8話-6、始まりと終わりの酒

 純米酒ゾーンを花梨が、蒸留酒・洋酒ゾーンを酒の味見を終えた酒天しゅてんが、蒸気を止めて拭き掃除をし、清酒・どぶろくゾーンで合流した後、二人で仲良く会話を楽しみながら拭き掃除をおこなった。


 拭き掃除を全て終えた頃には、花梨が飲んでいた剛力酒ごうりきしゅの効果と副作用が切れ、懐かしささえ感じる元の人間の姿へと戻っていた。

 日はすっかりと落ちて辺りは暗くなり、居酒屋浴び呑みの店内では、中途半端な数の百鬼夜行が酒の飲み、ツマミを貪りながらどんちゃん騒ぎをして賑わっている。


 仕事の手伝いを全て終えた花梨を見送る為に、稼ぎ時で手が離せない酒羅凶しゅらきの代わりに、騒がしい店内から酒天が出てきて、にんまりとしながら口を開いた。


「花梨さん、今日一日お疲れっス! はいこれ、日給っス」


 酒天から茶封筒を手渡された花梨は、中身を覗いて見ると、一万円札が二枚と、居酒屋浴び呑みで使える全品半額割引券(一枚五品まで)が十枚入っており、嬉々としながら、今日の成果をポケットの中にしまい込んだ。


「それと、超特濃本醸造酒ちょうとくのうほんじょうしゅもどうぞっス。ぬらりひょん様や永秋えいしゅうのみんなと一緒に飲んで下さいっス」


「わあ~、嬉しいっ。ありがとうございますっ!」


「っと、あとこれも。剛力酒ごうりきしゅも記念にどうぞっス」


「ゔっ……、あ、ありがとうございます」


 口をヒクつかせた花梨は、今日全ての始まりである、赤いひょうたんに並々と入っている剛力酒と、今日の終わりを告げた至高の一品である、超特濃本醸造酒を同時に受け取る。

 始まりの酒と終わりの酒を、交互に見ながら喜びと悲しみを打ち消し合い、どっちつかずの感情の中、静かに苦笑いをした。


「剛力酒っスけど、一滴飲むだけでも五分程度は効きますからね。あまり飲みすぎないよう、注意するっスよー」


「思いっきり二口飲んだら、丸一日効いていましたからねぇ……。気をつけます」


「それじゃあ、今日はありがとうございました! また機会があれば、一緒に働きましょー!」


「はいっ! こちらこそ、今日一日ありがとうございました!」


 花梨は両手に酒を抱えつつ、にんまりとしながら手を振っている酒天に一礼をし、今日一日お世話になった居酒屋浴び呑みを後にする。

 人間の姿に戻れたはいいが、茨木童子の姿の時にしこたま飲んだ酒が、まだ体から抜けていなかったのか酒が一気に回り始め、だんだんとほろ酔い気分になっていった。


 千鳥足で就いた帰路は上機嫌で、目に入り込んでくるぼんやりとした提灯の灯りが、様々な光を放っているホタルのように見え、温かくも儚く輝いている。

 酔いが完全に回ったのか、頬と耳の先が真っ赤に染まっていき、リズムがおかしい鼻歌を歌い始める。


 ふらつく足で永秋えいしゅうの支配人室まで戻ると、居酒屋の席で上司に今日は無礼講だと言われ、酒が入ってタガが外れた部下のような振る舞いで、ぬらりひょんにいつもの報告をした。


「でね~、その蒸溜酒・洋酒ゾーンってのが、またすっごくってさぁ~。お酒臭い蒸気のせいでぇ、前がほっとんど見えなかったんだよねぇ~」


「ああ、うん、そうか……。お前さん、酔っとるだろ?」


「んにゃ〜? じぇんじぇん酔ってましぇんよぉ〜、ヒック……。あっ、そうだぁ。とっても美味しいお酒を貰ってきたんだぁ〜。よかったらみんなで飲んでくだしゃいって〜」


 終始にへら笑いをしている花梨は、おぼつかない両手で、超特濃本醸造酒を書斎机の上に乱暴に置き、呆れ返っているぬらりひょんの元へと滑らせる。

 その酒を見たぬらりひょんが、「ほうっ?」と声を漏らし、興味を示しながらそそくさと蓋を開ける。


 酒の匂いを鼻元に運ぶようゆっくりと手で仰ぎ、舐めるようにその匂いを堪能すると、ニヤッと口角を上げた。


「ふむ、こりゃあ良い酒だ。早速、一杯しゃれこむとしよう。……んっ? お前さんが持っとるその赤いひょうたんには、何の酒が入っとるんだ?」


「んあっ、こっちぃ〜? すっごい力持ちになるんだけどぉ〜、副作用で茨木童子になっちゃうんだよねぇ〜」


「ほう、そりゃいいじゃないか。今後もかなりその酒にお世話になるだろうな」


 その言葉を耳にした花梨は、口を尖らせながら「え〜、そんなにいっぱい茨木童子になるのぉ〜? 恥ずかしいからやだぁ〜……」と、眉をひそめ、大きなあくびをついてから目を擦った。

 心地のよい眠気が襲いつつある中、女天狗のクロが扉をノックしないで、両手に料理を持ちながら支配人室内へと入ってきた。


 その両手には、揚げたての唐揚げ、熱い湯気を立たせているシュウマイ、塩気が効いているフライドポテト。

 鮮度が良さそうな刺身の盛り合わせ、枝豆や冷奴ひややっこ、ドレッシングが掛かっている大根サラダなどがあり、書斎机の上に次々と並べていく。


「ああ〜っ、また飲む気だなぁ〜。朝も飲んでたじゃんかぁ〜」


「ふっふっふっ。こんな上等な酒を貰ったからには、飲まないワケにはいかんだろうて。明日は朝の八時にここに来い、以上だ。クロ、この酔っ払いを部屋まで連れて行ってやれ」


「へいへい。ほら花梨、おんぶしてやるから背中に乗れ」


「ん〜……」


「おっ、思ってたよりずっと軽いな。それじゃあ、しっかり掴まっていろよ」


「んっはぁ〜。クロしゃん、とってもいいバラの匂いがするぅ〜」


 軽々と花梨を背負ったクロは、「それではぬらりひょん様、失礼します」と、言いながら軽く一礼をし、支配人室を後にして花梨の部屋へと向かっていった。

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