92話-5、それぞれの時間(閑話その②)
傷を癒した酒呑童子の
天狐の
『総大将』という名前から着信が入り、丁度いいと着信ボタンを押し、スピーカーモードにした。
「こちら楓。今宵の秋国は、外出禁止令が敷かれている事もあり、何事も無く平和そのものじゃ。どうぞ」
『阿呆、どの口が言っているんだ。大嶽丸が出現した辺りから、一部始終ずっと見ていたわ』
「ほっほっほっ。小童が現れた時も、ワシが力を解放した時も、皆して顔をこちら側へ向けていたの」
『当たり前だ。ったく、勝手な行動をしおって。攻めて来るのが分かっていたら、ワシに一言ぐらい伝えんか。これでもワシは、秋国の総支配人なんだからな』
大妖怪の襲来ともあり、至極真っ当な怒りに、楓が電話越しで態度を改める。
「そう、お主は皆を纏める総支配人であり、我らが総大将じゃ。お主が表舞台に立つのは、秋国がいよいよという時だけでいい。狼藉者の排除は、ワシやクロ、
『格好つけるな。話の大まかな流れは、酒羅凶から聞いたぞ。なんでも、大嶽丸から脅迫状紛いな果たし状が届き。それを読んだお前さんが、腹を立てて決闘を変われと言ったそうじゃないか』
「なんじゃ、知っておったのか。当たり前じゃろう。第二の故郷である秋国を潰すなんぞ、ワシが決して許さぬ。それにじゃ。お主に話していたら、大嶽丸を屠っていたんじゃないかえ?」
『事の次第によっては、と言いたい所だが。生憎、秋国を汚すつもりは無い。それは、お前さんとて同じ気持ちだろう?』
ぐうの音も出ない返しに、いつでも大嶽丸にトドメを刺せていた楓も、今回ばかりは負けたと口元をほころばせた。
「そうじゃな、お主の言う通りじゃ。だからこそ、手加減をするのに苦労したわ」
『お前さんの事だ、力をほとんど出していなかったんじゃないか?』
「一割も出せておらん。二割出していたら、小童は間違いなく息絶えていた。相手を分からせるだけの戦いとは、心身が疲れるものじゃのお」
『あまり、力の使い方を間違えるなよ? 一度道を踏み外すと、瞬く間に溺れるぞ?』
持て余した力に魅入られて堕ちるなよという、総大将直々の警告に、楓は筋違いだと不快に鼻を鳴らす。
「うつけ者。このワシを、誰だと思っている? ワシの力は、護る為にある力じゃ。決して、傷付ける為の力ではない。それを履き違えるな」
「むっ……」
明らかに怒りが込められた物言いに、ぬらりひょんは無用で棘のあった警告だったと悔い、楓に悟られない程度にたじろいだ。
『そうか、すまん。初めての戦闘だと聞いていたから、少々危惧していたんだ』
「まあ、今回は痛めつける目的で力を解放したがの」
『おい』
とことん調子を崩してくる楓に、言葉で化かされ続けたぬらりひょんが呆れ返り、少々苛立ちを含んだため息を吐き出した。
『有り余る力とは、心を狂わせるんだ。そういう者を多く見てきたから、わざわざ忠告してやったのに。たまには真髄に受け止めんか』
「まあ、ふざけるのはここまでにして。先にも言った通り、ワシの力は護る為にある。今回は、流石のワシも憤慨したが。もちろん、秋国を護る為に力を使った。ワシはな、人を殺める覚悟なぞ持ち合わせぬ小心者じゃ。だからこそ、後の処置は閻魔大王に丸投げしておいた」
『は? 閻魔大王?』
タイミング的にも最悪で、嫌な予感しかしない者の登場により、ぬらりひょんが素に近い声で復唱した。
「安心せえ、事前に使いの者を派遣しておる。
『いや、しかし……。むう……。事前に知らせているなら、大丈夫、か?』
ばつが悪そうに言葉を濁らせ、しどろもどろになり始めたぬらりひょんに、様子がおかしいと楓の眉間に浅いシワが寄る。
「なんじゃ? 何かマズかったのかえ?」
『分からんから困っとるんだ。明日から閻魔大王の元へ行き、とある直談判をしようと思っていたんだ。だから、下手に刺激を与えたくなかったんだ』
「……なるほどのぉ。それは悪い事をしたの」
よかれと思っていた行動が裏目に出てしまい、罪悪感が湧いてきた楓も、返す言葉が見つからずに黙り込む。
が、妙案を思い付いたのか。口角を緩く上げた楓が、「なら」と続けた。
「ぬらりひょんよ。その直談判、ワシも同行しよう」
『なに? お前さんが?』
「そうじゃ。閻魔大王とは、暑中見舞いや寒中見舞いを送り合う程度の親交がある。たまには、ワシ直々に出向き、近況報告も兼ねて茶会でもしようかのお」
