★73話-4、熟練者と学んでいく初心者の戦い
氷の剣が元の長さにまで戻ると、
すると、振り抜いた軌跡から氷の斬撃が生成され、一直線に飛んでいくも、クロも持っていたテングノウチワを同じ様に振り抜き、漆黒の風の斬撃で応戦。
紺碧と漆黒の斬撃は、一寸の狂いもなく同じ空の線を走っていき、互いに空中で衝突し合い、音も無く相殺。
残ったのは、衝突した際に切り刻まれたであろう、地面へ落ちていく粉状の氷だけであった。
「様子見とは、ずいぶん余裕があるじゃない。
視界に映り込んでいた粉状の氷が無くなり、姿が
「当たり前だろ。まずは、お前の実力がどれだけのものか見させてもらう。本気を出すか出さないかは、その後判断するさ」
「へえ、上から物を語るのね。ちょっと癪に障るわ」
「夜空ばっか眺めてんじゃねえよ、タコ助」
雹華が上に気を取られている隙を突き、右半身に黒煙を纏っている
地面が抉れる勢いで蹴り上げ、右拳を振りかぶりながら雹華に飛びつき、瞬く間に距離を詰めていく。
背後から迫る鵺の気配に気づいていた雹華は、興味を示していない横目を背後に送り、空いている左手で指招きをする。
同時に地面から分厚い氷の壁が、雹華を守る形でせり上がってくるも、鵺はお構い無しに氷の壁をぶん殴り、力任せに粉砕。
鵺の目を一瞬眩ませると、雹華はすぐにジャンプして壁だった氷ごと鵺の頭上を飛び超し、遥か後方に着地した。
「その壁、鉄並の硬度にしておいたんだけど。相変わらずの馬鹿力ね」
その煩わしい雹華の挑発を聞き流した鵺は、雹華が居る方向に体を向ける。
「うるせえ、黙って殴られやがれってんだ」
「嫌に決まってるでしょう? あなたは適当に串刺しにでもなっていなさい」
次の攻撃をあえて宣言した雹華が、鵺に向けて純白の左手をかざす。
それを合図に、雹華の背後から複数の白いモヤが昇り始め、先が鋭く尖った無数のツララが、耳障りな甲高い音を発しながら生成されていく。
数にして二十本以上。全てのツララを生成し終えると、雹華は口角を妖しく上げた。
「これも自慢の馬鹿力で砕けるかしら? さあ、お行き」
勝ち誇ったように命令を下すと、ツララは一直線に空を走り出し、両拳を構えている鵺に飛んでいく。
が、目の前に突如として漆黒の壁が現れ、その壁に衝突したツララは削れるように姿を消し、跡形もなく消滅していった。
最初は、鵺の新しい防御法かと思った雹華は目を丸くさせるも、今のは黒煙ではなく風だと予想し、無表情に戻した顔をクロへとやる。
「ねえ、黒四季ちゃん。邪魔しないでくれる?」
「これは二体一の戦いだ。どうだ、分が悪いだろ? 早く諦めて降参した方が身の為だぞ?」
「ふーん……。それじゃあ、一気に攻めればいい訳ね」
敵から降参を促された雹華は、左手を夜空へかざし、先ほど出したツララを広範囲に生成し出す。
「さあ、これならどうかしら?」
無表情を保ったままツララを一斉に降らすも、クロは夜空に向けてテングノウチワを仰ぎ、巨大な漆黒風の盾を生成。
そして、降り注いできたツララを全て削り切り、粉末状に変えると、風の盾と共に仲良く消えていった。
その様子を腕を組んで静観していた鵺が、「はっは~ん」と何かを察したような声を漏らすと、ニヤついている顔を雹華に見せつけた。
「お前、戦うの初めてだろ?」
「……だったら何?」
「同じ手は通用しない事を一回で学べ。もしくは、別の技と組み合わせて虚を衝け。とんでもねえ力を持ってても、これじゃあ宝の持ち腐れだぜ?」
「うるさい口ね。黙らせてあげるわ」
挑発が効いたのか。明らかな苛立ちを見せた雹華が、鵺に向けてバッと左手の平をかざす。
「おっと、そうはいかねえよ」
雹華の愚痴から次の攻撃を予測した鵺は、全身に黒煙を纏いつつ辺りに広がっていき、雹華の周りを囲っていく。
光すら遮る闇深い黒煙にはばかられ、逃げ場を失った雹華は、目標を見失った左手を右往左往させた。
「私を直接凍らせるつもりだったんだろ? 残念だったなあ」
四方から反響してくる、含み笑いが混じった鵺の挑発に、とうとう頭に来たようで。悔しそうに奥歯を食いしばった雹華が、両手を大きく広げた。
「鬱陶しいわねぇ……。黙ってこれでも食らいなさい!」
耐えかねて感情を剥き出しにすると、雹華の周りに薄いモヤが大量に発生し、針のように細長い氷を三百六十度に生成し出す。
生成はすぐに終わり、がむしゃらに飛ばして黒煙の先に居るであろう鵺ごと貫こうとする。
しかし、黒煙に突き刺さった氷の針は手応えすら感じず、吸い込まれるようにゆっくりと飲み込まれていった。
「言ってなかったが、この黒煙は私に似て食欲旺盛でよお。それと、少しでも触れてみろ? 全身を劈くような痛みを伴う病に侵されるぜ」
あえて黒煙の能力を晒すと、姿をくらませている鵺は、黒煙の壁をジワジワと狭めていく。
