4話-2、妖狐しか働けない神社が故に

「わっわっ! なにっ!? なにこの煙!?」


 突如、足元から湧いてきて全身を覆い隠した煙のせいで、目の前が真っ白になり、慌てた花梨が必死になって煙を手で仰ぐ。

 その抵抗もあってか視界が徐々に晴れていき、煙が完全に無くなると、目の前に口元を隠して微笑んでいるかえでの姿が現れた。


「ほっほっほっ、上出来じゃ。その姿なかなか似合っておるぞ」


「に、似合ってる? ……おおっ!? 私の服が巫女服になってる!」


 似合っていると言われた花梨は、目線を自分の体に移してみると、先ほどまで着ていた私服が、楓が着ているような清楚な巫女服に変わっていた。

 まるで魔法を掛けられたような気分になった花梨は、子供のようにはしゃぎながら興奮し始める。


「わーっ、すごいすごいっ!」


「その髪飾りにワシの力を少し送っておいた。どうじゃ、気に入ったか?」


「はい! とっても気に入りました!」


「そうかそうか、狐の耳と尻尾も気に入ってくれたか。それはよかった」


「ええ! 狐の耳と尻尾も気に入り……、んっ? 狐の耳と、尻尾……?」


 巫女服姿に浮かれてた花梨は、楓の意味深な発言を聞き逃そうとしたが、嫌な違和感を覚えて我に返る。

 そして、確かめるように両手を頭の上に持っていくと、ふわっとした感触の突起物にぶつかり、何事かと思って眉をひそめる。


 その突起物を吟味するように触ってみると、三角形で全体的にモフモフとしており、強く握ると体がくすぐったくなって全身がブルっと震えた。


 一旦頭の上にある突起物の事を忘れ、今度は確信たる違和感がある尻の方に両手を運ぶ。

 その違和感が強い部分に両手を持っていくと、やはり手が何かにぶつかり、眉間のシワが深まっていく。


 頭の上にあった突起物よりも感触は柔らかく、どうやらかなり長いようで、その正体を確かめたくなった花梨は、恐る恐る後ろを振り向いた。


 手で握っている物の正体を見てみると、楓の物よりは少し小さいものの、しっかりとした毛並みの大きな狐の尻尾のようで、そこで花梨の体が完全に硬直した。

 しばらくその狐の尻尾を眺めた花梨は、口角を上げてヒクつかせながら楓の方を向き、震えた声で喋り始める。


「あ、あのっ? 私の頭とお尻から、何か生えているようなんですが……」


「言ったじゃろう? なかなか似合っておるぞと。ほれ、見てみい」


 楓が、近くにあった小石を拾って花梨の目の前に放り投げると、地面に落ちた瞬間、その小石が白い煙に包まれて全身鏡に姿を変えた。

 嫌な予感しかしていない花梨が、全身鏡で自分の姿を恐る恐る頭から確認してみると、頭からは少し長い狐の耳が生えている。


 オレンジ色だった髪の毛の色も、楓と同じような金色に変わっている。

 ポニーテールの先だけが白くなっていて、頭から狐の尻尾が生えてるような印象を受けた。


 瞳の色も同じく金色に染まっており、人の目というよりも、獣のような鋭い目になっている。

 下半身に目を向けると、自己主張するかのように背後から狐の尻尾が、チラチラとその姿を覗かせてきている。


 改めて全体像を確認してみると、見慣れた人間姿の自分では無く、震えた手で全身鏡を指差しながら驚愕している、一人の妖狐が映り込んでいた。


「こ、これって……私? えっ? 私、妖狐になっちゃったの!?」


「ここで働く以上は、その姿でやってもらうぞ。髪飾りにワシの力を少し送り込んだから、物を変化へんげさせることぐらいならできるハズじゃ」


「な、なにそれ面白そうっ! どうやるんですか!?」


 刺激的な言葉を耳にした花梨は、好奇心旺盛に狐の耳をピコピコと動かし、目を輝かせながら楓に迫った。

 まったく動じていない楓が、淡々と説明を始める。


「簡単じゃ、適当な物を持って変化させたい物を頭に思い浮かべればよい。それが、鮮明かつ繊細に想像できればできるほどちゃんと想像した通りの物になり、逆に大雑把で適当に想像すればするほど歪んだ失敗作になる。元に戻したい時は「戻れ」と言えば、勝手に元に戻る」


