4話-1、妖狐神社の手伝い
今日の始まりを知らせるように、窓から眩しい朝日が差し込む朝の七時頃。
枕元にある携帯電話から、目覚ましのアラーム音がけたたましく鳴り始め、花梨の部屋内に響き渡る。
目を覚ました花梨の右腕が、すぐにその音を消して布団の中に引っ込み、五分後に再びアラームが鳴り始めては消すの応酬が七時十五分まで続いた。
丁度、朝食の用意をしに部屋に訪れていた女天狗のクロが、その光景を十分ほど眺めた後、「こりゃ、私が起こさないと遅刻するな……」と、呆れ返る。
そして、右手におたま、左手にフライパンを持ち、ベッドの前に立ってからニヤリと笑い、それらを持っていた両手を挙げた。
「花梨! ほらっ、起きろー!!」
おたまとフライパンを力強く叩きながら大声で叫ぶと、寝ていた花梨が驚きながら慌てて飛び起きた。
「ぬおおおっ!? な、なにっ、なんなの!? 敵襲!?」
起きたばかりで状況がまったく把握出来ていない花梨が、ひっきりなしに部屋内を見渡した。
忙しく回る景色の中に、右側に居た腰に手を当てて呆れた表情をしているクロが目に入ると、安心したのか再び睡魔に襲われ始める。
「……あっ、クロさん、おはようございます」
大きなあくびをしている花梨を見て、鼻でため息をついたクロが口を開く。
「おはよう、呑気だな」
「いやー、朝起きるのが非常に苦手でして……」
頭を掻きながら「へへっ」と花梨が苦笑いすると、半目で花梨を睨みつけたクロが、ニヤニヤしながら話を続ける。
「ほーう、朝起きれないのか。いい事を聞いた。こりゃ明日から張り切らないとな」
「はっはははは……、お手柔らかにお願いします……」
「それはお前の努力次第だな。それより、八時にぬらりひょん様の所に行くんだろう? 早く支度しな。テーブルの上に朝ごはんを置いといたから、ちゃんと食ってけよ」
「あっ、はーい。ありがとうございます!」
部屋から出ていくクロを見送った花梨は、急いでベッドから降りて歯を磨きながら私服に着替え、口の中を水で洗い流して顔を洗う。
テーブルの上を見てみると、卵とハムとレタスが挟んであるサンドイッチが置いてあり、にんまりとしながら口に運んだ。
卵の中にカラシが多めに入っているようで、その辛さがちょうどいい眠気覚ましになった。
「皿は……、夜ご飯を食べ終わったら一緒に返しに行こうかな」
食事処で働いている女天狗の作業が楽になるようにと、脱衣場で皿を洗ってからタオルで拭き、テーブルの上に置いた。
まだ眠気が残っている体を伸ばし、気だるさを全て吹き飛ばしてから自分の部屋を出て、ぬらりひょんがいる支配人室へと向かっていった。
「おはようございまーす!」
支配人室の扉を開けながら挨拶をして中に入ると、眼鏡をかけて一枚の紙を眺めていたぬらりひょんが、書斎机の目の前まで来ていた花梨に目を向ける。
「おはようさん、ちゃんと時間通りに来たな」
「よかった〜。クロさんに叩き起されてなかったら、危なかったです」
「ふっ、まあいい。でだ、花梨よ。早速だが今日から温泉街にある店の手伝いをしてもらうぞ」
「待ってました!」
「説明を始める前に、お前さんにこいつを渡しておこう。受け取れ」
そう言ったぬらりひょんは、先程まで自分が見ていた紙を花梨に差し出した。
「これ、は?」
「この温泉街の地図だ。お前さんが今後行くであろう店に名前を振っておいた」
花梨は地図に目を通してみると、
居酒屋浴び呑み、焼き鳥屋
「んでだ、今日は『妖狐神社』の手伝いをしてきてもらう。駅のすぐ右側にあるだろう?」
「あー、私がここに来て一番最初に教えてくれた建物ですね」
「ほう、覚えておったか。なら話は早い。妖狐神社で「
「分かりました、それじゃあ行ってきます!」
そう説明された花梨は、受け取った地図を小さく折りたたんでポケットの中にしまい込み、支配人室を後にする。
紅葉が舞い散る温泉街に降り立ち、どこか懐かしさを感じる景色を堪能しながら花梨は、「楓」という聞き覚えのある名前を思い出そうとするも、思い出せずに悩みこんでいた。