思い通りに事が運ばず、苛立ちを募らせ続けている雹華は、上にしか逃げる場所が無いと判断するや否や。左手で地面を叩いて氷柱を生成、それに乗って上へ伸ばす。
迫る黒煙の壁から逃れ、視界が高くなり晴れると、雹華は標的をクロに変え、すかさず左手の平をクロへかざした。
が、攻撃を読んでいたクロも、標準を合わせまいと高速で急旋回、急上昇、急降下を繰り返し、雹華の焦っている左手を遊ばせていく。
「クッ……! ハエのようにすばしっこい天狗ね!」
「私ばかりに気を取られてていいのか? その氷柱、そろそろ折れるぞ」
「黙れェッ! ……なっ!?」
冷静沈着でいるクロが、数秒先の未来を口にした直後。氷柱全体に激しい振動が走り、体をグラつかせる雹華。
そこでやっと、下に居る鵺が氷柱を叩き折ろうとしている事が分かり、慌てて飛び降りつつ、追撃させないようにとクロに氷の斬撃をいくつか飛ばす。
そのまま地面に着地し、息を切らせながら背後に体をやると、鵺に折られた氷柱は逆側に倒れたらしく。凄まじい轟音を温泉街に響かせ、白が濃いモヤが辺りを覆っていく。
その濃霧に似たモヤが晴れる前に、拳を構えている鵺がモヤから飛び出してきて、息が整っていない雹華に迫る。
距離を詰めてくる鵺を視認すると、雹華は氷の剣をがむしゃらに四度振り抜き、先ほどよりも大きな氷の斬撃を飛ばした。
「甘えッ!」
斬撃を目にしても足を止めない鵺は、縦に飛んで来た一つ目を、走りながら体を捻って回避。
真横の二つは目で追いつつ飛び超し。右斜めの三つ目は、雑に蹴り上げて粉砕。左斜めの四つ目はタイミングを合わせ、かかと落としで破壊。
全ての斬撃を難なく躱すと、鵺はしたり顔を浮かべ、棒立ちしている雹華との距離を更に詰めていく。
「く、来るな……! 私に近寄るなあッ!」
「焦ってんなあ、おい! そろそろ百発分殴らせてもらうぜえ!」
何が飛んで来ても力任せに破壊出来ると確信した鵺は、地面を蹴って天高く飛び上がり、右手に限界まで握った拳を作り、半歩後退りしている雹華を狙う。
このまま勢いに乗り、渾身の一撃を放とうとしている最中。誰かに体を掴まれ、視界が勝手に雹華の頭上を飛び抜けていった。
「……は? あっ、クロてめえ! なにしてんだ!?」
不意の出来事に頭が混乱した鵺が、恐る恐る後ろを向いている。
すると視界の先に、呆れ顔でため息をついているクロがおり、状況を把握し、体をガッチリと掴まれている鵺が暴れ出した。
「おい、離せコラ! せっかくいい所だったのによ!」
「バカ、調子に乗り過ぎだ。雹華の奴、途中からキレた演技をして、お前の隙を突こうとしてたのが分からなかったのか?」
「へっ?」
クロの説明に抜けた声を返した鵺が、地面に足を付ける。
顔を上げてみると、先ほどとは打って変わり、妖しく笑っているも、そことなく残念そうな雰囲気を醸し出している雹華が映り込んだ。
「黒四季ちゃんにはバレていたのね。鵺ちゃんってば、すごく単純だから引っ掛かってくれていたのに」
「ゲッ。マジくせえな、これ……」
「あ~あ。落下して来た所を、鵺ちゃんでも砕けない硬度の氷で、串刺しにしてあげようとしたのになあ。黒四季ちゃんってば、ほんと邪魔ばかりしてくるんだから」
楽し気に語る雹華は、凍てつく蔑みを含んだ細目でクロを捕え、嘲笑する。
「鵺、もう油断は禁物だ。あいつ、物覚えがいいから戦いながら学んでるぞ」
「なるほど。私がさっき虚を衝けとか言ったから、実践したってワケね」
クロの真面目な忠告に、先の助言を思い返した鵺が納得すると、未だに雹華を殴れていない拳を鳴らす。
次の手を考えていると、クロは鵺の耳に顔を近づけ、雹華に気を配りつつ語りかける。
「あまり長引かせると、こっちが不利になってくる可能性がある。だから隙を
「おまっ、それ使うのかよ!? 温泉街の奴らは大丈夫なんだろうな……?」
「なるべく範囲を狭めて使うさ。接近戦は厳しくなってくるだろうが、頼んだぞ」
「……ったく。私にも食らわせたら、タダじゃおかねえからな」
「分かった、気をつけるよ」
そう簡単な作戦内容を伝えたクロは、
その間に息を整え、背後に大量の太いツララを生成し終えていた雹華が、クスリと笑う。
「話は終わったかしら?」
「おう、お前をぶっ倒す算段が出来たわ。命乞いをするなら今の内だぜ?」
開口早々に挑発を放った鵺が、無防備に一歩ずつ歩み出す。
「鵺ちゃん、寝言は寝て言えっていうことわざを知っているかしら? その寝言、死をもって返してあげるわ」
雹華が挑発に挑発で返すと、空いている左手を前にかざし、背後で待機していたツララを鵺に向けて一斉に放った。
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