100話-5、我らが総大将

「あの女狐めェェエエーーッッ!! 散々我をコケにしやがって! 絶対に生かしちゃおかねェッッ!!」


 濡れた大地を揺るがす大怒号と共に、大嶽丸おおたけまるの全身から薄黒いオーラが噴出し、空を覆う黒雲を鋭く穿っていく。


茨園いばらぞのよ。今」


「へっ!? もうですか!? わ、あっ!」


 予想せぬ楓の合図に、身構えていなかった茨園が、慌てて両手で耳を塞ぎ、急いで両目を瞑る。

 その黒雲を穿つ憎悪が宿ったオーラは、やがて黒雲と混ざり合い。かえでを消し飛ばさんと数多の大轟雷へと変わり、草原に降り注いでいった。

 大轟雷が落ちた箇所は、目が眩む閃光を放ちつつ草を一瞬で消滅させ、剥き出しになった土は地中深くまで抉れ。

 尖った岩の近くに落ちれば、落ちた際に放たれた衝撃波により、岩が軽々と爆散していく。

 

 一度当たれば致命傷を避けられない大轟雷は、暴風雨の如く荒れ落ちるも、結界を張った楓は涼しい表情を保っており。

 隣に居る茨園は、終末を迎えた景色に一切目もくれず、己の聴力や視力を失いたくないと、必死になって目と耳を守っていた。


「ヒィイイーーっ!? 鼓膜が壊れちまそうさね!」


「ほっほっほっ。これが小童の本気か。ワシと対峙した時より、何倍も煩くなっておるのお」


「その耳障りで小汚い声! そこかァァアアアッッ!!」


 頞部陀あぶたの極寒に晒されていたせいか、大嶽丸も視力が落ちていたようで。

 煩わしい声で楓が近くに居ると判断した大嶽丸は、魂ごと消滅させんと、声がした場所に大轟雷を集中的に浴びせていく。

 しかし、楓が張った結界へ落ちる前に、全ての大轟雷が縦に避け、火花と化し散り散りに霧散していった。

 大轟雷の雨が一時的に止み。閃光により色を失っていた視野で、楓が軽く見上げてみれば。結界の上に、短刀を掲げたぬらりひょんが居て、見上げていた楓を見下げていた。


「ほう? あの雷を全部斬ったか。やるのお」


「褒めても何も出んからな。それより楓。今の攻撃、お前さんの結界でも耐え切れたか怪しいぞ」


「無論、承知の上じゃ。一枚だけなら、数発で破壊される威力じゃった。しかし、過信や慢心はしとらん。数万層に重ねて張っておるし、瞬時に張り替えられるから、小童の力量では突破不可能じゃ。なのでお主は、ワシらを気にせんでいいぞ」


