80話-7、酒の弱さは母親譲り

 茨木童子の酒天しゅてんが、ぬえ専属の居酒屋と化してから、約一時間が経過した頃。


 仲間達と花見を堪能した温泉街初期メンバーが、ぬらりひょんの元へと集まり出し、酒の力を借りて日頃から溜まっていた鬱憤を晴らしていた。

 集まったメンバーは、花見を始める前に結束した雪女の雹華ひょうか、天狐のかえで、化け狸の釜巳かまみ。そして、酒がすっかりと回っている鵺。

 最初は静かに始まったものの。そよ風から暴風へ、暴風から狂風の如く荒れ狂い出した文句は、最早、間髪を容れぬものへと変わり。

 狂風の中心に居るぬらりひょんは、ただたじろぐ事しか出来ず、泣き寝入りすら許されない状態に置かされていた。


 その狂風の外に居て、ようやく鵺から解放された酒天は、本来の役割を果たすべく、いそいそと花梨達の元へと近づいていった。


「花梨さーん、楽しんでるっスかー?」


「酒天さん、お疲れ様です! はい、すごく楽しんでますよ」


「おお、それはよかったっス! クロさん達は、どうっスか?」


 花梨の反応に安心した酒天が、仲間の女天狗達に囲まれ、右肩がはだけているクロに尋ねる。


「ああ、楽しんでるぞ。ここで飲む酒は本当に最高だ。グイグイ進むよ」


「そうっスか! 酒が無くなったら、あたしに声を掛けて下さいっス!」


「分かった、後で頼むよ」


 そことなく緩くもりんとした笑みを浮かべると、酒天もニッと満足気な笑みで応えた。


「ゴーニャさんとまといさんも、楽しんでるっスか?」


 全員の意見を聞きたいが為に、先ほど雪女が配っていたバニラアイスを貰い、舌鼓したつづみを打っている二人に問う酒天。


「うんっ! 今日は誘ってくれてありがとっ。すごく楽しいわっ!」

「何回も来た事あるけど、また来たい」


「おー! よかったっス! 次も必ずやお誘いするので、楽しみに待ってて下さい! ではでは〜」


 周りに居る人から満足度の高い感想を貰い受けると、酒天は傍に置いていた充電式の冷蔵庫を漁り、一升瓶と冷えたコップを取り出す。


「花梨さんも、そろそろ一杯どうっスか?」


「あっ、超特濃本醸造酒ちょうとくのうほんじょうしゅだ!」


 酒天が右手に持っているは、かつて花梨が、初めて『居酒屋浴び呑み』で仕事の手伝いをした時の事。

 新作の酒を大量に味見して、一番最後に飲んだ物が超特濃本醸造酒ちょうとくのうほんじょうしゅであり、酒をほとんど飲まない花梨も非常に気に入っていた。

 その、好物となった酒を目にした花梨は腕を組み、思案し出したオレンジ色の瞳を、右斜め上へ流していく。


「どうしようかなぁ。お腹いっぱいになってから飲もうかと思ってたんですが、まだすきっ腹なんですよね」


「おおっ、流石は花梨さん! 重箱を十重ね分食べたというのに、まだすきっ腹とは! いよっ、鉄の胃袋!」

「えへへへへ〜。花梨さんの胃の中、ブラックホールとかありそうですよねぇ〜」


 すっかりと出来上がった夜斬やぎり八葉やつはが、暴走気味に褒め称え、高らかに笑いながら乾杯をする。


「この重箱、かなり大きいっスけど。そんなに食べたんスね……」


「はい。どの料理も本当に美味しくて、気がついたら中身が空っぽになってました」


「うわぁーーん!! 八葉ぁ! 花梨さんが、またあたし達の料理を褒めてくれたよぉー!」

「ううっ……。私達って、この時の為に生きてきたんだねぇ……」


 先ほどの嬉々としていた二人が一転、今度は泣き上戸になり。大袈裟に泣き出した夜斬と八葉が、周りの目を一切気にせず、互いの体を熱く抱きしめ合う。


「あっははは……。二人共、すっかりと酔っちゃってますね」


「ちょっと飲みすぎかもっスね。もう少ししたら、しじみの味噌汁を作るので、早めにあのお二方に上げなければ」


 既に翌日の事も考えている酒天が、二人の酔い方に多少の懸念を抱く。

 が、やはり花梨に酒を飲ませたいという気持ちが先行してしまい、気を取り直すと、コップと酒を持っている両手を挙げた。


「と言うワケで、飲んだ後のケアもバッチリしますから、とりあえず花梨さんも飲みましょうよ」


「う〜ん。それじゃあ、コップ半分だけ下さい」


「半分っスね、了解っス!」


 本当は並々と注ぎたかったが、花梨の意見を尊重するべく、超特濃本醸造酒を半分だけコップに注ぎ、花梨に差し出す。


「ささ、花梨さん、グイッといって下さい! グイッと!」


「久々に飲むとなると、ちょっと緊張するなぁ。ではでは」


 柄にもなく鼓動を早めた花梨は、まず匂いを確かめる為にコップを顔に近づけ、すんすんと匂いを嗅ぐ。

 鼻腔を撫でるように通っていく、炊きたての芳醇なご飯の匂いを認めると、ニッと笑みをこぼす。

 次に花梨は、コップを口に当て、コクンと少量だけ飲み込んだ。やはり味も、白米を食べたと錯覚するほど米の味が強く。

 喉を通り過ぎていくと、心地よい満足感を得られ、意に反して「ほおっ……」と至福のため息をついた。


「ああ、やっぱ美味しい! よし、一気に飲んじゃおっと」


 更に極上の至福に酔いしれたくなると、花梨の酒に対するタガが外れてしまい、ゴクゴクと飲む量を増やしていく。

 そして予告通りに飲み干すと、花梨は酒天におかわりを要求し、再び半分だけコップに注がれると、また一気に飲み干していった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 居酒屋浴び呑みで働いた以来。久々の酒に胸が躍った花梨が、酒を飲み始めてから一分が経過した頃。