普段は一妖狐として振る舞っているものの。チラリと見せた神に近し者を垣間見せる発言に、今度はぬらりひょんが言葉を失う。
しかし、これ以上の心強い助け舟は無いと、すぐさま判断したぬらりひょんは、「分かった」と船縁に手を添えた。
『この直談判は、どうしても通したいからな。甘んじてお前さんを頼ろう。それにだ、楓。この直談判が通ったら、お前さんにも頑張ってもらうぞ?』
「なに? ワシが?」
『そうだ。しかし、その内容は誰かに聞かれるとマズイから、明日の道中に話す。まあ、お前さんの事だ。内容を聞いたら、すぐに快諾するだろう』
「ふむ……」
ここぞとばかりに焦らすぬらりひょんに、楓は直談判の内容が気になってくるも。今は聞けないと先に釘を打たれてしまったので、仕方ないと諦め、鼻からため息を漏らし。
温泉街の中でも唯一、明かりが灯っている
「それはそうと、ぬらりひょんよ。折り入って頼みがある」
『頼み? なんだ?』
「そこに
『ああ、なるほど。それなら代わってやろう。温泉にでも浸かり、ゆっくり休んでいてくれ』
「すまぬのお、恩に着る」
戦闘中、密かに気掛かりでいたのか。楓の表情が嬉々とほころび、人知れず胸を撫で下ろした。
『そういうのはお互い様だ。気にするな』
「出始めからおちょくっていたから、断られるんじゃないかと不安に思っていての。いやあ、よかったよかった」
『阿呆。仲間を治癒したいという願いを、断る奴がどこに居る。それにお前さん、もう三階まで来ているじゃないか。どうせ断った所で、何かと理由を付けて来ていただろう?』
「ほっほっほっ、流石はぬらりひょん。ワシをよく知っているじゃないかえ」
憎まれ口を叩かれるも、お互いに普段からそういう仲ともあり。最早、その流れが当然だと分かっているぬらりひょんも、「ふっ」と柔らかく笑った。
『楓よ。ワシは先に、花梨の部屋に戻っている。何か用があったら、メールで知らせてくれ』
「心得た」
近況報告と今後の約束を交わし、長々と語っていた通話を切り、携帯電話を巫女服の袖服にしまい込んだ所で、四階の支配人室前に到着する楓。
そのまま早足で花梨が居る部屋へ向かい、複数人の気配を感じる扉を、二度ノックした。
「どうぞー」
部屋主の花梨から入室許可が下りると、楓はドアノブに手を掛け、扉を開ける。
やや温かな空気を肌で浴び、少し開けた視界の先。その部屋を狭めている人数が全員、楓に顔を合わせているも。
来たのが楓だと分かった瞬間。花梨が「あーっ! 楓さん、入って来ちゃ駄目です!」と慌てて静止した。
「む、なぜじゃ?」
「ここに居る皆さん、ぬらりひょん様に洗脳されちゃってるんです! 楓さんも洗脳される前に、早く逃げて下さい!」
「ぬらりひょんが、洗脳?」
事の流れを理解しておらず、訳の分かっていない楓が、糸目をきょとんとさせる。
「さっきまで耳が痛くなるすごい音が、ずっと鳴ってたじゃないですか。それで、その音を、ぬらりひょん様が全部花火だって言い張るんです! しかもですよ!? 明らかに花火の音じゃないっていうのに、皆さんも花火だって言って聞かないんです! 皆さんの様子もおかしいですし、絶対に洗脳されちゃってるんです!」
「すごい音が、花火? ……ああの」
大嶽丸と戦闘していたススキ畑から、ここまでとの距離は、大体一キロメートル弱離れているものの。
どうやら、耳を負傷するほどの戦闘音を、皆が花火だと誤魔化していたようで。薄々と状況が見えてきた楓は、妖しくクスリとほくそ笑んでみせた。
「花梨よ、それは花火で合っているぞ」
「えっ? ……まさかもう、楓さんまで?」
「いやいや。ぬらりひょんや皆が言っている事は、本当じゃ。ワシがこの目で、試作品の花火を見学してきたからの」
「……へ? けん、がく?」
部屋に来て早々、洗脳されてしまったのかと、花梨の顔が青ざめて絶望するも一転。やや信憑性の持てる発言に、青々としていた花梨の顔がパッと色付いていく。
「そうじゃ。たとえば、やたらと暑かった時があったじゃろう? それは『フェニックスの息吹』という、強烈な火柱を上げる花火から発せられた熱波が、温泉街の気温を上げてしまっていたんじゃ」
「は、はぁ……。それじゃあ、落雷の連打も……?」
「うむ。そっちは『雷神・極雷葬』という、数百発の剛雷が落ちる花火じゃ。無論、温泉街に被害が出るという理由で、両方共即刻ボツになったがの」
「……う、嘘でしょ? それも、マジで花火、だったの?