「そうか、ならいい。引き続き、茨園を頼むぞ」


「御意」


 総大将から受けた責務を果たさんと、護りに超特化した楓の決意と態勢に、ぬらりひょんは野暮な助けだっと安堵し、結界から飛び降りた。


「テメェーーッ!! 邪魔をすんじゃネェエエエーーーッッ!!」


 数分で焼け野原と化した草原に、降り立とうとしたぬらりひょんを着地狩りせんと、足が地に着く直前を狙い、ぬらりひょんに雷撃を落とす。

 しかし、結果は先ほどと変わらず。直撃する寸前、雷撃は真っ二つに裂け、ぬらりひょんの両足元の地面を抉るだけだった。


「どうやら、凍てついた体が温まってきたようだな。その開いた耳で、よく聞け。小僧。死に土産に、ワシの愚痴を持っていかせてやる」


「ウルセェエエエーーーッッ!!」


 開いた耳で聞く耳を持たず。憎悪の矛先をぬらりひょんへ定めた大嶽丸は、直撃は無理だと悟り。

 やや離れたぬらりひょんの四方へ、極太の轟雷を落とし。その四本の轟雷から、真横に走る雷撃をぬらりひょんに飛ばすも虚しく。

 全ての雷撃に一文字の亀裂が滑り、標的を失った雷撃は枝分かれ状の稲光と変わり、やがて薄く霧散していった。


「秋国に、長年隠世かくりよが抱えた問題を解消させ、歴史に名を刻む偉業を成し遂げた者が居る。その名は辻風つじかぜという、医療に精通したカマイタチだ」


 死に土産の愚痴を始めるや否や。ぬらりひょんの足元から、万物を蒸発させん業火の旋風が巻き起こり、ぬらりひょんを全身を覆い隠していく。


「小規模じゃが、ワシが放った攻撃を真似たか」


 が、業火の旋風が天へと届く前に、縦一閃の筋が入り、流れを変えられた旋風が一気に弱まっては、辺りに四散していった。

 当然、業火に当てられたぬらりひょんは無傷で立っていて、一瞬にして乾いた和服が暴風雨に晒され、再びずぶ濡れ状態になっていく。


「成し遂げた偉業は、満月の光用の特効薬の開発。妖怪なら、体の大きさや構造など関係無く誰にでも効き、一粒飲めば丸一晩その効果が持続する。もちろん、副作用は一切無い」


「ガァァアアアアアーーーッッ!!」


 ぬらりひょんの死に土産を拒否せんと、大嶽丸は両手を掲げ。ぬらりひょんの頭上に、巨大な水塊を生成し、地上に向けて落下させようとするも。

 ぬらりひょんは作業的に、短剣を空に突き上げ、その際に発生した風圧のみで水塊を貫いては破裂させ、滝のような大粒の雹を辺りに降らせた。


「満月の光は、隠世かくりよに住む誰しもが、長年に渡り頭を悩ませていた問題の一つだ。店を持つ者なら、その日だけ止むを得ず休業し。対抗し得えぬ者は、月光を浴びぬよう身を潜め、怯えながら一晩を明かす他なかった」


「クソガァアアアアアーーーッッ!!」


 がむしゃらに攻撃を続ける大嶽丸の次なる手は、命の灯火を容易に飲み込む、高さは優に十メートルを越す大津波を放つものの。

 ぬらりひょんは何も言わず、短剣を縦に振り下げ、迫り来る大津波を、まるで薄紙を切ったかのように真っ二つに裂き。

 二方向へ分かれた大津波は、ぬらりひょん達を避けながら横切り、焼け野原に高速で流れる大海を作っていった。


「当然、秋国も似た処置を色々取っていた。日没の二時間前まで通常営業。以後、客と従業員は外出禁止。被害を最小限に抑えるべく、ワシや楓が温泉街全域に結界を展開。それでも稀に、温泉街を脅かす被害は出ていた。ワシの大切な仲間や、愛娘にも牙を剥いた。ワシは憤りを抑えられず、過ちを犯そうとした日もあった。しかし辻風は、二十四年もの歳月を重ね、己の身を酷使し続けて、ようやくその特効薬を完成させた」


「ウルセェッテイッテンダロウガァアアアーーーッッ!!」


「煩えのは、てめえの方だ。少しは黙って聞け」


 話をまったく聞かぬ大嶽丸に、ぬらりひょんはついに怒りをあらわにさせ、短剣をゆるりと振り下げ、無防備な大嶽丸の左足を綺麗に切断した。


「ガッ……!?」


 見えぬ斬撃に左足を吹っ飛ばされた大嶽丸は、突如として湧いた鋭く耐え難い苦痛に顔を歪め、バランス失い、思わず片膝を地に付いた。


「そうそう、あのとんでもない斬撃よ。あたしもアレに助けられたんさね。いやぁ、懐かしいねえ。ほんと、惚れ直しちまうよ」


「しかし、底が計り知れん威力じゃのお。下手すれば、この結界を一発で突破されかねん」


 それでも、ぬらりひょんはまだ実力の二、三割程度しか出していないだろうと分析した楓は、本気を出した金雨きんう銀雲ぎんうんでも、今のぬらりひょんに弄ばれるじゃろう。流石は、我らが総大将といった所じゃな。と、仙狐如きでは相手にすらならないと判断し、心の中でほくそ笑んだ。






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次回の投稿は8/23になります。

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