第31話 魔力タンク完成

 さて、魔力タンクを作るにあたって、俺達はCランク相当の魔石を20個とアルミニウム2キロを購入した。

 魔石が乾電池よろしく魔道具の動力源になっているように、魔石には魔力を貯める性質があるからだ。

 ただ、実は魔力なら何でもいいという訳ではない。なんと、通常の魔石は再利用ができないのだ。厳密には、再利用は理論上不可能ではないが、魔石を使うほぼ全ての人間には難しいのだ。

 魔石は魔物の魔力の結晶体である。人間でも人によって魔力の波形に違いがあるように、魔物にも指紋のように一個体につき一パターンの魔力の波形があるのだ。

 つまり、魔石から魔力を取り出して使う以上、魔石の魔力はその一つ一つが微妙に異なった波形を持っていることになる。そのため、魔石を充電ならぬ充填したいのなら、魔石の持つ波形に合わせて魔力を送り込んでやらねばならないのだ。そしてそんな器用な真似ができる人間などそう多くもない以上、魔石の再利用はあまり現実的ではないとされていた。

 ただ、俺は思うのだ。魔石への充填が難しいのなら、充填が簡単にできるような装置を作ってやればいいではないか。

 俺の現代知識とメイの天才的工学センスで以って、魔力の波形変換装置を開発しようと思う。



 魔力の波形変換装置。言葉で言うには簡単だが、作るのはおそらくたいへん難しい。俺自身は魔力コントロールが得意なので自在に波長を変換できるが、それでは意味がない。どうにかして魔力の波形を人工的・機械的に変換してやれなければ駄目なのだ。


「うーん、どうしたものか……」


 俺がウンウン唸っていると、メイが腕を組みながら訊ねてくる。


「ようするに、ま力をながす量をふやしたりへらしたりして、ま石のはちょうとそろえてあげたらいいんですよね?」

「そうだな。ただ、それをどうやってやるかを今考えてるんだ」

「……ミスリルをつかいましょう」

「ミスリル?」


 確かにミスリルは山ほどあるが、それをどう使うんだろうか。


「ミスリルはひじょうにま力がつたわりやすい金ぞくです。ぎゃくにアルミニウムはそこまでつたわりやすいわけでもありません。なら、りょうほうをうまいことまぜてあげればま石のはちょうにぴったりの回路ができるのでは?」

「………………それだ!!」


 正直、メイの言っていることを理解するのにかなり時間を要したが、要するにこういうことだろう。

 導魔力性の高い金属であるミスリルに、抵抗値の大きいアルミニウム。この二つの合金で導線を作り、魔力回路を作ってやろうというのだ。合金を作る際にどちらかの配分を多くしたり、あるいは少なくすることによって魔力の流れる速度や量、圧力は変わってくる筈だ。それをうまいこと調節して、最終的に魔力の流れ方を魔石の持つ波長と同じ形にしてやれば、誰が魔力を注ぎ込んでも人の力で変換することなく自動で魔石に魔力を供給できるのではないか……、と。


 ――正直、メイがこんな仕組みをこれほどあっさりと思いつくとは思ってもみなかった。俺はまだまだメイの真価を測りかねていたのかもしれない。


「……いける。これならいけるぞ」


 波長を合わせるための魔力測定は俺がやればいい。メイにはそれに従って混合比を調節してもらえばいいだろう。いけるぞ。俺とメイの力を合わせれば、この世界にまだ存在していない大発明を生み出せるぞ。



     ✳︎



「どうでありますか?」

「んー、もうちょいミスリルを多くして。あっ、多すぎ多すぎ……そうそう、そんな感じ」

「つぎいきますね〜。こっちは?」

「あー、今度は多いかな……。もっとアルミ増やして……そうね。オーケー、いい感じ」


 少しずつ調整しながら変換装置を作っていく俺とメイ。理論を思いつくまでは早かったが、あとは地道な作業の繰り返しだ。


「いいよいいよ……、はい。じゃあ次で最後だな」

「はいっ」


 最後はメイの魔力の波長に合わせる作業だ。魔道具を使う時には別にどのような波長でも問題なく作動するが、人間が魔力を取り出して使う場合は別だ。人間にもそれぞれの波形・波長がある。俺みたいに自力で変換できる人間なら問題ないが、そうでない人が魔石の魔力を直接身体に取り込んだら魔力中毒を起こしてしまうのだ。

