72話-2、手に馴染むテングノウチワと、鵺の弱点
最早、落ちる勢いで階段を下りていくぬらりひょんの後を、振り回されるように追いかけていく五人。
八時になり、
返却口にお盆を返し、全員と合流するべく歩み出そうとした直後。床に落ちているテングノウチワを見つけ、辺りをキョロキョロと見渡した。
「おーい、テングノウチワが落ちてるぞー。誰のだー?」
「……んっ? ゲッ、あたしのだ!」
クロがやや大きめの声で周りに問い掛けてみると、食事処で料理の仕込みをしていた
「またお前か。相変わらずだらしないな」
鼻から呆れたため息をついたクロが、テングノウチワを右手で拾うと、何を思ったのか、テングノウチワを眺めたまま動かなくなる。
あたふたしている
「クロさん?」
「……んっ? あっ、すまんすまん。お前には何回言ったか忘れたけど、もう落とすなよ?」
「あっはははは……。百回ぐらい言われてますが、気をつけます」
「クローッ!! 早くせんかー!!」
苦笑いしている夜斬にテングノウチワを手渡すと、入口方面から、怒号に近いぬらりひょんの声が聞こえてきて、二人は声がした方に顔を向ける。
「と、いうワケだ夜斬。行って来る」
「何やら大変そうですねー……。お気をつけて下さい!」
「ああ、ありがとよ。お前も頑張れよ?」
「はい!」
そう諦め気味にから笑いしたクロは、手を振りつつ走り出し、急かしているぬらりひょんの元へ駆けていく。
合流すると、ギリギリと歯ぎしりしていたぬらりひょんが、「ったく! 遅いぞ!」と不機嫌そうに愚痴を吐き捨て、入口を目指して歩き出した。
慣れた様子でクロが「すみませんでした」と詫びると、花梨が「まあまあ……」と仲裁に入り、ぽやっとしている顔をクロにやる。
「クロさん。テングノウチワをぼーっと眺めてましたけど、何かあったんですか?」
「あー、いやな? やたらと手に馴染むな~って、思ってよ」
「手に馴染む、ですか」
客で混雑している入口に着き、各々が靴を取り出している中。クロは「ああ」と呟き、草履を履く。
「生まれて初めての感覚だったもんだから、無意識の内に呆けてたってワケさ」
花梨もぬらりひょんから貰った赤い靴に履き終え、のれんを潜りならが「へぇ~」と相槌を打つ。
「そういえばクロさんって、普段テングノウチワを持ってないですよね」
「まあな。私が誤って振っちまうと、温泉街を更地にしかねないだろ? だから、普段は自室に封印してるのさ」
喧騒が飛び交う
「クロさんの風、とんでもなく強いですもんね……」
花梨の返答に対し、クロは両手を後頭部に回し、「強すぎるのも、問題だがなあ」と口にし、どこか遠くを見ている半目で空を仰ぐ。
すると、
「ただの天狗が、ぬらさんと
「ぬらりひょん様と楓さんって、そんなに強いんですか?」
「当たり前だろ? 妖怪の総大将と、千年以上も生きてる天狐だぞ? 普通の天狗なら足元にも及ばねえーっつうの」
妖怪事情に乏しい花梨の返しに、鵺はさも当然の如く説明し、肩を
「はぇ~。ぬらりひょん様と楓さんって、そんなに強いんですね。鵺さんはどのぐらい強いんですか?」
「私? 私だってそれなりにつええぞ。攻撃手段は、主に近接格闘。それと同時にかつ範囲的に、相手の体にどんな薬も一切効かない病魔を流し込んだりだな」
物騒な能力を明かした鵺が、空からヒラヒラと舞い落ちてきたケヤキの葉に向かい、残像が見えるほどの速さで鋭い連続蹴りを放ち、五等分に切り分ける。
放った足先には、光をも寄せ付けぬ闇深い黒煙が纏っており、風に流される事なく怪しげに揺らめいていた。
「うおっ!? 鵺さんの蹴り、速すぎて全然見えなかったや。今、何回蹴ったんですか?」
「へっへ~ん、教えねえよ。どうだ、恐れ入ったか?」
鵺が得意気な表情で鼻を伸ばしていくも、横でやり取りを静観していたクロが、口角をニヤリと上げる。
「安心しろ花梨。こいつ、『尖り矢』にめっぽう弱いぞ」
「にゃっ!?」
尖り矢という単語に、過剰なまでに反応して女々しく叫んだ鵺が、体にビクッと大波を立たせた。
「く、クロてめぇっ! その名を二度と言うんじゃねえっ!! ああクソッ、鳥肌が……」
唯一の弱点である物を暴露されると、鵺は自分の腕を擦り始め、前のめりになっている体を何度もブルッと身震いさせる。
その弱り果てている後ろ姿を目にし、悪どい笑みを浮かべたクロが、花梨の耳に顔を寄せ、小声でそっと語り掛けた。
「花梨、チャンスだ。お前も尖り矢って言ってみろよ」
「えっ? 私もですか?」
不意に話を振られた花梨が、オレンジ色の横目をクロに送ると、悪どい笑みに深みが増していくクロが、素早く二度
「まあ~、別にいいですけど。鵺さーん」
クロの悪巧みに感付かず。花梨が言われるがままに鵺を呼ぶと、悪寒で奥歯を噛み締めていた鵺が振り向き、「あん? なんだよ?」と素っ気なく言う。
「尖り矢」
「ふにゃっ!?」
弱点である物を再び言われると、鵺は体に先ほどよりも荒い大波を立たせつつ、その場で大きく飛び跳ねる。
地面に着地するや否や。血相を変えて花梨の元まで歩み寄り、そのまま花梨の柔らかい両頬を引っ張り上げた。
「おいコラ貴様、次言ってみろ? “鳴く”ぞ?」
「にゃっ……、にゃくほど怖いんれふかぁ……? あいだだだだだ……」
「その泣くじゃねえよ。夜な夜なお前の枕元に立って、耳底を這う不気味な声で鳴いてやろうかっつってんだよお~」
「あぁ~……、それはすごく嫌だっだだだだ……」
三人が歩みを止め、しかめっ面をしている鵺が、花梨の両頬をこねくり回している最中。
だいぶ先を歩いていたぬらりひょんが「貴様ら! 早く来んかッ!!」と叫び上げ、不機嫌そうにしている鵺が「へいへい」とぶっきらぼうに返す。
「ったく。オラ、行くぞ」
「ぬ、鵺しゃん……。頬を引っ張りながら歩くのはやめ、あががががが……」
未だに花梨の左頬を摘んでいる鵺が歩き出すと、頬が伸び切っている花梨も、連行されるような形で足を運んでいく。
その二人をよそに、クロは開いている自分の手の平を眺めては、あのやたらと手に馴染む感覚、一体なんだったんだ? と、考えながら足を前に出す。
そして更に、帰りでも、ススキ畑でテングノウチワを振ってみるか? と物思いにふけつつ、二人の後を追いかけていった。
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