難しい表情をしながら歩いていると、和服を着た子供が、土埃を巻き上げながら花梨の横を猛スピードで横切り、人混みの中に消えていった。
「はやっ! ……今の子は確か、座敷童子堂にいた座敷童子さん、だったかな?」
横切っていった座敷童子のせいで、思い出し始めていた事を忘れてしまい、再び頭を悩ませながら歩いていると、気がついたら妖狐神社がある大きな鳥居の前まで来ていた。
その大きくて立派な赤い鳥居をくぐり抜け、参拝客が行き交う
境内に入って辺りを見渡してみると、真ん中の通りには、凛々しい狐の像が道を挟んでお互いを睨み合っており、奥までズラっと等間隔に並んでいる。
境内の左側と右側に様々な店や建物があり、左側にはおみくじや破魔矢、葉っぱの髪飾りなどが売られている出店がある。
出店の更に左側は竹林になっていて、奥の方に「
境内の真ん中辺りには
その常香炉の周りには参拝客で賑わっており、自分の体に向かって煙を仰いでいる姿が伺えた。
奥に進んでいくと、
その本殿にある中央階段の左側で、花梨に向かって手招きをしている女性の妖狐を見つけ、あの人が楓さんかな? と、予想しながら歩み寄っていった。
「すみません。えっと……、あなたが楓さんでしょうか?」
「そうじゃ。ワシがこの妖狐神社を仕切っておる宮司の楓と申す。お主が花梨じゃな」
「はい! 秋風 花梨と言います! よろしくお願いします!」
自己紹介を済ませた花梨が、この喋り方、どこかで聞いたような……。と、モヤモヤした気持ちを深めながら改めて楓の姿を確認してみた。
艶やかな気品のある面立ちで、髪色は金色で毛先が白いロングヘヤー。頭の上にはピンッと立った狐の耳が生えていて、時折ピクっと動いている。
パリッとした清楚な巫女服を着ており、背後からは手入れが行き届いた大きな狐の尻尾を覗かせていた。
口元を隠して妖しく笑っていた楓が、花梨の姿をまじまじと眺めてから口を開いた。
「ふむ、お主と会うのはこれで二度目じゃの」
「えっ? どこかでお会いしましたっけ?」
「ああ、あの時は化けておったからな。これでどうじゃ」
楓がそう言うと、足元から突然白い煙が出現し、螺旋状に回りながら楓の全身を覆い隠した。
そして、その白い煙が霧散していくと、中からどこか見覚えのある駅員が姿を現し、かぶっていた帽子のつばを掴んで目元を隠した。
「ほれ、これならどうじゃ?」
「あーーっ!! 思い出した! 駅事務室にいた駅員の一人ですね!」
「ふっふっふっ、やっと思い出したようじゃの」
駅員姿に化けた楓は、再び白い煙に包まれ、元の妖狐姿に戻ってから話を続ける。
「すぐに怯えて逃げ出すと思っとったが、どうやら予想はハズレたようじゃな。それじゃあ早速、手伝いをしてもらおうかの」
「了解です、今日一日よろしくお願いします!」
「うむ、よろしく。始める前に一つ、言っておく事がある」
「はい、なんでしょう?」
そう言った楓が、境内で各々の仕事をしている妖狐に向かって手をかざす。
「ここの神社の名前は『妖狐神社』、その名の通り妖狐達が働いておる。言っている意味は分かるな?」
「は、はあ……」
「で、いかんせんこの神社も広いが故、従業員も多く雇っておる。が、妖狐不足により、現在半数以上は他の妖怪が妖狐に化けて働いておる」
「……はい」
「まだ分からぬか、とりあえずこれを頭に付けよ」
楓は巫女服の袖から、先ほど売店で見た葉っぱの髪飾りを取り出してから花梨に差し出し、言われるがまま頭に付けた花梨が、恐る恐る質問を返した。
「つ、付けましたけど、この後どうすれば……?」
「まあ待て、すぐに終わる」
そう言いながら楓は花梨の頭に手をかざし、ボソボソと呟き始め、その呟きをやめた瞬間「はっ!」と声を発した。
それと当時に花梨の足元から白い煙が現れ、
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