12話-3、カマイタチの忠告

「で、そのオアシスは本物でしてね。すぐにそのオアシスに駆け寄って、そのまま仲間と一斉に泉にダイブしたんですよ」


「ほう、よかったじゃないか。もしそれも蜃気楼だったら、干からびてミイラになっていたかもしれないね」


「本当ですよー。結局、目的のピラミッドは見つからず探索は打ち切りになっちゃいました」


「はっはっはっ、ぬえ君が紹介してくる仕事はどれもロクな物がないね」


 辻風は笑いながらコップに入っている水を飲み、花梨の砂漠で遭難した話を聞いて、乾いた喉を潤していく。


 ふと、何気なく視線をガラス戸に持っていくと、いつの間にかそのガラス戸は黒く染まっていた。

 ハッとしながら時計に視線を移すと、夜の八時を少しばかり過ぎており、時の流れを完全に忘れていた辻風が再びハッとする。


「か、花梨君、もう夜の八時を過ぎている……」


「えっ!? あっ、本当だ! いつの間に……」


「いやはや、こんな時間まで付き合わせてしまって申し訳ないね。お礼にこれを渡しておこう」


 そう謝った辻風は、カウンターの引き出しからあらかじめ用意していたであろう茶封筒を取り出し、目の前にいた花梨に差し出した。

 首をかしげた花梨がその茶封筒を受け取り、中身をそっと確認してみると、一万円札が三枚も入っており、目を丸くして慌てて辻風に突き返す。


「な、なんですかこれっ!? 何もしていないのに、こんな大金受け取れませんよ!」


「いやいや、私のワガママで花梨君をここに呼び、貴重な時間を浪費させてしまったんだ。是非受け取ってほしい。それに、口止め料も兼ねて、ね……」


「口止め料?」


 辻風は、こうべを垂れてから頬をポリポリと掻き、言葉を濁しながら話を続ける。


「その、朝にやった花梨君への無礼なんだが……。ぬらりひょん様には黙っておいてほしいんだ。あの人は怒ると、身の毛がよだつほどに怖いのだよ……」


「ああ~、あの事ですか。もう気にしていないんで、全然大丈夫ですよ」


 おどけた笑いを飛ばし、そう話した花梨の言葉を聞いた辻風は、心が救われたように肩の荷が軽くなり、安堵の表情を浮かべて長いため息をついた。

 その思いを伝えた花梨は鼻をふんっと鳴らし、突き返した茶封筒をカウンターの上にそっと置いた。


「っと言うワケで、このお金は受け取れませんっ。私はお話するのが大好きなので、お礼は大丈夫です」


「ふっ、君もなかなか頑固だね。しかし、何かお礼をしたいんだ……。そうだ、特製の塗り薬を一キロ分あげよう。これは万能薬に近い代物でね。打撲、切り傷、関節の痛みや骨折。白湯さゆに溶かして飲めば風邪や腹痛、下痢、嘔吐なんかにも効くんだ」


 そう塗り薬の効果を説明した辻風は、棚の一番上にある壺を引っ張り出してから蓋を開け、中を確認すると「うん」とうなずきながら蓋を閉め、花梨に差し出す。

 受け取った壺は、地面に直置きされている壺と比べると、だいぶ古ぼけていて年期があり、相当使いこまれた形跡が確認できた。


「いいんですか? 高そうな壺ですけども……」


「それは、私達カマイタチがちゃんと、妖怪の役目を果たしていた時に使用していた物でね。薙風なぎかぜが人を転ばせ、私が鎌で肌を傷つけ、癒風ゆかぜがその傷に塗り薬を塗って治す。で、その時に使っていたのがその塗り薬だ」


「えぇっ!? そんなとても大切な壺と中身なんて、お金よりも受け取れないですよ!」


「いいんだ。私達は、この温泉街で暮らしていく事を決めてね。今後、その壺を使う機会はもう絶対に訪れないんだ。だから、君に譲るよ」


「いやいやいやいやっ! ……えぇ~、でもぉ……」


 会話をするのが好きな花梨にとって、会話をしただけでお礼を貰えるという時点で困惑し、お礼を受け取らないでどう切り抜けるか思案するも、辻風が追い討ちをかけるように話を続ける。


