17話-2、祝福の夜飯

 改めて自己紹介を終えた二人は、ぼーっと体を寄り添いつつ、夏空を漂いながら星降る夜空を眺めていた。


 時の流れすら忘れていると、顔を赤らめているゴーニャが「花梨っ、熱くなってきちゃった……」と、弱々しく腕にしがみついてきた。

 その言葉で時の流れを思い出し、少々焦りを募らせた花梨がゴーニャを抱え上げ、露天風呂から上がる。


 サイダーの爽やかな匂いが移っている体を拭き、服を着ると、頭から温かな湯気を昇らせながら部屋へと戻っていく。


 扉を開けて中に入ると、丸くて大きな見覚えのある黒い桶と、一枚のメモ書きがテーブルに置いてあり、その黒い桶を見た花梨が、わなわなとしながらテーブルに歩み寄っていった。


「いやっ、まさか……。嘘でしょ……?」


「花梨っ? どうしたの?」


 ゴーニャが首をかしげて問いかけるも、花梨は黒い桶に釘付けになっているのか、振り返ることなく、よたよたと歩みを進める。

 そして、震える手で桶の蓋を開けた花梨は、その場で渾身のガッツポーズをし、飛び跳ねながら雄たけびを上げた。


「ぃやったあああーーーっ!! お寿司だああーーーっ!!」


「……おすし?」


 お寿司という単語にピンと来ていないゴーニャに、花梨は残像が見えるほど素早く手招きをし、目をギンギンに輝かせながら話を続ける。


「ゴーニャゴーニャっ、早く食べよ! これ、すっごく美味しい奴だからっ!」


「ほんとっ!?」


 美味しい物と聞き、ゴーニャも慌ててテーブルに駆け寄り、ワクワクしながら桶の中を覗いて見ると、個々が小さいながらも、彩り鮮やかな物が沢山入っていた。

 長方形の黄色い物。赤く透き通っている丸い粒が、いっぱい乗っている物。オレンジ色で、斜めに白い線が入っている物などが並べられている。


 ゴーニャは全てが初めて見る物なので、美味しい物と言われてもまったくもって想像がつかず、目をパチクリとさせてから指を差し始める。


「この黄色いのは?」


「それは玉子だね、甘くて美味しいよ~」


「この、赤くて丸いのは?」


「それはイクラ、プチプチっとした食感がたまらないんだ」


「この……、オレンジと白いのは?」


「サーモンだね。それね~、特に美味しいんだぁ~。旨味がとっても濃くて、火で炙って塩をかけて食べると……、そりゃもうっ!」


 説明の途中で花梨は、炙ったサーモンやマグロ、えんがわを頭の中で想像すると、ヨダレを垂らしながらニヤけつつ、想像と妄想の世界へと旅立っていく。

 桶の中には火で炙ったネタは無く、ゴーニャは指をくわえて残念そうに、花梨が言った美味しい物を頭の中でえがき始めた。


 そして、元の世界に帰還した花梨は、二枚の小皿に醤油を垂らして箸を取ると、寿司に乗っているネタを捲って説明を始める。


「この緑色の物はワサビって言って、いっぱい食べると鼻にツーン! って来る食べ物だから、気をつけて食べてね」


「ツーンって来ると、どうなるのかしら?」


「う~ん……。鼻の奥が痛くなって、自然と涙が出てきちゃう、かな?」


「……痛くて泣くのはイヤだわっ」


 そう言われた花梨は、他のネタを捲ってワサビの有無を確認し始めると、桶の横に置いてあったメモ書きが目に入る。

 そのメモ書きを手に取って読んでみると、『四つ同じネタがある内、左側二つはワサビがあり、右側二つにはワサビが無いぞ。仲良く食えよ~。クロより』と、書かれていた。


 クロからのメモ書きを読み終えると、その内容をゴーニャにも丁寧に分かりやすく説明し、宴とも言える夜飯が始まった。

 再び手に箸を持った花梨は、光沢が眩しいえんがわを素早く取ると、まじまじと眺めてからにんまりと笑みを浮かべる。


「えんがわ大好きなんだよねぇ~。……んん~っ! コリッコリとした食感、噛めば噛むほど旨味を含んだ脂が染み出してくるぅ~……。んまいっ!」


「じゃあ、私は玉子っていう奴を……」


 昨日よりも上手く、箸を使いこなせるようになったゴーニャは、花梨の真似をして玉子の先にチョンと醤油を付け、小さな口で玉子の部分だけを齧り、ゆっくりと咀嚼そしゃくを始める。

 噛み締めるたびに、極寒甘味処ごっかんかんみどころで食べた甘味とはまた別の甘さが、口の中にじんわりと広がっていく。少しだけ付けた醤油の風味が、玉子の甘さを存分に引き立たせ、より一層その甘さが際立っていった。


