★38話-3、芽生える黒い感情
時は少し
背後から不意打ちで殴打され、頭から血を流して倒れている花梨のポケットから、携帯電話の着信音が鳴り始める。
気絶していた花梨が、その着信音で意識を取り戻したのか目を覚まし、錆びついたように重い
霞んだ視界には夜風でなびいているススキと、煩わしささえ覚える音が耳に入るも目もくれず、記憶が曖昧で、なぜここで寝ているのか理解できないまま、ひたすらにボーッとしていた。
「……なんで私は、こんな所で寝てるんだろ……、グッ!?」
煩わしい音が止み、訳が分からぬまま体を起こそうとした瞬間。頭から鋭くて耐え難い痛みが走り、顔を歪める。
思わず頭を抑えると更に痛みが増し、同時に、生温いヌルッとした液体に触れた感触が手の平を襲う。
その手を恐る恐る目の前に持ってくると、手の平全体には鮮血がベッタリと付着しており、大量の血を目にした花梨は背筋が凍りつき、声にならない悲鳴を上げて身震いをした。
「こ、これは、私の、血……? なんで頭からこんなに血が……?」
持続的に鈍痛が鳴り響く頭で、どうしてこの現状に至ったのか思い出そうとするも、間髪を入れずに襲ってくる痛みが、思考をしつこく邪魔してくる。
「確か、
記憶が途切れる寸前まで振り返ると、近くにゴーニャが居ない事に気がつき、慌てて辺りを見渡した。
しかし、見返せどもどこにもゴーニャの姿は無く、焦りと不安を募らせ始めた花梨の呼吸が、みるみる内に早くなっていく。
「……ゴーニャ? ゴーニャっ? ゴーニャ!? どこにいるの!? 返事をして!!」
ゴーニャの名前を叫んでから耳をすませてみるも、聞こえてくるのは温泉街から流れてくる耳障りな罵声と甲高い奇声、助けを求める弱者の
悪い予感と最悪の結末が頭を駆け巡り、それらに呼応するかのように、花梨の心臓がドクンと大きな脈を打つ。
「まさか、ゴーニャに何かあったんじゃ……。と、とにかく探さないと!」
頭から流れている血と痛みの事を忘れ、ふらついた足取りで立ち上がる。
首に掛かっていたタオルで、手に付着している血を雑に拭き取り、無秩序が支配する大通りへと出て左右を見渡した。
「どこを探せばいいんだ……。とりあえず居酒屋浴び呑みに行ってみよう」
探す場所を決めた花梨はなるべく大通りに出ないよう、建物の壁際に寄り、居酒屋浴び呑みに向かって走り始める。
向かっている途中にも大通りにゴーニャがいないか目を配り、飛んでくる火球やツララを難なく
シャッターが閉まっている焼き鳥屋
そのまま大きな音を立てながら雑に扉を開けると、金棒を構えて立っていた茨木童子の
「酒天さん! ゴーニャ見ませんでした!?」
突然である花梨の大声により、店に居た客や店員が全員何事かと思い、声がした入口に視線を送る。
酒天も金色の目を丸くし「えっ、花梨さん?」と声を漏らすも、頭から流れている血を目にするや否や、呆気に取られていた表情が驚愕したものへと変わった。
「ちょっ、花梨さん頭か血ぃ流してるじゃないっスか!! いったい何があったんスか!?」
「そんな事はどうでもいいですから、ゴーニャを見ませんでしたか!?」
「ご、ゴーニャちゃんっスか? 見てないっスけど……、いいから早く店の中に入ってください! おいてめぇら! 急いで店にある救急箱を全部持ってこい! さっ、手当をするので中へ……、花梨、さん?」
一旦扉から目を離して取り巻き達に指示を出した酒天が、再び扉に目を向けるも、そこには花梨の姿は無く、代わりに数滴の血痕が地面に点々と落ちていた。
すぐさま満月の光が当たらないよう顔だけ店の外に出し、大通りを見渡してみる。
すると、
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「だ、ダメだ。居酒屋浴び呑み以外の店はどこも閉まってるや……」
居酒屋浴び呑みから立ち去り、二十分以上が経過した頃。
暴徒が
明かりが点いている永秋を見上げると、永秋の中も確認してみようかな……? もしかしたら、ゴーニャが先に帰って来ているかもしれないし……。と、あらぬ期待を寄せ始める。
そう決めて息が整わないまま立ち上がり、永秋に入ろうとした途端。ポケットに入っていた携帯電話から着信を知らせる音が鳴った。