「お金か、その壺。どちらかは必ず受け取ってくれ。もしくは両方あげよう」


「えーっ! ずるーいっ! それはずるいですよっ!」


「ふっふっふっ、私もかなりの頑固者でね。そう深く考えず、気軽に受け取りなさい」


「そんなぁ〜……。うーっ、うぅっ……。お金ぇ〜……、壺ぉ〜……、んん〜っ……」


 二択の選択を強いられた花梨は、カウンターに置いた茶封筒と手にしている壺を交互に見返し、苦渋に苦渋を重ねた表情をしながら考え始める。

 そもそも、まったく見返りを求めていない花梨にとって、辻風のお礼というのが理解できず、若干迷惑な気持ちさえ生まれていた。


 しかし、後先の事を考えてしまった花梨は、ここで受け取らないと、辻風さんの心に傷をつけちゃうかなぁ……。と、自ら逃げ場を閉ざしてしまい、更なる苦渋を重ね、時間だけが刻一刻と過ぎていく。


 今の辻風にとってはなんともない金や壺であるが、想像と妄想が膨らみつつある花梨は、お金は、辻風さん達が汗水流しながら働いて稼いだ物。壺は、癒風さんがちゃんと妖怪をやっていた頃に使用していた、二つと無いとても大切な壺……。

 と、もはや収拾がつかなくなっており、苦渋はミルフィーユ断層みたいに積み重なっていた。花梨の歪み切っている表情を見て、少々呆れていた辻風が口を開く。


「……そんなに考えることかね?」


「あぁ〜っ……、うぅ〜っ……、決められないよぉ〜……」


「わ、分かった、私が決めよう。壺だ、壺を受け取ってくれ」


「壺ぉ〜、壺ぉ〜……。わ、分かりました、ありがとうございますぅ……」


 花梨は長考の末、無理やり決められたお礼の品である壺をギュッと抱きしめ、重くのしかかっている苦渋から解放された。

 辻風が再び時計に視線を向けると、既に九時を過ぎており、壺を抱えて嗚咽おえつしている花梨に神妙な面立ちを向ける。


「話は変わるが、花梨君。ぬらりひょん様からも言われると思うが私からも話しておこう」


「うっ、うううっ……。えっ? は、はいっ! なんでしょう?」


「満月の夜は、外出は極力控えるか自分の部屋にこもっていてくれ」


 辻風の忠告にも捉えられる言葉に、花梨は思わず首をかしげる。


「なんでですかね?」


「満月の光は、妖怪にとって劇薬みたいなものでね。血がフツフツと滾り、己の暴走する人格を抑制できなくなり、過去に置いてきたであろう自分が舞い戻ってくるんだ」


「はあ……」


「だから、満月が出ている夜の温泉街で、今まで出会って仲良くなった妖怪達と鉢合わせたら、すぐに逃げるんだ。そこにいる者は、既に自分が知っている者ではなくなっているからね」


「き、気をつけます……」


 忠告を受け止めたであろう花梨の返答を聞くと、辻風はコクンとうなずいてから「よろしい」と言い、話を続ける。


「それじゃあ、最後に改めて質問をさせてくれ。君は、この温泉街が好きかね?」


 その質問に対して花梨は即答せず、少し間を置いてからニコッと笑みを浮かべ、「はいっ、大好きです!」と、改めて質問に答えた。


「そうか、ありがとう。ここで働いている妖怪達も、この温泉街が大好きだ。そして、その妖怪達は全員、私も含め、君の味方だ。これからもよろしく頼むよ、花梨君」


「私の、仲間っ……。はいっ、ありがとうございます! これからもよろしくお願いしますね!」


 仲間と言われて嬉しくなったが花梨ふわっと微笑むと、その温かさに当てられた辻風も自然と笑みを浮かべる。そして、場の空気を変えるように辻風がゴホンと咳払いをした。


「それじゃあ、もう遅いからそろそろ帰りなさい。今日はこんな私に付き合ってくれて、本当にありがとう」


「いえっ、私も辻風さんと色々お話が出来て、とても楽しかったです。今度は、極寒甘味処ごっかんかんみどころでお話しでもしましょう」


「いいね、その時は薙風なぎかぜ癒風ゆかぜも一緒にね。さて、気をつけて帰りなさい」


「はいっ、それではお疲れ様でした!」


 そう言いながら軽く一礼をした花梨は、辻風から貰った壺を大事に抱えながら薬屋つむじ風を後にする。帰路はとても短かったが、その間、花梨はずっと嬉しそうにニコニコと笑っていた。

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