 量的にはコップ一杯分しか飲んでいないのに対し、花梨はへべれけ状態になっていて、緩み切った顔で酒天におかわりを要求していた。


「酒天さぁ~ん、もう一杯くらしゃ~い」


「えっ? 花梨さん、もう酔っぱらったんスか?」


「わたひが酔うワケにゃいじゃにゃでしゅか〜、ヒック」


 呂律が回っていない酔っ払い特有の言い訳を放ち、首をゆらゆらと揺らす花梨を見て、口元をヒクつかせつつ一升瓶を両手で抱える酒天。

 懐かしさが込み上げてくる花梨の酔い方に、酒天は、花梨さん、紅葉もみじさん同様、酒が弱いみたいっスね。なら、もうこれ以上飲ませる訳にはいかないっス。と決心し、抱えている一升瓶を花梨から遠ざけていく。


「花梨さんにお酒を飲ませたいのが、あたしの本音であるっスけども。これ以上飲むと、悪酔いするかもしれないのでダメっス」


「ええ〜っ? 酒天しゃんのケチィ〜、鬼ぃ〜」


 口を尖らせ、頬をプクッと膨らませた花梨がぶうたれるも、酒天は効いてない様子で「ふふん」と鼻を鳴らす。


「あたしのおデコから生えてる、立派な二本の角が見えないっスか? あたしは元々、鬼の妖怪っスよ」


「角ぉ〜? あ〜、本当だぁ〜。おいしそ〜」


 うぐいす色の髪の毛から伸びている、天を衝く赤黒い角を認めると、花梨はじゅるりとヨダレを垂らした。


「お、美味しそう? あの、すごく硬いので食べない方がいいっスよ?」


「そうなのぉ〜? じゃ〜、茹でて食べるぅ〜。えへへへへへ〜。……ふぇ?」


「意地でも食べようとするんスね……」


 もしや、もぎ取られるのでは? と危惧した酒天が立ち膝で後ずさり、花梨からそっと距離を取る。

 その間に花梨は、遠くに居るぬらりひょん一行いっこうに顔を向けており。ニヒッとワンパク気味に笑うと、そのまま四つん這いで近づいていった。


「でじゃ、ぬらりひょんよ。花梨には、いつになったら打ち明けるんじゃ?」


「みんなして痺れ切らしてんだよ。早く言わねえと、私らが言っちまうぞ?」


 無言で項垂れたぬらりひょんのすぐ真横に付き、さかづきを片手に持っているかえでが言うと、ピッチャーを両手に携えているぬえが追撃をする。


「花梨には必ず言うから……。もう少しだけ、もう少しだけ待ってくれ……」


「もう少しだけって、前にも聞きましたよ〜? 花梨ちゃんなら分かってくれますって〜」


「そうですよ、ぬらりひょん様。花梨ちゃんも、色々と感付いてきているはずです。何かの拍子で、永秋えいしゅうの裏側にある石碑せきひを見られたら、目も当てられませんよ?」


 ぬらりひょんの肩を揉んでいる釜巳かまみが後押しすると、雹華ひょうかもつらつらと語り、冷酒をクイッと飲む。


「あの石碑には、鷹瑛たかあき紅葉もみじの名が刻まれておるからのお。一度でも目にしたら、花梨から怒涛の質問攻めが始まるぞ?」


「早く秋風に言った方が、楽になるぜえ? ぬら芋さんよお」


「そーだそーだ! 早くわたひに言っちゃえー!」


「ほら、当本人もこう言って……、は?」


 流れるがままに相槌を打つも、鵺はすぐさま違和感を覚え、しかめ顔を声がした方へ移していく。景色が二重に映る視線の先には、元気よく右手を空に掲げ、一人ではしゃいでいる花梨の姿があった。


「どわっ!? おまっ、いつからそこに居たんだ!?」


「えへへー、たった今ー。ねー、わたひににゃにをゆーのー?」


「……あ? お前、酔っ払ってんのか?」


「え〜? まだお腹すいてましゅよ〜? ケヒッ」


 いきなり話が噛み合わなくなると、一気に酔いが覚めた鵺は心の底から安堵し、強張っていた肩を落とした。

 しかし、楓達には非常に気まずい空気が漂っていて、酷く狼狽えている雹華が、酒を飲み直し始めている鵺に詰め寄っていく。


「ぬ、鵺ちゃん? まずいんじゃないの、この状況?」


「安心しろ。酔ってる時のあいつは、何話したって覚えちゃいねえよ」


「あら、そうなの?」


「ああ。それよりも、面白えもんが見れるかもしんねえぞ。あいつの酒癖、私よりも悪いかんな」


 そう楽しげに鵺が言うと、口角をいやらしくつり上げ、近くにあるさきいかを手に取り、チマチマと齧り出す。

 その様を眺めていた雹華は、目をぱちくりとさせた後。いつの間にか、ぬらりひょんの背後に回っている花梨に顔を戻した。

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