化かしを生業とする妖怪の嘘を、真と受け取ってしまった純粋な花梨が、ぬらりひょんの言葉を嘘だと決め付けていた事に酷く罪悪感を覚え、顔が再び青ざめていく。
そして、焦点が定まらない目を泳がせて、洗脳されていると勘違いしていた者達へ、ぎこちなく顔を合わせていった後。
洗脳主だと信じてやまなく、良くも悪くも一番の被害者となったぬらりひょんに、まるで手本の様に綺麗な土下座をした。
「ぬらりひょん様。ほんっとうに、申し訳ございませんでした……」
「
愛娘である花梨を不安がらせまいと、強引な嘘を誤魔化し切れたぬらりひょんは、そっと視線だけ楓に送り、感謝のウィンクをする。
そのウィンクに楓も、糸目を開けて金色の瞳を覗かせては、そっと閉じた。
「あん時の秋風、マジで面白かったなあ。真剣な顔をしてぬらさんに、洗脳を解いて下さいって言ってたんだぜ?」
「あの、
「仕舞いには、私も洗脳されちゃうんだって泣いてたんだぞ? 可愛かったから、楓にも見せてやりたかったよ」
「ああ〜……、クロさんまでぇ〜……」
鵺を筆頭に、未だ花梨の背後から抱きついているクロまで参加し出すと、雅を抜いた者達の明るい笑い声がドッと湧き上がる。
その最中で、足りない笑い声を聴き逃さなかった楓は、ふと違和感を抱き。先程からずっと、
「はて?
「先の轟音で、耳を痛めて休んでたんスが。どうやら、そのまま寝ちゃったみたいでして」
「なんじゃ、寝ておるのか。……そうか」
あわよくば、雅を連れて温泉にでも浸かり、耳の治療を行おうとしていたが。
ひとまず雅の安否を直に確認出来ると、楓はほっと安堵し、そのまま雅の寝顔が拝められる所まで歩き、音を立てずに座り込んだ。
「ふふっ、可愛い寝顔をしおって。花梨や。雅の耳を応急処置してくれて、誠に感謝する」
「あれ? 知ってたんですか?」
「うむ、千里眼で見ていたからの。それと、酒天も悪いのお。足、痛くないかえ?」
「いえ、全然平気っス。雅さんをゆっくり寝かせておきたいので、あたしの事は気にしないで下さいっス」
「そうか。ならば、もうしばらくだけ寝かせておいてやってくれ」
二人の迅速かつ、雅に対して思いやり深い気持ちに、暖かく微笑んだ楓は、雅、良い友を持ったの。と自分の様に嬉しくなり。
両手で頭を撫でる素振りをして、二人に悟られぬよう神通力をこっそり使い、雅の負傷した耳を完治させた。
「これでよしっと。さてとじゃ、花梨や」
「はい、なんでしょう?」
「なるべくなら、雅の傍から離れたくないんじゃ。なのでワシも、今日はここに泊まってもいいかの?」
「楓さんも、ここに?」
まさかの人物からの申し出に、花梨は目をぱちくりとさせるも。断る理由はどこにも無いと、無邪気な笑みで応えた。
「はい、もちろんです! 皆さんもいいですよね?」
「無論だ。部屋主のお前さんが良いと言うなら、ワシらは何も言わんさ」
「楓ちゃんとお泊まりが出来るなんて、滅多に無い機会ね。楽しみだわ」
「よいしょっと」
むしろ部外者なのだから、決定権は花梨にあると返すぬらりひょんに。華奢な笑みを浮かべ、右頬に手を添える
ならばとお構い無しに、正座している楓の太ももに香箱座りをして、一息つく猫又化した
そんな自由気ままな纏に、楓は撫でろと伸ばしてきた纏の頭に手を置き、微笑みながら撫で始めた。
「すまぬのお、花梨。ワシのワガママを聞いてくれて。この恩は、三日後に必ず返そう」
「三日後?」
「そうじゃ。今度は、お主らがワシらの部屋へ泊まりに来るじゃろ? とりあえず、来たらまずは食事処へ参れ。ワシが何でもご馳走してやろう」
「本当ですか? わあっ、初めて泊まった時は寄れなかったから、すごく嬉しいや! それじゃあ、楽しみにしてますね!」
「うむ。ワシも、三日後を楽しみにしていよう」
お礼も兼ねて次回の約束も交えると、二人して微笑み合い、ぽやっとした纏をいじくり回していく。
そして、楓を中心として会話が盛り上がり出し、笑い声が絶えぬまま、夜が更けるまで続いていった。
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