17話-1、そして、人間になった少女
過去のトラウマと決別ができたゴーニャは、この世で、唯一の救世主である花梨と仲良く手を繋ぎ、“自分達の部屋”がある
「花梨っ。私が大泣きしてた事は、ぬらりひょん様にはナイショにしておいてちょうだいよ!」
「あ~、私も一緒になって泣いちゃってたからなぁ。お互いに、ナイショにしておこうね」
「そうね、二人だけの秘密よ」
口元に、人差し指を立てて約束した花梨は、ゴーニャと普通に会話が出来る喜びを噛み締めつつ、永秋の中に入り、ぬらりひょんがいる四階の支配人室に向かっていく。
支配人室に入ると、二人の帰りを待ちわびていたかのように、ぬらりひょんがニタニタとしながら待ち構えており、二人の顔を見るや否や、そのニタニタ顔が増していった。
「帰ってきたなぁ泣き虫共よ。よくもまあ、
「ギニャーーーッ!! なんで知ってんのよ!?」
「み、見てましたね? ぬらりひょん様……」
予想通りの反応と言わんばかりに、ぬらりひょんのニタニタ顔が更に増していくと、キセルの白い煙を辺りに撒き散らし、ふっといつもの表情へと戻った。
「ああ、全部見ておったぞ。見てたこっちが恥ずかしくなってきたわ。まあ、それは置いといてだ。ゴーニャよ」
「な、なによ……?」
「改めて言わせてもらおう。ようこそ、
歓迎の言葉を述べたぬらりひょんが、温かくニコリと笑うと、その夢とも思わなかった言葉を耳にしたゴーニャは、驚愕し目をパチクリとさせた。
「えっ? 二人目の、人間? 私がっ……?」
「そうだとも。一人目の人間は『秋風 花梨』。二人目の人間は『ゴーニャ』、お前さんだ」
「わ、私を……、人間として、見てくれるの……?」
花梨の口からも聞いた、人間という言葉に再び心を熱く打たれ、ゴーニャの目にまた涙が滲んでいく。
その表情を伺っていたぬらりひょんは、鼻で笑ってから口をポカンと開け、とぼけた顔になる。
「あ~? 何を言っておるんだ。花梨がお前さんの事を、人間だって言っておるんだから人間なんだろ? それ以外に何があるというんだ?」
ぬらりひょんのとぼけている言葉に、救われたゴーニャの心はもっと大きく救われ、右目から大粒の涙が頬を伝う。
その後を追うように左目からも涙が出始めるも、ゴーニャは涙を拭わず、人間という言葉を全身で噛み締め、顔を少しずつ歪めていった。
「う、嬉しいっ……。ありがとう、ぬらりひょん様ぁ……」
「ふっ。ゴーニャも花梨同様、永秋にある施設は自由に使うがいい。朝と夜だけだが、美味い飯も用意してやろう。ゆっくりと、心と体の疲れを癒すがよい」
ぬらりひょんがキセルの煙をふかすと、花梨に目を向けて静かにウィンクを飛ばす。その優しさに溢れたウィンクを受け取ると、花梨もウィンクを返し、ニコッと微笑んだ。
そして花梨は、暗くて冷たい悲涙ではなく、明るくて温かな感涙を流しているゴーニャの前にしゃがみ込み、小さな頭に手を置き、そっと撫で始める。
「よかったね、ゴーニャ」
「……ヒック。うん、うんっ! 嬉しい……、本当に、嬉しいっ……!」
ゴーニャの感涙に触発された花梨は、再び目頭が熱くなっていくも、今回は目の前にぬらりひょんがいるせいか、グッと堪えて涙を押し込めた。
その光景を静かに眺めていたぬらりひょんが、「うんうん」と、呟きながら話を続ける。
「雰囲気をぶち壊すようで申し訳ないが、花梨よ。明日は、
「出た、剛力酒! よくもまあ出番がありますねぇ……」
「うむ、先に居酒屋浴び呑みに行かせといて正解だったな。この先も使う機会があるだろうし、常に持ってろ。以上だ。これから、ゴーニャの事をよろしく頼むぞ」
「了解です! よしゴーニャ、露天風呂に行こう!」
「……うんっ!」
泣き止みつつあるも、まだ目に涙を浮かべているゴーニャが返事をすると、支配人室から去ろうとしている花梨の後を追っていく。
開いている扉の前まで来ると、一度ぬらりひょんの方へと目を向け、満面の笑みで「本当にありがとう、ぬらりひょん様っ!」と、感謝の言葉を口にして支配人室を後にした。
そこから花梨は、かつてここに初めて訪れてクロに説明されたように、三階にある客の宿泊所。二階にある娯楽施設。一階にある食事処やマッサージ処。
少し進んでから温泉やサウナ。岩盤浴などがある事をゴーニャに説明しつつ、露天風呂を目指して足を進めていく。
