第317話 マリーさんの本音?

 マリーさんとの飛行魔法訓練の初日を終えた俺は、その足で魔法学院図書館へと向かっていた。マリーさんは「軍務省にちと用事があるのでな」と言ってさっさと行ってしまったので、仕方がないからエルフ族の文化について学習しようと思ったのだ。

 この国にエルフ族自治区が編入されてからもうかれこれ五〇年以上は経つが、そういえばまだ一度も現地を訪れたことがなかったことに気づく。

 というかそもそも、皇都とハイトブルク、ベルンシュタット以外の土地にあまり行ったことがなかったな。まったく無いとは言わないが、そう頻繁にあるわけでもない。いずれ余裕ができたら嫁sヨメーズを誘って家族旅行と洒落込むとするかな。


「さてと、エルフ族……エルフ族は……っと」


 学院図書館に着いたので、エルフ族に関する書籍を探す俺。かなり広い図書館なので、一つのコーナーを探すだけでも一苦労だ。


「ハイラント皇国……民族……人族……ドワーフ族……エルフ族! あった!」


 ようやく見つけたエルフ族の棚は、思ったよりも大きかった。一〇〇冊近い本があるだろうか? とりあえず一番手前にあった『森林エルフ族の文化』という本を手に取ってみる。


「なになに……? 広義のエルフ族は『森林エルフ族』と呼ばれる民族と、『ダークエルフ族』と呼ばれる民族に分かれている……ふむ。マリーさんは『森林エルフ族』だな」


 どうやらこの本では皇国で一般に見られる色白、美肌、金髪、長身といった「これぞエルフ」な森林エルフ族の文化について著述されているらしい。

 もっともマリーさんは色白、美肌はともかくとして、金髪、長身の部分にはかすってすらいないわけだが。銀髪ロリ娘のマリーさんは、エルフ族の中でもとりわけ珍しいハイエルフなのだ。マリーさん曰く「稀に一族の中から生まれる、巫女のような役割を担う突然変異個体」らしい。

 巫女って何するんだろうと思って訊いてみれば「ようわからぬ。妾もエルフ族の中では割と若いほうなのじゃ」と言っていた。エルフ族は人間の数倍は寿命が長いので、二〇〇歳強のマリーさんでもまだ比較的若手であるらしい。少子高齢化ここに極まれり、といった感じの社会構造だな。


「あっ、あった。エルフ族の耳に関する注意点。……注意点?」


 ――――エルフ族は、自身のその長い耳を誇りに思い、何よりも大切にする。これに触れることができるのは家族や恋人といった特別に近しい関係にある者だけであり、何も知らずに不用意に触れることは決してしてはならない――――


「うっ……」


 ――――万が一相手の許諾を得ずに触れた場合、最悪のケースとして本人、およびその配偶者、あるいは家族などから報復を受ける可能性があるため注意されたい。一方、受け入れられた場合は、相手に相応の好意があると理解して問題はないだろう――――


「うん?」


 ――――相応の好意があると理解して問題ないだろう――――


「マリィィィさぁぁぁあああああんっ!!」


 俺弟子だぞ! 一九〇歳近く離れてるのよ⁉︎ いいのかそれで! いや、俺は嬉しいんだけどさ!


「あっ」


 ふと視線を感じて振り返ってみれば、受付のカウンターから司書さんがジト目でこちらを睨んできていた。……うるさくしてたいへん申し訳ございませんでした……。



     ✳︎



 学院を出て、悶々とした気持ちで皇都をうろついていると、軍務省のあるあたりに差し掛かった。


「マリーさん……」


 まったく意識していたわけではないが、偶然このあたりに出たようだ。なんか今顔を合わせると気まずい思いをしそうなので、足早にこの場を去ろうと背を向けた次の瞬間。


「おお、エーベルハルト」

「ま、マリーさん」


 用事を終えたらしいマリーさんがちょうど軍務省の建物から出てきたようだった。


「なんじゃ、お主。妾を待っておったのか?」

「いや、別にそういうわけでもないんだけど」

「偶然か。まあせっかくじゃ。軽くどこかで食事でもしていかんかの?」

「そういうことなら是非」


 マリーさんからのおデートのお誘いとあらば、俺は喜んでついていくだけである。



     ✳︎



「まったく、参謀本部の狸親父どもめが……。妾より歳下の若造の分際で妾を出し抜こうなど、一〇〇年早いわ」


 マリーさんに誘われて入った酒場で、ちまちまと酒を飲みながら彼女の愚痴を聞く俺。既に数杯ほど飲んではいるのだが、相方がだいぶへべれけなので酔うに酔えない感じだ。


「参謀本部って、今は新戦術の研究をしてる筈だよね?」


 一応公共の場なので軍事機密を漏らさないよう小声で、かつ詳細をぼかしてそう訊ねる俺。中佐にして皇国騎士、更には勅任武官の位すらも持つ俺ではあるが、所属はあくまで特魔師団隷下の特別魔法中隊なので、参謀本部に出入りする機会はさほど多くはない。

