第29話 工房を建てよう

 裏庭に着いた俺達は、早速工房を建てる準備に取り掛かった。

 まずは場所の選定だ。これは前回済ませてあったので、確認だけで済んだ。

 次に建物の設計。ここでメイの才能が火を吹いた。まず、紙にペンでどんな建物にしようかを描いていくのだが、メイの描く絵の上手いこと上手いこと。線がまったくブレないし、パースもしっかりしている。数年後には画家として食っていけそうなくらいのクオリティだ。

 だが本当に凄いのはここからだ。メイが描いた工房の設計図は、まるでプロの建築士が引いた図面のように正確だったのだ。幼い子供が描くような、物理法則を無視した建物などとんでもない。しっかりと現実世界に働く物理法則を理解した上で、現実的に工房をデザインしていたのだ。


「うおぉ……っ、スゲェ……!」


 これには俺も唸るしかなかった。

 メイの描いた設計図は石造りが基本となっているのだが、建物自体は二階建てだ。メイの実家のように、一階部分が工房で、二階が生活空間になっているらしい。

 しかも、きちんと木製の骨組みまで描かれており、屋根と床は木製にするつもりのようだ。完璧な設計図だろう。


「メイ、これ今考えたの?」

「はい。ただ、おうちをちょっとさんこうにしたであります」


 現代のビルは鉄筋コンクリート製なので話は変わってくるが、基本的に近代より前の石造りの建物は100%石造りではなかったりする。

 考えてみて欲しい。もし屋根や床をすべて石製にしたりして、果たしてそれが崩れ落ちてこない保証がどこにあるというのだろうか。そもそも天井や床に相当する部分と同じだけの大きさの石材を切り出してくるなど不可能に近いだろう。

 なので基本は木材で骨組みを作るか、あるいは石造りの壁で建物を自立させてしまい、後は上に木製の屋根を乗せるだけ、というパターンがほとんどなのだ。

 ……普通、建築経験の無い6歳児が屋根や二階の床を木製に設計するか? 絶対そこまで深く考えないだろう。大人だって石造りの建物の屋根や骨組みを理解している人はそう多くないのではないかな。

 本当、メイは普段から物事を細部までよく見てるんだなぁ、と思わされる。こういう風に、着眼点が違う人間が将来大物になっていくんだろう。相変わらずメイは凄い子だ。


「材料は……石の壁はメイの土魔法があるから良いとして、問題は屋根に使う材木だな」


 工房の屋根と床に使う木材は、まっすぐでなくてはならない。竪穴住居の時みたいにグニャグニャではいけないのだ。


「管財課の使用人に訊いてみるか」


 毎回彼ら頼みなのも申し訳ないが、まあそこは子供のやることとして大目に見て欲しい。



     ✳︎



「材木ですか? 四番倉庫にありますよ。ご案内いたします」


 うちの管財課は優秀だった。なぜ貴族の屋敷の倉庫に材木店よろしくまっすぐな材木が揃っているのかは謎だが、まあ無いよりはあった方が嬉しいので文句は言わないことにする。ある程度の無駄は大事だよ。切り詰めてばっかじゃいざという時破綻するぜ。


「じゃあこれとこれを持って行こう」


 今回、メイが設計した図案に従って、程よい長さの材木を数本担いで持っていく。『身体強化』すれば数本程度であれば問題なく持ち運べるので、何往復かすれば全ての木材を運び出せるだろう。


「倉庫の鍵、後で返しに行くから戻ってていいよ」

「わかりました。それでは失礼いたします」


 使用人にそう告げて、俺はメイと一緒に運搬に励むことにする。えっちらおっちら何往復かして、ようやく俺達は(というか俺は)全ての骨組みになる木材を運び終えた。


「なんというか、体力は平気だけど精神的に疲れたな……」

「よぉーし! いまから作るでありますよぉ!」


 まあ、メイが楽しそうだから良いかな。


「じゃ、早速柱を立てるよ」

「りょうかいであります!」


 俺は設計図通りに地面に柱を垂直になるよう、慎重に突き立てていく。多少の誤差はメイの土魔法で修正できるので気が楽だ。


 それからしばらくは俺が柱を立て、メイが図案通りに修正する作業が続いた。

 次は壁の建設だ。


「じゃあ、メイさん。よろしくお願いします」

「いくでありますよお」


 腕まくりしながら、メイが呪文とは呼べそうにない微妙なセリフとともに土属性魔法を行使する。


「『ノームさん、石のかべを作りたいのでがんばってください』」


 頑張ってください、って何だよ。そしてその適当な呪文で頑張っちゃう土精霊ノームも何だよ。

 だがその適当な呪文の効果は凄まじく、地面から伸びた石の壁がズンズン大きくなって骨組みを覆っていく。実に見事な施工過程だったが、途中まで伸びたところで急に石の壁は止まってしまった。


「メイ?」

「……もう、げんかい……であります……」


 見ると、メイが魔力を使い果たしてぶっ倒れていた。言われてみれば、いくら効率のいい精霊魔法とは言えども、これだけの規模の魔法を使ったら6歳児の魔力では到底足りなくなるだろう。


「み、みずを……」

「今のメイに必要なのは水じゃなくて魔力だよ」


 まったく、そんなことどこで覚えてきたんだか。

 突っ込みながら俺は、メイの波長に同調させてから自分の魔力を譲渡する。みるみる回復していくメイ。


「あ〜、生きかえるでありますぅぅ……」


 萎んだスポンジを水に浸す勢いで回復したメイは、もうすっかり元気だ。元気を取り戻したメイは、そのまま建設を再開する。


 そうして、もう二度ほど(今度は倒れる前に)魔力を補給してやりつつ、俺が屋根を組み、メイが壁を作ってようやく工房は完成した。


「「できた〜!」」


 ハイタッチして喜びを分かち合おう……と思ったら、毎度のごとく抱き着かれた。メイ、抱き着くの好きね……。ドワーフだから力が強いのか知らないけど、これけっこう苦しいのよね……。

 まあ、好かれて悪い気はしないので何も言いはしないのだが。


 それにしても今回は無事に完成したからいいものの、毎回メイに張り付いて魔力を補給してやる訳にもいかないよなぁ。メイは別に魔力が多い方ではないから、好きなだけ工房に篭って作業するなら、魔力の補給問題はなんとか解決しなければならない。

 果たしてどうしたものか……。

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