 惜しみながら飲み込むと、緩んでいた表情が一気にパアッと明るくなり「ほあぁ~……」と、目を輝かせつつ声を漏らした。


「あっまぁ~い! 花梨っ、この玉子っていうのすっごく甘くておいしいわっ!」


「おっ、早速いったね。気に入った?」


「うんっ!」


「そっか、じゃあ玉子は全部ゴーニャにあげるね。ほかにも美味しい物が沢山あるから、どんどん食べな」


 その花梨の言葉に対し、ゴーニャの明るい笑顔がキョトン顔へと変わり、目をパチクリとさせる。


「えっ? 花梨は玉子食べないの?」


「うん。このお寿司は、ゴーニャの為のお寿司なんだよ。好きな物や、いっぱい食べたい物が出てきたら、気にしないでどんどん言ってね」


「いいの!? ありがと花梨っ!」


「ふふっ。さぁ~て、次は甘エビでもいただきますかな~」


 そう言った花梨は、ワサビ入りの寿司を中心に食べる事に決めた。再び玉子を口に入れたゴーニャは、名前の由来になった猫を彷彿とさせる笑顔になり、嬉しそうに玉子を食べ進めていく。

 ゴーニャの満面の笑顔のスパイスで、各段に美味しくなったワサビ入りの寿司を口にしては、花梨も負けじと左頬に手を添え、ふわっと微笑みながら寿司を堪能した。


 溢れんばかりに乗っているウニ。口に入れると、スッと溶けていくほど柔らかい中トロや大トロ。濃い甘ダレがアクセントの、長くてふっくらとしている一本穴子。

 ほかにも、赤貝、イカ、タコ、アジ、かずのこ、ビントロ。どれも身が厚くて食べ応えが充分にあり、二人の箸を止まることを知らず、またたく間に寿司の数が減っていった。


 残り四分の一程度にまで減った辺りで、マグロの赤身を口に入れたゴーニャが、「んっ? ……んん~っ!?」と、口を閉じながら悲鳴を上げ、鼻と口を手で押さえて目に涙を溜める。

 その、顔が真っ赤になっているゴーニャを見て、全てを察した花梨が口を開いた。


「あ~、ワサビ入りのお寿司を食べちゃったかぁ」


「鼻がぁ……、鼻がぁっ……! こ、これが……、ツーンって、奴ね……」 


「そう。そのほろ苦い経験が、ゴーニャをだんだん大人にしていくんだぜ」


「えっ? どうしたの急に……?」


「なんでもない、忘れて……」


 ここぞとばかりにカッコつけて言い放つも、若干戸惑っているゴーニャの心には届かず、花梨はゴーニャよりも顔を真っ赤にさせつつ、恥ずかしい言葉を放った口に黙々と寿司を流し込む。

 それから辛い経験をしたゴーニャは、逐一寿司のネタを捲ってワサビが無い事を確認すると、安心しながら口の中へと運んでいった。


 少しだけ余っていたガリを仲良く食べ終えると、宴とも言える至福の夜飯が終わりを迎える。

 とろけた表情の二人は、天井に向かって同時に「はぁ~っ……」と、幸せがふんだんにこもっているため息を放つ。


 寿司の余韻を余すことなく味わった後、二人は桶と食器類を一階の食事処に返却し、自分達の部屋へと戻ると、ゴーニャにとっては因縁とも言える歯磨きの時間がやってきた。


 既に、二人分の歯ブラシを用意していた花梨が、ニヤニヤとしながら、有無を言わさずゴーニャに歯ブラシを手渡す。

 口をギュッと閉じ、苦渋を飲むような表情をしながら受け取ったゴーニャは、泣く泣く歯磨きを始めるも、今回はまったくえずく事なく、気持ちよく歯を磨き終えることができた。


 不思議に思ったゴーニャは、キョトンとしながら持っている歯ブラシを見つめ、小さく首を傾げた。


「今回は、おえってならないで歯磨きができた……。なんでかしら?」


「そりゃあ、ゴーニャが人間だからだよ。当たり前でしょ?」


「私が、人間……。そ、そうね、そうよねっ! ……ふふっ」


 普通に歯を磨けたお陰か、花梨に人間と言われたからなのか。はたまた両方を含めてなのか。ゴーニャは自分の火照っている胸に手を添え、「ありがと、花梨っ」と小さな声で呟き、静かに微笑む。

 未だに寿司の余韻を感じつつ、温かな言葉で嬉しくなったゴーニャは、先にベッドに座りながら鼻歌を歌い始める。パジャマに着替えた花梨は、耳が癒されるような鼻歌を聴きながら、日記を書き始めた。









 まずは、昨日の出来事から―――。


 昨日は、とある一本の電話に起こされた。これが、全ての始まりである。


 最初は、ぬえさんかな? って、考えながら携帯電話の画面を見てみると、非通知と表示されていたんだ。

 業者かなんだろうと思って、睡魔に襲われつつ電話に出たら、鵺さんではなく、何かに喜んでいる少女の声だった。


 でも、すぐに黙り込んで少ししたら、少女はこう言ったんだ。「私、メリーさん。いま、人気ひとけの無い山奥にいるの」ってね。

 そして、電話はすぐに切れた。寝ぼけていた私は、イタズラかなんかだろうで終わらせようとしたら、また電話がかかってきた。


 その電話も彼女からで、また何かを言って電話が切れて、また電話がかかってきてを繰り返し、どんどん近づいてきたんだ。

 とうとう私のアパートの前まで来ちゃったけど、私は永秋えいしゅうに居たから、彼女と出会う事はなかった。


 そうしたら、電話越しに彼女の泣き声が聞こえてきてね。事を説明したら「そっちに行っても、いい?」って寂しそうに言ってきたから、つい教えちゃった。そして、彼女を永秋まで電話でエスコートして、無事に出会うことができた。