 だが、俺の率いる特魔中隊が参謀本部で考案された新戦術の実証実験を担う部隊なのだ。俺が提言した戦術案なんかも含めて、割と内部事情には詳しかったりする。


「そうじゃ。じゃがその新戦術の運用を巡って、ドクトリンの対立があったのじゃ」


 あまりにもおかしな点があれば俺も実働部隊として文句の一つや二つ言わせてもらうが、基本は優秀な参謀本部のことだ。ここまで対立するというのも随分珍しい。


「エーベルハルトよ、お主のせいじゃぞ」

「なんで俺が?」

「お主が軍に来てからというものの、我が国では目まぐるしい早さで戦術、戦略が切り替わっておる。お主は軍事史にパラダイムシフトを起こしたのじゃ」

「……まあ、自覚がないとは言わないけど」


 『飛翼』なんてその最たる例だ。他にも魔導小銃やら魔導衝撃砲やらを軍に導入した(あるいは促した)のも俺である。これまでの剣と魔法、槍と弓が中心だった戦争が陳腐化するのも無理はない。

 マリーさんがこのタイミングで『飛翼』を教えてくれと言ってきたのも、軍での色々な事情が関係しているんだろう。もちろん、だからといって彼女の個人的な興味がないとは言わないが。

 マリーさんも色々大変だな。


「ぬぅ〜! エーベルハルト、こっちに来い! もっとちこう寄れ!」


 真っ赤な顔で俺を手招きするマリーさん。彼女はロリ体型ということもあってか、酒にはそれほど強くない。

 ちなみにここはマリーさん行きつけの酒屋らしく、店主さんとは顔見知りだから何事もなく酒類が提供されているとのことだった。他の店なら見た目で完全にアウトである。


「エーベルハルト〜!」

「はいはい」


 俺は席を立って、向かい側に座っていたマリーさんの隣に腰掛ける。かなり狭くて身体が密着するが、マリーさんは何も気にしていないみたいだ。酔った子供の体温ってたけぇー!


「お主は自分のしでかしたことの大きさにもう少し自覚的になるんじゃ。……いや、別に自覚しておらぬわけではないが、こう、あれじゃ! 他人事みたいな顔をするでない!」

「俺はやりたいことをやってるだけだからなぁ。周りが勝手に騒いでるんだよ」

「妾もその周りの一人じゃ」

「そうだね。迷惑掛けてるかな」

「そうじゃ、迷惑掛けまくりじゃ。じゃから、お主には責任を取ってもらわねばならんのじゃ……」

「マリーさん」

「…………んぬ。……すぴー」

「寝ちゃった」


 お師匠様は俺に散々説教して満足したのか、顔を真っ赤にしてそのままおねむのようだ。俺の肩に頭を乗っけたまま、少しも起きる気配がない。


「あ〜閣下、寝ちゃたのかい?」


 店員さんがやってきて苦笑している。だいぶおばちゃんなので、昔からの顔馴染みなんだろう。


「ええ。すみませんが、会計お願いします」

「あいよ」


 会計を済ませて(地味に高かった。流石は中将御用達の店だ)、マリーさんを起こそうと試みる。


「マリーさん、帰るよ」

「んー……すー」

「だめだこりゃ」


 仕方がないので、おぶって帰ることにする。一〇代にギリギリ差し掛かったどうかくらいの小柄な体躯のマリーさんは、その強さと反比例するかのように随分と軽い。子供特有の柔らかくて高い体温が、背中越しに伝わってくる。


「ぬぁ〜、エーベルハルトぉ……すぴー」


 どうやら夢の中でも俺に何かをさせているらしかった。


「夏に湯たんぽとは、まったく暑いぜ」


 店を出て、マリーさんを起こさないように表通りをゆっくり歩く。真夏の夜は、昼ほどではないにしてもしっかりと蒸し暑かった。





――――――――――――――――――――――――

[あとがき]

 いつもお世話になります、常石です。

 毎度恒例の宣伝タイムです。こちらドラゴンノベルス大賞に応募している作品になります。

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『SFオタク建国記』

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