今回は、花梨も初めて入る『濁りの湯』をチョイスし、脱衣場で仲良く服を脱いでから体にタオルを巻き、風呂場へと向かっていった。
体を洗う場所に腰を下ろし、シャワーで満遍なく全身を濡らした後、花梨がゴーニャに目を向けてから口を開く。
「それじゃあゴーニャ、復習の時間だよ。体を洗う順番と、使う液体洗剤の名前は覚えてるかな?」
「えっと……、まずは頭よね! シャンプー……、コンデソ、こんでぃしょうなぁの順番で洗う! 次に、ボディソープで体を全部洗う! どうかしら?」
「うん、完璧だ。よく覚えてたね、自分で洗える?」
「できるわっ、やってやろうじゃないの!」
「ふふっ、いい心意気だ。右の青い蛇口が水、左の赤い蛇口だとお湯がシャワーから出るから、気をつけね」
復習を終えた二人は、同時にシャンプーを手に取り、髪の毛のワシワシと洗い始める。
途中、花梨は横目でゴーニャの姿を見てみると、目をこれ以上ないくらいにギュッと
安心しながらシャワーで泡を流していると、突然横から「ヒャッ!?」と、甲高いゴーニャの叫び声が耳に入り、慌てた花梨が、すぐにシャワーを止めて隣に目をやった。
「ど、どうしたのゴーニャ!?」
「シャワーから水が……、とても冷たかったわっ……」
「な、なんだ……、ビックリした~。もう、だから気をつけてって言ったのにー」
「だって……。目を閉じてたから、どっちがどっちだか、わからなかったんだもん」
「あ~、それねぇ。私もたまにやらかすけど、感覚で覚えていくしかないなぁ」
冷水を浴びたゴーニャは、両手でシャワーヘッドを掲げながら睨みつけ「頭を洗うのって、難しいのね」と、口にすると、花梨がすかさず「いや~、そうでもないと思うけどなぁ」と、苦笑いしながら言葉を返す。
その後、二人はコンディショナーで髪の毛を整え、念入りに洗い流すと、今度は体を洗い始める。背中だけはお互いに洗いっこし、体全体もゴシゴシとよく洗い、シャワーで流してから風呂場に向かった。
濁り湯は、赤色、黄色、青色、白と四色の風呂があり、それぞれ違う効用で、異なった匂いを漂わせている。
床にライトが仕込まれているのか、雲一つない青空のように明るく、気分が弾む爽やかな匂いに惹かれ、青色の濁り湯に入る事を決めた。
空へと落ちていくような感覚に
お湯の温度は少々高く、数分もしない内に
「ぬあぁ~、気分が弾むようなサイダーの匂いがするぅ~。この青空は、夏空模様みたいだ。気持ちいい~……。ゴーニャはどう? 気持ちいい?」
「ふぇぁあぁぁ~……」
表情を緩ませている花梨が、ゴーニャに露天風呂の感想を聞くも、いくら待っても返答が無い。不思議に思ってゴーニャに目を向けると、花梨よりも更に表情を緩ませており、意識は完全に
「あっはははは。顔に全部出てるから、聞かなくても分かっちゃうや」
花梨は半笑いをしてからニコっと微笑み、夜空を見上げる。その夜空には、いつもの天然のプラネタリウムが上演を始めている。
夏空模様に、体を沈めながら見る天然のプラネタリウムは、朝と夜を一気に味わっているような矛盾を感じるも、斬新で不思議な気分に包まれていた。
様々な個性のある星々の
「花梨っ、何あれ!? 空でなんかいっぱい動いているわっ!」
「あれは、流れ星って言うんだよ。流れ星が見えている間に、自分の願い事を三回素早く唱えると、その願い事が叶うんだってさ」
「ほんとっ!? ……見えた! 花梨とずっと一緒にいられますように! 花梨とずっと一緒にいられますように! 花梨とずっと一緒にいられますようにっ! ……どうかしらっ!?」
「ゴーニャ、早口が上手いねぇ。でも、もうその願い事は、すでに叶ってるよ」
「そうなの!? やったぁっ!」
嬉しさのあまりか、ゴーニャが微笑みながらバンザイをすると、花梨が「あっ」と、声を上げて話を続ける。
「そうだ、改めてお互いに自己紹介をしようよ。昨日は、うやむやで終わっちゃったからね」
「ええ、いいわよ!」
「それじゃあ、私から。私の名前は『秋風 花梨』。君の名前は、なんていうの?」
「私の名前は『ゴーニャ』よ! よろしくね、花梨っ」
「うんっ! よろしくね、ゴーニャ」
自己紹介を無事に終えた二人の人間は、夏空と、無数の流れ星の祝福を全身に浴び、幸せそうな表情をしながら露天風呂に浸かり、心と体の疲れをゆっくりと癒していった。
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