第197話 ヴァイザー家の秘術

 皇帝杯、二日目。今日は三年のヒューベルト先輩とヒルデ、そしてエレオノーラの試合が予定されている。先輩お二人は午前中、エレオノーラは午後一発目の試合だ。三人とも昨日の夜の時点からしっかり気合いを入れているので、ちゃんと全力を出し切れることだろう。


「さあ、皇帝杯二日目がやってまいりました! さあ、本日は果たしてどのような試合が展開されるのでしょうか? 昨日と同様、毎年出場しているベテランから初出場の新人まで幅広い層の選手が勢揃いしております! 司会の私から選手の方々に、観客を代表して言葉を送らせていただきます。……皇国最強に挑まんとする勇者達よ、まだ見たことのない戦いを見せてくれーっ!」


 ――――ワァアアアッと……会場が歓声で沸き上がる。相変わらず観客の盛り上がるツボを押さえている名司会だ。


「午前の部、第一試合目は騎士学院代表選手が一人、『閃光』のアイン! 対するは魔法学院の代表であるヒューベルト! なんと数奇な巡り合わせでありましょうか! 皇国最高学府の双璧をなす両学院を代表する選手同士の闘いだーっ!」


 緊張に弱いヒューベルト先輩の相手は、なんと同じ四大学院の一つである騎士学院の選手らしい。文理学院と神聖学院が武闘派でないことを鑑みると、実質唯一のライバルと言っても過言ではない相手だ。

 騎士学院は俺のオヤジの出身校でもある超名門で、魔法学院が宮廷魔法師団や特魔師団、研究者などに数多く卒業生を送り込んでいる一方、騎士学院は近衛騎士団に強力なパイプを持っているのだ。

 近衛騎士団といえば、皇国で最もやんごとなき御方である皇帝陛下のすぐそばでその身をお守りする重大な役目を担っている組織だ。当然、出自の確かさや思想、教養などに加えて戦闘力も求められる。そんなスーパーエリートを輩出しまくっている学院の代表生徒なのだ。生優しい相手である筈がない。

 これはヒューベルト先輩の根性の見せ所だな。


「さぁ、両者ともに位置につきました。……それでは試合開始!」


 試合が始まった。魔法士対騎士の闘いでは、戦闘開始時の間合いがすべてを決めると言われている。遠距離なら魔法士、近距離なら騎士が圧倒的に有利だからだ。なのでこういったオフィシャルな試合の場合、それぞれが有利になる距離のちょうど中間を取って試合が執り行われるのだ。

 それすなわち、どちらが先に自分の間合いを確保できるか。そこに試合のすべての要素が含まれている、というわけである。


「おおっと! アイン選手動いた! 速い!」


 流石は騎士学院の代表。特魔師団最速の男『雷光』のジークフリートほどではないが、それに劣らないだけの速度で以ってヒューベルト先輩に襲い掛かる。


「おーーっと! 素早く仕掛けたアイン選手! しかしヒューベルト選手、なんなくこれを受け流すーっ!」


 しかしヒューベルト先輩は、落ち着いてさえいれば超絶に強かった。いつの間にか現れていた、甲殻類のような白い巨大な殻でアインの剣戟を受け止めた彼は、そのまま一回転して衝撃を受け流し、殻のバットをフルスイングするようにしてカウンターをお見舞いする。


「ぐっ!」


 ――――ガギィンッ! と鈍い音を立てて、なんとかアインはヒューベルト先輩の重い攻撃を受け止める。ただ、今のほんの一瞬の交錯を見ただけで、傍目にもヒューベルト先輩のほうが上手うわてであるのがよく見てとれた。


「なんだなんだ!? ヒューベルト選手、よくわからないものを召喚したーっ!? 私の目には貝……いや、甲殻類の殻のように見えます! ……いや、これは『魔獣召喚』なのか? それにしては魔獣の姿が見当たらない!? これはいったいどういうことなのかーっ!?」


