80話-7、酒の弱さは母親譲り
茨木童子の
仲間達と花見を堪能した温泉街初期メンバーが、ぬらりひょんの元へと集まり出し、酒の力を借りて日頃から溜まっていた鬱憤を晴らしていた。
集まったメンバーは、花見を始める前に結束した雪女の
最初は静かに始まったものの。そよ風から暴風へ、暴風から狂風の如く荒れ狂い出した文句は、最早、間髪を容れぬものへと変わり。
狂風の中心に居るぬらりひょんは、ただたじろぐ事しか出来ず、泣き寝入りすら許されない状態に置かされていた。
その狂風の外に居て、ようやく鵺から解放された酒天は、本来の役割を果たすべく、いそいそと花梨達の元へと近づいていった。
「花梨さーん、楽しんでるっスかー?」
「酒天さん、お疲れ様です! はい、すごく楽しんでますよ」
「おお、それはよかったっス! クロさん達は、どうっスか?」
花梨の反応に安心した酒天が、仲間の女天狗達に囲まれ、右肩がはだけているクロに尋ねる。
「ああ、楽しんでるぞ。ここで飲む酒は本当に最高だ。グイグイ進むよ」
「そうっスか! 酒が無くなったら、あたしに声を掛けて下さいっス!」
「分かった、後で頼むよ」
そことなく緩くも
「ゴーニャさんと
全員の意見を聞きたいが為に、先ほど雪女が配っていたバニラアイスを貰い、
「うんっ! 今日は誘ってくれてありがとっ。すごく楽しいわっ!」
「何回も来た事あるけど、また来たい」
「おー! よかったっス! 次も必ずやお誘いするので、楽しみに待ってて下さい! ではでは〜」
周りに居る人から満足度の高い感想を貰い受けると、酒天は傍に置いていた充電式の冷蔵庫を漁り、一升瓶と冷えたコップを取り出す。
「花梨さんも、そろそろ一杯どうっスか?」
「あっ、
酒天が右手に持っているは、かつて花梨が、初めて『居酒屋浴び呑み』で仕事の手伝いをした時の事。
新作の酒を大量に味見して、一番最後に飲んだ物が
その、好物となった酒を目にした花梨は腕を組み、思案し出したオレンジ色の瞳を、右斜め上へ流していく。
「どうしようかなぁ。お腹いっぱいになってから飲もうかと思ってたんですが、まだすきっ腹なんですよね」
「おおっ、流石は花梨さん! 重箱を十重ね分食べたというのに、まだすきっ腹とは! いよっ、鉄の胃袋!」
「えへへへへ〜。花梨さんの胃の中、ブラックホールとかありそうですよねぇ〜」
すっかりと出来上がった
「この重箱、かなり大きいっスけど。そんなに食べたんスね……」
「はい。どの料理も本当に美味しくて、気がついたら中身が空っぽになってました」
「うわぁーーん!! 八葉ぁ! 花梨さんが、またあたし達の料理を褒めてくれたよぉー!」
「ううっ……。私達って、この時の為に生きてきたんだねぇ……」
先ほどの嬉々としていた二人が一転、今度は泣き上戸になり。大袈裟に泣き出した夜斬と八葉が、周りの目を一切気にせず、互いの体を熱く抱きしめ合う。
「あっははは……。二人共、すっかりと酔っちゃってますね」
「ちょっと飲みすぎかもっスね。もう少ししたら、しじみの味噌汁を作るので、早めにあのお二方に上げなければ」
既に翌日の事も考えている酒天が、二人の酔い方に多少の懸念を抱く。
が、やはり花梨に酒を飲ませたいという気持ちが先行してしまい、気を取り直すと、コップと酒を持っている両手を挙げた。
「と言うワケで、飲んだ後のケアもバッチリしますから、とりあえず花梨さんも飲みましょうよ」
「う〜ん。それじゃあ、コップ半分だけ下さい」
「半分っスね、了解っス!」
本当は並々と注ぎたかったが、花梨の意見を尊重するべく、超特濃本醸造酒を半分だけコップに注ぎ、花梨に差し出す。
「ささ、花梨さん、グイッといって下さい! グイッと!」
「久々に飲むとなると、ちょっと緊張するなぁ。ではでは」
柄にもなく鼓動を早めた花梨は、まず匂いを確かめる為にコップを顔に近づけ、すんすんと匂いを嗅ぐ。
鼻腔を撫でるように通っていく、炊きたての芳醇なご飯の匂いを認めると、ニッと笑みをこぼす。
次に花梨は、コップを口に当て、コクンと少量だけ飲み込んだ。やはり味も、白米を食べたと錯覚するほど米の味が強く。
