻血を出し過ぎた時かしら。なんで鼻血を出し過ぎるのかって? ……聞きたい? 興味ある? なら教えてあげるわっ!


 ほら、この写真を見てちょうだいっ! オレンジ色をしたポニーテールの子が映ってるでしょ!? 信じられないぐらいに可愛いわよね!?

 この子、『秋風 花梨』ちゃんっていう名前なんだけど、例えるなら、そうっ! 天使! 現世うつしよに舞い降りた天使そのものなのっ!

 そうだわっ! 私ね、『花梨大好きっ子クラブ』の会長をしているんだけども、あなたも入ら……、はっ!?


 ご、ごめんなさい。つい興奮しちゃったわ。あら、鼻血が……。ちょっと待ってて、凍らせちゃうから。で、何を話していたんだっけ? ああ、そうだったわね。それじゃあ、話を進めちゃいましょう。


 ただ、死を待つだけの日々を送っていた私に、唐突に転機が訪れたの。あれは確か、大切な来訪者を村へ招く為に、初めて吹雪を止めた日の事。

 来訪者は、私のおばあちゃんがお世話になっていた妖怪の総大将である、ぬらりひょん様だった。

 そのぬらりひょん様が、おばあちゃんに一つの話を持ち掛けてきたの。今建てている最中の温泉街に、店を構えてみないか? と。


 けれどもおばあちゃんは、その話を断っちゃったのよ。もうかなりいい歳だったし、体が思うように動かないとか、年相応の理由を重ねてね。

 それで、代わりに娘である私が抜擢されたのよ。話を聞いた時、最初は驚愕して信じられなかった。

 当時の私は、死ぬまでこの村に閉じ込められているんだとばかり思っていたからね。こんなにあっさり村から出られるなんて、夢にも思っていなかったし、とうの昔に諦めていたから。


 その後に、初対面のぬらりひょん様と色々話してみたんだけども。あの時の私は、色々と閉鎖的で人見知りだったし、感情もほぼ死んでいたし、ね?

 会話がまったく続かなかったのよ。主な原因は、私が積極的に話を切っていたせいなんだけども。

 でも、ぬらりひょん様は、そんな私に呆れる事無く、とにかくずっと話を続けてくれたわ。そして、だんだんと外の世界に興味を持っていった。


 澄み渡る空の青さや、様々な雲の形。四季毎に異なる色や、様変わりしていく景色。まあ、ここはずっと秋だから、色や景色は固定されているけども。


 そうそう! まだほとんど更地だったけども、初めてここへ来た時は、ものすごく感動したのよ!

 鮮烈な紅葉に彩られた、広大な山々。天高き青空を漂う、儚くも清涼感のある巻雲けんうん。赤と黄の落ち葉が積み重なって出来た、秋の絨毯。

 チラチラと眩い木漏れ日が降り注ぐ森。木々から垂れ下がっている、個性的な形をした実。十人十色の姿をした動物達。


 目に入る情報全てが新鮮で、感動するほど鮮やかで、一日中見ていても飽きなかったわ。

 でもね、流石に良い事ばかりじゃなかったわ。ほら、私って雪女でしょ? 秋の季節の気温でも、とにかく暑かったのよ。私が修行を怠っていたせいも、あるんだけどもね。

 だからぬらりひょん様や、日に日に増えていく人達と会話をしていても、ずっと気だるげに喋っていたの。


 今? 今は大丈夫よ。ちょっと色々あって、力の使い方がだいぶ分かってきたからね。どんな事があったかって? ……ごめんなさい、それは言えないわ。


 えっと、話を戻すわね。でも、印象が悪そうに喋っていても、誰一人として嫌な顔をせず、私の話を聞いてくれていたわ。

 特に話を熱心に聞いてくれていたのは、この温泉街の原案者。名前は言えないけど、とある夫婦とだけ言っておくわね。

 そして、ずっと村にひきこもっていた世間知らずな私に、ぬらりひょん様同様、様々な事を教えてもらった。


 その中には料理の種類や、作り方もあった。このお店の看板メニューに、バニラアイスとかき氷があるでしょ?

 それね、夫婦の女性に作り方を教えてもらった物なのよ。初めて作った時は、形がガタガタで不格好だったけどもね。

 それでも夫婦の女性やみんなは、私が初めて作ったバニラアイスやかき氷を口にして、美味しいって唸ってくれていたわ。


 あの時は、本当に嬉しかった。私も釣られて笑顔になっちゃう程に。


 その時だったかしら。私のやりたい事が明確に決まったのは。前々から料理の作り方を教えてもらっていたから、それに関係するお店をやってみたいと思っていたんだけれども。

 とにかく私は、和菓子やスイーツを沢山作り、みんなを笑顔にしてあげたいって、そう強く思ったの。だからひたすらに猛勉強をして、極寒甘味処を始めたってワケ。これがこのお店のルーツよ。


 あと、店員達に注目してみて。このお店に居る店員達は、全員『雪化粧村』出身の純血の雪女なの。これには理由があってね。ほら、私だけ村の外に出るのは気が引けたから、ね?