 俺やリリー、イリスが習得している『神獣召喚』と『魔獣召喚』は別物だ。『神獣召喚』は高い知能を持つ神獣と互いに対等な契約を結ぶのに対し、『魔獣召喚』は野生の魔物を強引に魔法で縛り付けて使役することをいう。こちらのほうが難易度は低く、命令の自由度は低い代わりに世間一般での普及率は高い。なので司会がヒューベルト先輩の魔法を『魔獣召喚』だと誤認しても仕方のないことなのだ。

 しかし、今のは確実に『魔獣召喚』ではなかった。なぜなら召喚時に必ず現れる召喚陣と、独特の魔力光がまったく発生しなかったからだ。これは召喚よりももっと、およそ世間で知れ渡っている魔法とはまったく異質のものだろう。


「……俺の一族は、幼少期よりと特殊な契約を結ぶのが慣わしとなっている」


 ボソリ、と呟いたヒューベルト先輩。その表情には既に緊張の色は欠片も見られない。戦闘中にもかかわらず続きを促したくなるような不思議な雰囲気を出したまま、先輩は話を続ける。


「特殊な契約……。すなわち魔獣を我が身に棲まわせ、一心同体となることで魔獣の力を得る、というものだ。これが我がヴァイザー家が『大鬼蟹の血族』と呼ばれる所以でもある」


 そこまで言い切ったヒューベルト先輩は一気に魔力を練り上げて、呪文も魔法陣も用いることなく魔法を行使した。先輩の背中がボコボコッと盛り上がり、服を突き破って、見上げるほどに巨大な甲羅が出現した。その姿はどう見ても大蟹の化け物だ。「大鬼蟹」と呼ばれるのも然もありなんである。


「ああっ! ヴァイザーって、あのヴァイザー家だったのか……」

「ハルト?」


 思わず叫んでしまった俺に訊ねてくるイリス。俺は貴族教育の一環で身につけた、国内の有力魔法士一族の知識を頭の隅から引っ張り出しながらイリスに教えてやる。


「魔獣を召喚するんでも、使役するんでもない。幼い頃に自分に寄生させる形で魔獣と身体を共有することで、魔獣と文字通り一体になってその能力を自由自在に使いこなす――――そんな一族がいるって、どこかで聞き及んだことがあったんだ。ヴァイザーなんて苗字は皇国にありふれてるから、まさかヒューベルト先輩がそこの家の出だなんて予想だにしてなかったけどね……」


 広い世界といえど、自分の身体に魔物――使役されているものを魔獣と呼ぶ――を寄生させる一族なんて、ヴァイザー家を除いて他にはあるまい。魔獣と共存というのは、それだけリスクを伴うのだ。


「我が『大鬼蟹の血族』には、長年の世代交代を経て、魔獣と共存する術と体質が受け継がれている。この力はヴァイザー家の歴史の力だ。とくと味わってもらおう」


 対戦相手のアインが表情を強張らせる。そこからヒューベルト先輩の猛攻が始まった。


「ああーっと! 先ほどは見事な踏み込みと剣捌きを見せつけてくれたアイン選手ですが、ヒューベルト選手の怒涛の攻撃に手も足も出ないーっ!?」


 先輩が振りかざした凶悪なはさみに殴打され、なんとか反撃したと思えば堅固な甲羅に難なく防がれ、そのまま甲羅の盾に押されてバランスを崩して再び鋏の攻撃を受けて吹き飛んでしまうアイン。硬さだけでなく、大きさや質量まで自在に変化するヒューベルト先輩の攻撃をかわすことは相当難しいだろう。アインは既に満身創痍となっていた。


「ああっ、アイン選手、立ち上がれないーっ! ……勝負あり! 勝者、ヒューベルト選手!」


 こうして皇帝杯二日目一発目の試合は、無事に魔法学院陣営の勝利で幕を下ろしたのだった。





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