 でも、彼女は疲れていたのか、すぐに私のベッドで寝ちゃったんだ。とても安心し切ってた寝顔だったなぁ。そしてね、色々成り行きがあって、彼女がこの部屋に住むことになったんだ。

 お互いに自己紹介をしようとしたけど、彼女にはまだ名前が無くてね。どうやって呼ぼうか悩んでいたら、彼女は私に向かって「花梨っ! あんたが私の名前を付けてちょうだい!」と、言ってきてんだ。


 まさかっ! って思ってビックリしたや。そして、彼女と一緒に寝ることになったけど、グイグイ私に近寄ってきてね。

 最終的には、私の体をガッチリと抱きしめて、幸せそうな顔をしながら寝ちゃったんだ。なんだかとても、不思議な一日だった。





 そして、今日の出来事―――。


 今日は、彼女の名前が決まったんだ! 名前は『ゴーニャ』。極寒甘味処で彼女がバニラアイスを食べたら、猫みたいにカワイイ笑顔になってたんだ。ごろにゃ~んって感じでね。

 で、そのごろにゃ~んの文字から取って『ゴーニャ』。彼女も気に入ってくれたみたいで、本当によかった!


 でも、それで気が緩んでしまった私は、うっかり口を滑らせてあんな事に……。ここからは正直、書きたくない。でも、決して忘れてはいけない事だ。自分の胸に深く、深く刻んでおこう。


 そして、せめてこれだけは書いておく。『人間にも妖怪にも、なれなかった少女』この言葉の意味と、ゴーニャの過去の事を絶対に忘れるな。

 万が一忘れて、この文章を見返した時、自分で自分の頬を思いっきり引っ叩きなさい。分かったね? 未来の私よ。 


 その後、永秋に帰ったら、ぬらりひょん様も粋なことをしてくれてね。ゴーニャを『人間』として、ここ永秋に迎え入れてくれたんだ! そう、ゴーニャは人間だ。もうあんな辛くて寂しい思いはさせない、させたくない。

 これからは、ゴーニャと一緒に明るくて楽しい思い出を、沢山作っていきたいなぁ。明日から楽しみだ!








「……このページは、絶対に他の人には見せられないな」


「ちょっと! どっから入って来てんのよ!」


「んっ?」


 誰にも見せられない日記を書き終えると同時に、いきなりゴーニャが騒ぎ始める。何事かと思った花梨がゴーニャに目を向けると、開いている窓に立ち、ゴーニャをじっと睨みつけているまといの姿も目に入った。

 ゴーニャを見下ろしていた纏が、視線を逸らして花梨に向けると、普段通りの口調で喋り始める。


「花梨、泊まりに来た」


「こんばんは、纏姉さん。それじゃあ、寝ますか」


 花梨が立ち上がると、ゴーニャは更に声を張り上げ、纏に指を差しながら話を続ける。


「いいっ!? 私が花梨をギュッてして寝るんだからね!」


「私が花梨をギュッとして寝る」


「まあまあ……。私が仰向けで寝て、体の右側と左側にくれば、二人共ギュッとして寝てるでしょ?」


 二人をなだめるように言った花梨が、ベッドの真ん中で仰向けになると、窓に立っていた纏が花梨の右側に。出遅れてきたゴーニャが左側に横たわり、二人同時に花梨の体をガッチリと掴んだ。

 両側から温もりを感じる中、花梨が天井に向かって苦笑いを飛ばす。


「あっはははは……、動けなーい……。でも、これで大丈夫でしょ?」


 花梨がそう言うも、左側にいるゴーニャが不満そうに口を開く。


「私、右側がいいわっ」


「右側は私の指定席」


「な、なに? そのこだわりは……。私の右側って、いったい……」


 しばらくの間ゴーニャが不満を言い続け、纏がそれを軽く流していく。その一方的な会話を聞いていた花梨は、静かにほくそ笑み、賑やかな夜を過ごしていった。

 そして、五分後には静まり返り、三人分の寝息が部屋内に広がっていく。一つベッドの上で『川』の文字ではなく、『小』文字で寝ている三人の表情は、とても穏やかだった








〜花梨大好きっ子クラブ~ (本人未許可)

現在メンバー十三名


会長:雹華(雪女)

副会長:?????


ぬらりひょん(妖怪の総大将)

クロ(女天狗)

首雷(ろくろ首)

八吉(八咫烏)

纏(座敷童子)

酒天(茨木童子)

辻風(カマイタチ)

流蔵(河童)

朧木(木霊)

雅(妖狐)

ゴーニャ(人間) New

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