27話-1、初めてのお留守番

 久々に友達であるみやびと会えて気分が高まった花梨は、葉っぱの髪飾りを付けて妖狐に変化へんげし、肩を組み合ってデュエット曲を熱唱し。

 酒天しゅてんの時は、剛力酒ごうりきしゅを飲んで茨木童子になり、共にコブシを効かせた演歌を歌った。まといの時は座敷童子になり、昔懐かしいヒットソングを微笑み合いながら歌い明かしていく。

 次々に妖怪に変化していく花梨を、羨ましそうな目で見ていた雹華ひょうかは、花梨と共に冬に関する歌を歌い終わった後「……花梨ちゃん、楽しみに待っててね……」と、意味深な発言を残して席に座った。


 その発言の意図にある程度の察しがついた花梨は、もし極寒甘味処ごっかんかんみどころで仕事の手伝いの依頼が来たら、私、雪女にされるんだろうなぁ……。と、口をヒクつかせつつ、来たる確定した未来を想像した。

 その間にカラオケや歌を知らなかったゴーニャは、メニュー表にある料理や飲み物を堪能し、花梨達が歌い終わると手を前ならえして、ぎこちない拍手を送る。

 そして四時間後。温泉街で店を営んでいる妖怪達とカラオケを堪能した二人は全員と別れ、少々声を枯らしながらカラオケの感想を言い合い、支配人室へと向かっていった。


「はぁ~っ、カラオケ楽しかった~! みんな歌うのが上手だったなぁ〜」


「花梨の歌声、とっても綺麗だったわっ! 今度私にも歌を教えてちょうだいねっ」


「ふふっ、ありがとう。確か、カバンの中にMDプレーヤーが入っているハズだから、暇な時にでもゴーニャに音楽を聴かせてあげるよ」


「やったっ!」


 二人は約束を交わしつつ支配人室の前まで来ると、扉を二度ノックしてから中へと入り、白いキセルの煙に包まれいる部屋の中。

 更にキセルの煙をふかしているぬらりひょんに、今日あった出来事を嬉々としながら報告をした。


「なかなか良い休日を送れたようだな。楽しめたようで何よりだ」


「ええ、すごく楽しかったです! いいですねぇ、永秋えいしゅう。何日間居ても絶対に飽きないですよ」


「そうだろう? 花梨がそう言ってくれると、ワシも嬉しいわい」


 永秋について褒められた事にぬらりひょんは、はにかんで少し照れが混じった本音を言うも、今度は声を曇らせながら話を続ける。


「でだ、明日はまた仕事だが……。ゴーニャには申し訳ないが、留守番をしてもらう」


「えっ? ゴーニャはお留守番なんですか?」


 ぬらりひょんが言い放った条件に、花梨は少々声を張って即座に反応し、留守番について理解が無かったゴーニャが、花梨のジーパンを引っ張り首をかしげる。


「ねぇ花梨っ、おるすばん? って、なんなのかしら?」


「ん~……。私だけが仕事に行って、ゴーニャは私が帰ってくるまでの間、ここで待っててもらうって、ことかな……」


 花梨の濁った説明を聞き、ゴーニャは一度キョトンとして目をパチクリとさせるも、説明の意味を理解した瞬間に目と口を一気に見開き、花梨を逃がさないよう足にギュッと抱きつく。


「イヤッ!! 花梨とはなばなれになっちゃうなんて、絶対にイヤよ私っ!!」


「私もゴーニャと離れるなんてイヤだなぁ……。ぬらりひょん様、何か理由ワケがあるんですか?」


 理由を聞かれたぬらりひょんは、予想通りの反応だなと言わんばかりの表情になり、書斎机に置かれていた湯飲みを手に取り、煙でイガついた喉を潤す。


「明日は『魚市場難破船うおいちばなんぱせん』におつかいを行ってもらうんだが、そこにいる奴らはちょっと癖の強い奴らでな」


「癖、ですか」


「ああ。詳しくは明日説明するが、たぶん奴らと一緒になって漁をする事になるだろう。そうしたら、ゴーニャが居たら海に転落する可能性がある。いや、大いにある。……ゴーニャを危険な目に遭わせたくはないだろう?」


「それは、そうですけど……」


 言葉を濁らせた花梨がゴーニャに横目を向けると、今にも泣き出しそうで、涙ぐんでいる瞳で花梨と一緒にいたいと必死になり訴えかけている。

 口をつぐんだ花梨はぬらりひょんに目線を戻すも、ぬらりひょんは静かに首を横に振り、状況は変わらないと悟った花梨はひたいにシワを寄せた。

 そして、どうしよう……。半日程度だろうけど、ゴーニャと離れるのは私も本当に嫌だなぁ。仕事を断っちゃいたいけど、そういうワケにもいかないし……。一回だけぬらりひょん様に交渉してみよう。と、諦め切れず口を開く。