 ぬらりひょん様にお願いをして、店員を集めると称し、あえて村に募集をかけてみちゃったのよ。うふふっ。


 でね、やっぱり、他のみんなも村から出たかったみたいで。若い雪女達が、こぞって手を挙げちゃってね。だから、全員呼んじゃったの。

 すごいでしょ? 今や店員の数は、総勢百人以上。『雪化粧村』に住んでいる雪女のほとんどが、このお店の店員をやっているわ。

 けれども、純血を守る為に制約が設けられちゃったのよ。それは、純血の雪男以外の妖怪と駆け落ちを禁ずる。たったこれだけ。意外に甘いと思うでしょ?


 でもね、破った瞬間に村へ強制送還されちゃうのよ。しかも、一生外出禁止というオマケ付き。

 だから、制約を破る人は誰もいないわ。私? 私もちゃんと守っているわよ。また過去の私に戻るなんて、絶対に嫌だからね。

 ああでも、さっき話した花梨ちゃんは別よ? 花梨ちゃんが駆け落ちをしようって提案してきたら、即答で「喜んでっ!」て言うわっ!


 ……待って。花梨ちゃんと私が、同棲……? 何それ? 一種の極楽浄土? たたみ一畳の部屋でも理想郷になっちゃうじゃないのっ!!

 花梨ちゃんと同棲……、してみたいわあ〜。……あっ、何回かした事があったわね。いや、法に触れてはいないわよ?

 ちょっとこれも、色々と訳ありでね。人間に化けて、親の代わりをした事があるの。回数は確か、二、三回程度だったかしら?


 んっ? なんでこの子を、そこまで溺愛しているのかって? そりゃあもう、我が子当然の子だからね。さっき、夫婦の女性の話をしたでしょ? その人からもかなりお世話になっていたし、大好きだったのよ。

 それで、その夫婦の女性が建設途中の温泉街で、産気づいちゃってね。あの時は、私を含めたみんなが騒然としていたわ。


 その夫婦の女性は苦しそうな顔をしていて、脂汗を大量に流していたの。これから現世うつしよの病院に行こうとも、絶対に間に合わない。そんな状態だった。

 それで狼狽えていた私は、『ぶんぶく茶処』のお店を営んでいる釜巳かまみちゃんと、助産婦をする事になったの。

 体の体温を生命維持できるギリギリまで上げて、両手に清潔なタオルを何枚も重ねて、全身をガクガク震わせながら、赤ちゃんが出てくるのを待った。


 待ってから五分ぐらいだったかしら。赤ちゃんはすぐに出てきたのよ。そして、私がその赤ちゃんを大事に受け取ったの。

 タオルから伝ってくる、心に染みていくような温かさ。雪女にとって熱は大敵だけども、その子の体温はまったく不快感が無くて、むしろ心地よい温かさだった。

 玉のようにコロコロとした、愛嬌のある顔。思わず抱きしめてあげたくなるような、透き通った泣き声。とても柔らかくて丸っこい、ぷにぷにとした指。


 全部が全部、愛らしかったなぁ。雪化粧村でも、何回か出産の立ち会いをした事があったけども、あの時とは比べ物にならないほど感動したっけ。

 そう。無意識の内に、私がボロボロ泣いちゃうほどに。あの時は、本当に嬉しかったんだろうな。ずっと泣き続けていたわ。


 で、その時受け取った赤ちゃんが、花梨ちゃんなのよ。


 だから、私が花梨ちゃんを溺愛しているのは、行き過ぎた親心のせいなのかもね。こういうのは確か、親バカっていうのかしら?

 えっ? 度を超えている? ふふっ、確かに。何回も度を超えちゃっているし、その都度謝っていたわ。

 そして、明日も謝る事になるでしょうね。なんたって明日は、その花梨ちゃんと共に行動する事になるから。


 さてと、これで私の過去話は終わりよ。ごめんなさいね、何回も醜態を晒しちゃって。

 見てて楽しかったから大丈夫? あら、あなたって優しいのね。嬉しいわ、ありがとう。それじゃあ、何か奢ってあげちゃおうかしら。

 ええ、いいわよ。好きな物をどうぞ。……バニラアイスね。分かったわ、少々お待ちを。

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