その音を耳にした花梨は、瞬時にゴーニャからの電話だと悟り、画面を確認せず慌てて電話に出る。
「ゴーニャ? ゴーニャなの!?」
「か、花梨っ!!」
携帯電話から聞こえてきたのは、どこを探しても見つけれらなかったゴーニャ本人の大きな声であり、その声は嬉々として弾んでいた。
念願であったゴーニャの声が聞け、無事である事を確認出来ると、花梨の緊張の糸が一気にプツンと切れ、目に熱い涙が溜っていく。
そして、強い安堵感と喜びに心が包み込まれ、口が震えて返事が出来ないでいる中。メリーさんに意識を奪われたゴーニャの声が携帯電話から聞こえてきた。
「私、メリーさん。いま、ぐぅっ……!!」
「……ゴーニャ? ゴーニャ!? どうしたの!?」
「か、身体が……、熱いっ……」
「身体が……? ま、まさか……」
苦しみに
左胸を鷲掴んだ花梨は、まさか……、ゴーニャも今、外にいる? じゃあ、いったいどこに? そもそも、なんですぐに電話をしてこなかったんだろう……。もしかして、今まで電話が出来ない状況下に、居た? と、推測を始める。
ゴーニャの生存確認は出来たものの、未だに危機的状況に置かれているには変わりないと嫌な焦りを募らせた花梨が、声を荒げて話を続ける。
「頑張ってゴーニャ! 今どこにいるの!?」
「い、いま……、ススキ、畑に―――」
「あっ、居た! テメェ誰に電話してやがる!!」
「キャアッ!」
不意に割り込んできた怒り狂っている男の声と、ゴーニャの叫び声が聞こえたと同時に、電話から不快なノイズが混ざり始める。
唐突である第三者の出現に花梨は、全身に流れていた血液が一瞬にして凍りつき、顔から血の気が引いていく。
血の気が引いた顔はみるみる内に青ざめていき、携帯電話を持っていた手が、小刻みにカタカタと震え出した。
「ゴーニャ、どうしたの!? 今の声は誰!? そこに誰がいるの!? 答えてゴーニャ! ゴーニャッ!!」
「クソが、こんな物ぶっ壊してやる!」
「や、やめてっ……! 壊さ―――」
花梨が必死になって応答するも、ゴーニャが何かを止めようとする声と重なり、耳をつんざく激しい衝突音みたいなノイズが走り、そのまま強制的に通話が途切れた。
鼓膜が破けそうな程強いノイズに、花梨は一旦耳から携帯電話を遠ざけるも、すぐさま耳に当て直し「ゴーニャ、ゴーニャ!?」と、何度もゴーニャの名前を叫ぶ。
しかし携帯電話から聞こえてくるのは、通話が終了した時に流れる音だけであり、理解が追いつかぬまま絶句した花梨は、全身に力がまったく入らなくなり、携帯電話を持っていた腕をダランと垂らした。
「今の男の声、いったい誰なの……? なんで、ゴーニャと一緒に、いるの……?」
酷く錯乱し、砂嵐が流れている頭の中に、突然フラッシュバックするかのように気を失う直前の映像が流れ始めた。
目線の先には、血が付着した太い木の棒を持って立っている細身の鬼。その少し後ろに、暴れているゴーニャを肩に置き、だんだんと遠ざかっていくガタイのいい鬼の後ろ姿。
そして目の前には、二人を止めようと差し伸ばしている自分の震えた腕。
全ての経緯を完全に思い出すと、花梨の瞳から光が消え失せていき、膝を崩して地面に突いた。
「ま、まさか……、ゴーニャは、あの二人組の鬼に、
頭の中がグチャグチャにかき混ぜられたような痛みを覚え、眩暈を起こして胃の底から酸味を帯びた不快感が押し寄せ、乾いた食道を逆流していく。
思わず吐き出しそうになった花梨は、慌てて両手で口を抑え、逆流してきた不快感を無理やり押し返して飲み込んだ。
「ハァハァ……。あの二人組の鬼、よくもゴーニャを……。許さない!」
光を失った瞳に再び鈍い光を宿らせると、今まで
育ち始めたツボミから純粋な憎悪が湧いてくるも、花梨にはその初めて感じる感情が何なのか理解出来ず、知らず知らずの内に受け入れてしまった。
そして、奥歯をギリッと噛み締めてから立ち上がると、ゴーニャが最後に言い残した場所であるススキ畑を目指し、全速力で走り始めた。
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