「あの、ぬらりひょん様……」


「ダメだ、気持ちは分かるがゴーニャの為だ。分かってくれ」


「うっ……」


「大丈夫だ、ゴーニャは決して一人にはさせん。明日は、座敷童子堂で過ごしてもらう。纏には既に交渉してあるから、後で迎えに来るだろう」


「……そう、ですか」


 花梨はもう一度寂しげな横目をゴーニャに送ると、涙を流して床を点々と湿らせており、弱々しくジーパンを握りしめていた。

 まだ心を鬼にし切れていなく、迷いで右往左往している中。静かにしゃがみ込んでゴーニャの頭を優しく撫で、ぎこちない笑みを作る。


「ゴーニャ、聞いて」


「……ヒック……、イヤッ……」


「私もゴーニャと離れるのは嫌なんだ。でも、ゴーニャの身に何かあるのはもっと嫌だ。万が一、怪我とかでもしたら、耐えられないかもしれない……」


「……グスッ」


 ゴーニャは黙ったままこうべを垂れ、溢れんばかりの涙を袖でぬぐった。花梨はポケットから携帯電話を取り出し、不安を振り払うように話を続ける。


「でも大丈夫、私達には携帯電話がある。どんなに離れていても繋がっているんだ。ゴーニャが電話をしてくれたら、私は必ず電話に出るから……、ねっ?」


「離れてても、繋がってる……?」


「そう。携帯電話がある限り、私達は離れていても一緒にいるようなもんさ。どんな状況でもゴーニャが電話をしてきたら、すぐに電話に出るよ。約束する」


 花梨の説得を聞くと、ゴーニャは涙で濡れている手で雪のように白い携帯電話を取り出し、じっと見てから花梨にくしゃくしゃの顔を向ける。


「……何回電話しても、必ず全部出てくれる?」


「うん、絶対に出るよ。何回でも何十回でも、何百回でも掛けてちょうだい」


 花梨の信頼ある厚い言葉にゴーニャは、流していた涙がピタリと止まり、安心感を覚えつつ花梨の体にギュッと抱きつき、温もりを感じながら頬ずりをした。


「……花梨っ」


「んっ」


「絶対に、帰って来てちょうだいねっ……」


「うん、絶対にゴーニャの元に帰ってくるよ。だから、安心してお留守番しててね」


「……わかったわっ」


 花梨とゴーニャの重苦しいやり取りを、ずっとキセルの煙をふかして眺めていたぬらりひょんは、呆れた声で「半日離れるだけなのに、なんだその何年も別れる雰囲気を醸し出している茶番劇は……」と、茶々を入れる。


「私達にとっては、少し離れるだけでも由々しき事態なんですよ」


「少々ばつが悪いと思っておったが、なんだかバカバカしくなってきたわ。ちょっと大袈裟過ぎやせんか?」


「大袈裟じゃないですよ、本当は離れるなんてイヤだもんねー」

「ねーっ」


 二人の呼吸の合った動きを見てぬらりひょんは、鼻で笑いながら「本当に仲良くなったな、お前さん達は。まるで家族みたいだ」と、冗談を交えつつキセルの白い煙をふかす。


「そういえば、ぬらりひょん様にはまだ言ってなかったですよね」


「んっ? なにをだ?」


「私達、本当の家族になったんですよ。ゴーニャに苗字をあげて、今は「秋風 ゴーニャ」。立派な私の妹です」


「なにぃっ!? それは本当か!? それじゃあ、お前さん達は今や姉妹ってワケか。はあっ……。花梨よ、家族が出来て嬉しいか?」


「はいっ! とっても嬉しいです!」


 無邪気で明るい満面の笑みで答えた花梨に、ぬらりひょんもそっと微笑み返して話を続ける。


「そうか。ならこれからも、ゴーニャを大切にしていけ。明日はここに朝の四時に来い、以上だ」


「ンゲッ!? あ、朝の四時……? まだ深夜じゃんか……。起きれないなぁ……」


「安心せい、クロが起こしに行くから遅刻はせんだろ」


「なにで起こしてくるんだろう、怖いなぁ……。それじゃあ、お疲れ様でした!」


「ん、お疲れ」


 明日の予定を聞き入れた花梨は、笑顔が戻ったゴーニャと手を繋ぎながら支配人室を後にする。部屋に一人残ったぬらりひょんは、キセルの灰を灰皿に落としてから椅子に深くもたれ込み、キセルの煙で薄っすらとモヤがかかっている天井を見上げた。


「家族、か。あやつめ、幼少の頃は何も言っていなかったが……。やはり、父や母にも会いたがっていたんだろうな。……鷹瑛たかあき紅葉もみじよ、花梨が会いたがっているぞ? なんで先に逝ってしまったんだ、お前さん達よ……」


 とある二人の名を口にした声は寂しそうに震えており、キセルの煙と共に部屋内に広がっていき、やがて霧散するように共に消えていった。

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