喉を通り過ぎていくと、心地よい満足感を得られ、意に反して「ほおっ……」と至福のため息をついた。
「ああ、やっぱ美味しい! よし、一気に飲んじゃおっと」
更に極上の至福に酔いしれたくなると、花梨の酒に対するタガが外れてしまい、ゴクゴクと飲む量を増やしていく。
そして予告通りに飲み干すと、花梨は酒天におかわりを要求し、再び半分だけコップに注がれると、また一気に飲み干していった。
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居酒屋浴び呑みで働いた以来。久々の酒に胸が躍った花梨が、酒を飲み始めてから一分が経過した頃。
量的にはコップ一杯分しか飲んでいないのに対し、花梨はへべれけ状態になっていて、緩み切った顔で酒天におかわりを要求していた。
「酒天さぁ~ん、もう一杯くらしゃ~い」
「えっ? 花梨さん、もう酔っぱらったんスか?」
「わたひが酔うワケにゃいじゃにゃでしゅか〜、ヒック」
呂律が回っていない酔っ払い特有の言い訳を放ち、首をゆらゆらと揺らす花梨を見て、口元をヒクつかせつつ一升瓶を両手で抱える酒天。
懐かしさが込み上げてくる花梨の酔い方に、酒天は、花梨さん、
「花梨さんにお酒を飲ませたいのが、あたしの本音であるっスけども。これ以上飲むと、悪酔いするかもしれないのでダメっス」
「ええ〜っ? 酒天しゃんのケチィ〜、鬼ぃ〜」
口を尖らせ、頬をプクッと膨らませた花梨がぶうたれるも、酒天は効いてない様子で「ふふん」と鼻を鳴らす。
「あたしのおデコから生えてる、立派な二本の角が見えないっスか? あたしは元々、鬼の妖怪っスよ」
「角ぉ〜? あ〜、本当だぁ〜。おいしそ〜」
「お、美味しそう? あの、すごく硬いので食べない方がいいっスよ?」
「そうなのぉ〜? じゃ〜、茹でて食べるぅ〜。えへへへへへ〜。……ふぇ?」
「意地でも食べようとするんスね……」
もしや、もぎ取られるのでは? と危惧した酒天が立ち膝で後ずさり、花梨からそっと距離を取る。
その間に花梨は、遠くに居るぬらりひょん
「でじゃ、ぬらりひょんよ。花梨には、いつになったら打ち明けるんじゃ?」
「みんなして痺れ切らしてんだよ。早く言わねえと、私らが言っちまうぞ?」
無言で項垂れたぬらりひょんのすぐ真横に付き、
「花梨には必ず言うから……。もう少しだけ、もう少しだけ待ってくれ……」
「もう少しだけって、前にも聞きましたよ〜? 花梨ちゃんなら分かってくれますって〜」
「そうですよ、ぬらりひょん様。花梨ちゃんも、色々と感付いてきているはずです。何かの拍子で、
ぬらりひょんの肩を揉んでいる
「あの石碑には、
「早く秋風に言った方が、楽になるぜえ? ぬら芋さんよお」
「そーだそーだ! 早くわたひに言っちゃえー!」
「ほら、当本人もこう言って……、は?」
流れるがままに相槌を打つも、鵺はすぐさま違和感を覚え、しかめ顔を声がした方へ移していく。景色が二重に映る視線の先には、元気よく右手を空に掲げ、一人ではしゃいでいる花梨の姿があった。
「どわっ!? おまっ、いつからそこに居たんだ!?」
「えへへー、たった今ー。ねー、わたひににゃにをゆーのー?」
「……あ? お前、酔っ払ってんのか?」
「え〜? まだお腹すいてましゅよ〜? ケヒッ」
いきなり話が噛み合わなくなると、一気に酔いが覚めた鵺は心の底から安堵し、強張っていた肩を落とした。
しかし、楓達には非常に気まずい空気が漂っていて、酷く狼狽えている雹華が、酒を飲み直し始めている鵺に詰め寄っていく。
「ぬ、鵺ちゃん? まずいんじゃないの、この状況?」
「安心しろ。酔ってる時のあいつは、何話したって覚えちゃいねえよ」
「あら、そうなの?」
「ああ。それよりも、面白えもんが見れるかもしんねえぞ。あいつの酒癖、私よりも悪いかんな」
そう楽しげに鵺が言うと、口角をいやらしくつり上げ、近くにあるさきいかを手に取り、チマチマと齧り出す。
その様を眺めていた雹華は、目をぱちくりとさせた後。いつの間にか、ぬらりひょんの背後に回っている花梨に顔を戻した。
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