「ほうほう……。っと、言うことはもしかして、そこら辺に落ちている石を食べ物に変えて食べることも!?」


「できるが、例えば石を餅にでも変えてみよう。それを完食してから変化を解くと、どうなると思う?」


「あっ、胃の中に石が……」


「そうなる。しかも、味までは流石に変える事はできん。石が美味いと思えるのなら、話は別じゃがの」


 無限に料理を食べられると思っていた花梨は、心底残念に思ったのか、狐の耳と尻尾を垂れ下げながら「ちぇー」と、文句を放った。

 二歩後ずさりした楓が、嘲笑うかのように鼻で笑ってから話を続ける。


「食いしん坊じゃのう。それより、そろそろ仕事の方をやってもらうぞ。……そうじゃな、午前中は境内の掃き掃除でもしてもらおうかの」


「了解です! あの、掃除道具はどこに?」


「何を言っておる。その辺の石でも掃除道具に変化させて自分で調達せい」


 その言葉を聞いた花梨は、先ほどの説明を思い出し、なるほど! と、感心しながら手を叩いた。

 そして、目の前に落ちていた石を拾い「境内を掃除するなら竹箒たけぼうきがいいかな」と呟き、目を瞑って竹箒の形、大きさ、色など頭の中で細かくえがいていく。


 その描いた物が完成すると、持っていた石が白い煙に包まれ、自分の身長よりも少し小さい緑色の竹箒へと姿を変えた。


「で、できたっ! すごい、石が竹箒になった!」


「ほう、最初にしては上出来じゃな」


「ありがとうございます! よーし、この調子でチリトリも……」


 同じ要領で境内の雰囲気に合わせ、既に慣れた手つきで、木で作られた四角いチリトリをこしらえた。


「できた!」


「よろしい、それじゃあ人通りが少ない場所を掃除しといてくれ。参拝客が近くを通ったら、掃除をやめて会釈えしゃくするようにの」


「分かりました!」


 説明を受けた花梨は、石を変化させた竹箒とチリトリを両手で抱え、人通りが少ない所を探しながら境内いる参拝客の中へと溶け込んでいった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「さてと、人の少ない所はっと……。ここいらでいいかな」


 人通りの少ない場所を見つけた花梨は、楓から指示を出された通り、周りで掃き掃除をしている妖狐同様、自分も一人の妖狐として掃き掃除を始めた。

 山が近くにあるせいか、掃いても掃いても彩り鮮やかな落ち葉は無くならず、気のせいか掃いた後よりも落ち葉の量が増えているように思えた。


「あー、落ち葉の量がすごいから、すぐにチリトリの中身が一杯になっちゃうなぁ。……そういや、どこに捨てればいいんだろ?」


 落ち葉が敷き詰められたチリトリの中身を見て、疑問に思った花梨は、質問をする為に近くで掃き掃除をしていた妖狐に歩み寄っていく。


「すみませーん、落ち葉ってどこに捨てればいいですかね?」


「んっ? ああ、後で参拝客に焼き芋を振舞う時に使用するので、邪魔にならない場所に山にしておいてくれればいいですよ」


「焼き芋っ! いつやるんですか!?」


 焼き芋と聞いた花梨は、耳と尻尾をピンッと立てながら質問をした妖狐に詰め寄り、その妖狐が困惑した表情で、少し仰け反りながら話を続ける。


「ち、近い……。えっと、三時頃からやりますよ。余ったら従業員も食べられますから、ね?」


「三時、三時……。分かりました、ありがとうございます! よーし、掃き掃除頑張るぞー!」


 焼き芋という楽しみが出来た花梨は、張り切りながら掃き掃除に戻り、気合いを入れて落ち葉をかき集めていった。

 途中、参拝客が近くを通ると掃除をやめ、前を通る参拝客に会釈も忘れずにおこない、再び掃き掃除に戻る。


 掃除を始めてから二時間以上が経ち、太陽が空のど真ん中を陣取り始めた頃には、自分の背丈よりも高い落ち葉の山を三つ以上作り、その山を見上げながらため息をついた。


「張り切ってすごい集めたけど、まったく落ち葉が減らないなぁ。これじゃあキリがないぞ……」


「すごい集めたのお、そろそろ休憩したらどうじゃ?」


「あっ、楓さん、お疲れ様です! まだ全然いけますよ!」


「元気があってよいのお。だが、休憩も仕事のうちじゃ。一旦昼休憩に入るがよい」


「う〜ん……、分かりました。それじゃあお言葉に甘えて、お昼ご飯を食べに行ってきます」


 そう言った花梨は、持っていた竹箒とチリトリを元の石に戻し、邪魔にならない所に放り投げた。

 そして、ご飯が食べられるであろう『定食屋付喪つくも』を目指し、妖怪達で賑わっている温泉街に向けて歩き始めた。

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