 言ってみれば、血液型と輸血の関係みたいなものだ。同じ血液でも、型が合わないと拒絶反応を起こして血が凝固してしまう。あれと似たようなものだと思えばいい。


「さて、作ろうか」

「はい。……これは?」

「うん、もうちょっとミスリル多めに。……次、アルミ増やして……あっ、ちょっと減らして……。次」



 そうして作業すること数時間。もうだいぶ日も落ちて薄暗くなってきた頃、ようやく魔力タンクが完成した。


「で、できた……!」

「できましたーーーっ! わぁーい!」


 メイは無邪気なもんだ。ぴょんぴょん跳ねて喜んでる。


「やりましたね、ハルどの!」

「ぐえっ」


 こうして抱き着かれるのもいつものことだ。


「ちょっと遅いけど、実際に使ってみよう」

「もちろんであります!」


 魔力タンク――ランドセル型のそれを背負ってメイは立ち上がる。ちなみにランドセルっぽい形をしているが、本体は革製ではなくアルミニウム製だ。


「……では魔力、供給開始!」

「かいしであります!」


 スイッチを押すと、装置は魔力を流し始める。


「ああっ、きてる、きてるであります!」

「そうか、きてるか」


 妙にエロい表情でメイは叫んでいるが、どうやら成功したようだ。


 ある程度タンクの魔力が減った段階で一旦スイッチを切る。今度は魔力タンクへの魔力の補給だ。


「よし、じゃあ流すぞ……」


 今度の作業は膨大な魔力を持つ俺が行う。もちろん波長の変換はせず、自分の魔力の波長のまま流し込む。


「おっ、おお? ……凄い、ちゃんと供給されてる……!」

「やったでありますね!」

「メイも少しだけやってみてよ」

「ええ。……できました!」

「よっしゃあ!」


 魔力の回路を作る際に、注ぎ口をミスリル100%にしたので誰が魔力を注いでも問題ない設計にしたのだが、それがちゃんと機能していることがはっきりした。これで暇な時に誰でも魔力を注げる仕様になった。


「これは凄いぞ、売れるよ絶対!」

「うり出しちゃいますか?」

「俺とメイの共同開発だからな。二人の名義で商業ギルドに特許申請しとくか」

「うーん、わたしたちのなまえですから、どうせならなにかカッコいいなまえをつけたいであります」

「何がいいかな?」

「ノーム=ジェネラル……」

「ノーム?」

「わたしはドワーフなのでノーム、ハルどのは北将さまになる予定なので、ジェネラル。ふたり合わせて『ノーム=ジェネラル』がいいであります!」

「なるほど……。いい名前だな。これから二人で開発したものは『ノーム=ジェネラル』名義で売り出すとしよう!」

「そうしましょう!」


 こうして、メイが自由に使える外付け魔力タンクは完成して、ついでに商品化することも決まった。商業ギルドでの手続きなんかはメイの親父さん、アーレンダール工房の親方に頼めばやってくれるだろうし、いざとなれば俺の身分をチラつかせれば滞りなく事は進むだろう。

 パクリ商品に関しても心配は必要なさそうだ。魔力を魔石に供給するという機械の性質上、魔石および魔力補給先の人間の魔力波形に合った形でオーダーメイドしてやらなければならない。そんな器用な真似ができる人は数少ないのだから、問題はないだろう。ブラックボックスは他人においそれと真似できないからブラックボックスなのだ。



 これ以降、メイの研究開発は俺の想像を超えて加速度的に進むことになるのだが、この時の俺はまだ知る由もなかった。

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