第72話 入団試験
「昨夜は申し訳ありませんでした……」
「ああ、うん……。俺、風呂は一人で入れるから……」
翌朝。朝食の準備をしていたアリスが、食堂に入ってきた俺に気付いて謝罪してきた。悪気が無いのはわかっているので、俺としても咎めるつもりはなかった。
「エーベルハルト様、朝食の用意が整いましてございます」
「ヘンドリック、ありがとう」
執事長――ヘンドリックという名前らしい――が謝罪中のアリスに代わって朝食の準備をしてくれたようだ。軽く10人は座れそうな立派なテーブルには、一流ホテルの朝食もかくやというほどの料理が並んでいた。多すぎず、それでいて満腹になるかならないかの丁度いい量だ。メニューも肉類は軽め、スープ類は多めにと、胃に優しいラインナップになっている。皇都邸宅の料理人もまた、ハイトブルク本邸の料理人に勝るとも劣らない良い腕をしているようだ。
「紅茶でございます」
アリスがティーカップに紅茶を注いでくれる。いつもなら専属メイドのアリサがやってくれるのだが、アリサは皇都まではついてきてはいなかった。
まあ、アリサは新婚だから仕方ない。新婚早々、いきなり長期間の出張とかブラック企業にも程があるだろう。高収入・安定・ホワイトが売りの我が家としては、アリサを無理に連れて行くことはしたくなかった。
とはいえ本人に意志確認でもしようものなら、まず「ついてくる」と言うに決まっている。その場面で皇都行きを断れるほどこの世界の身分制度は甘くない。普段はなあなあでも、そこには絶対的な壁があるのだ。だから俺は敢えて意志確認をせず、アリサとアンソニーの新婚夫婦にはハイトブルクに残ってもらって、俺一人で皇都に行くという選択肢を選んだのだった。まあ、これも家臣を想う良い主君としての務めよの。ほっほっほ!
「皇都ではアリサ姉さまに代わってこのアリスが専属としてお仕えさせていただきます」
「よろしく頼むよ」
てな訳で
とはいえ、専属メイドは主人と直に接する役目なだけあって、使用人の中ではかなりのステータスになるようだ。アリサが俺の専属メイドになったのもだいたい彼女が16歳とかそこらの歳だったし、見た感じアリスもそのくらいの年齢なのでおかしくはない筈だ。俺としてもオバチャンとかオッサンに世話されるよりは、知ってる顔の若いネーチャンにあれこれしてもらう方が嬉しいしな!
たいへん美味な朝食を楽しみながら、たいへん下衆なことを俺は考えていたのだった。
✳︎
身支度を済ませて早めに家を出た俺は、予定時刻より1時間ほど余裕を持って軍の駐屯地にやって来ていた。
受験票を片手に試験の行われる部屋に向かうと、そこには既にジェットがいて何やら作業をしていた。
「ジェット、おはよう」
「おお、エーベルハルトか。早いな!」
彼以外には誰もいないようだ。20人以上は入れそうな部屋なので、何とも広く感じてしまう。
「試験勉強は足りているか?」
「時間はともかく内容は足りてると思うよ。皇立学院の入試レベルならなんとかなる」
こちとら伊達に幼少期から勉学に励んでいない。ガチエリートの家庭教師や高位魔法士の両親に膨大な量の知識を叩き込まれたからな。
それに魔法や武術の修行だけでなく、学習面においても【継続は力なり】が効果を発揮してくれるのはたいへんありがたかった。しかし超学歴社会日本の進学校出身だった俺としては、もう少し早くその能力が手に入っていればなぁ……と臍を噛む思いが無い訳ではない。まあ地球に異能なんて存在しないし、たらればの話でしかないのだが。
「時間を掛けて勉強することも時には大事だぞ!」
「ジェットがいきなり勧誘するから勉強時間なんてこれっぽっちも無かったんだよなァ!?」
脳筋が何かほざいていたので思い切り突っ込ませてもらう。これで受かったとしたらまさに「30年と30秒」ならぬ「12年と数分の努力」になるのだろうし。
というかジェットがこの難関試験を突破したとはとても思えない。脳筋に解けるほどこの試験は甘くないと思うんだけどな!?
まあ、冗談はさておき、こんな性格でもジェットは特魔師団の団長なのだ。頭はかなり回る方なのだろう。そこは認めざるをえない。筋肉だけど!
「……さて、着席まではまだ30分ほどあるからな。他の部屋に立ち入らなければ何をしていても良いぞ!」
そう言い残してジェットは作業していた書類をまとめ、部屋を出て行ってしまった。誤魔化したな、ジェットの奴め。
……まあ彼が自由な人間なのは今に始まったことではないからな。気にせず「数分」の勉強に励むとしよう。
試験対策こそしていないが、これまでに学習してきた内容をまとめたノートは持ってきている。それを眺めて苦手範囲を埋めれば問題は無い筈だ。
……。
…………。
………………。
そして体感で20分くらい経った時。扉が開いて誰かが入ってきた。入って来たのは知らない人。見た目的に俺と同い年くらいの女の子だった。受験生だろうか? 試験を受けるのは俺一人じゃないのか。
女の子と目が合う。ぺこり、と向こうがお辞儀してきたので、こちらも軽く会釈を返しておく。
そしてその子は俺から少し離れた席に座ると、そのまま突っ伏して寝てしまった。不思議な子だ……。
スヤスヤと腕を枕にして寝ている様子からは全く伺えないが、特魔師団の試験を受けるためには現役師団員かその関係者に推薦される必要がある。つまりあの子は推薦されるだけの実力を持っているということだ。
身体つきや足運びなどから見た感じ近接格闘に優れているようでもないし、感じられる魔力も多いには多いがずば抜けている訳でもない。外見から判断できる要素からは強いかどうかの判断が正直つかない。……ということは貴重な固有魔法か、あるいは珍しい属性の魔法を使うタイプなのだろう。
俺以外にも受験する人がいると知って、何となく俺はワクワクしたものを感じていた。特魔師団に定員のようなものはない。なので自分が合格基準に達してさえいれば、他受験生がライバルになることはない。純粋に入団後の同期候補として考えて良いということだ。
もしかしたらあの子と俺は同僚になるのかもな、とか考えていたら、ジェットが書類の束を抱えて再び部屋に入って来た。
「それでは筆記試験を始める!」
*
「既に推薦人より説明はされていると思うが、確認のため再度説明を行う。特別魔法師団入団試験は、筆記・実技・面談の三つの試験にて合否を判断する。各科目にそれぞれ最低基準点があり、その上で合計点が基準に達していなければ不合格となるので注意するように。筆記は3割、実技は6割、面接は5割がそれぞれ最低基準、合計で6割以上がおおよその合格基準となる。何か質問は?」
「実技の内容は?」
要綱にも書いてなかったので、実技の内容を訊いてみる。ないとは思うが、万が一、某血霧の里のごとく受験生同士でコロシアエー的な展開だったら笑えない。
「試験官との戦闘か、あるいは得意な魔法を複数、一定の条件の下に実演する方法のどちらかを任意に選択できるものとする。他には?」
「一定の条件とは?」
「うむ、代表的なものとしては時間制限が挙げられる。いくら威力が高くても実用に耐えないほど発動に時間がかかるなら不合格だ」
「なるほど、ありがとう」
よかった。俺はあの子と殺し合う必要はないらしい。まあそれはともかく、俺は戦闘一択だな。別に得意魔法の実演でもいいが、戦闘力の方が楽そうだし。
「よし、それでは他に質問も無さそうだし、早速試験を始めよう」
そう言ってジェットが問題冊子と解答用紙を配ってくる。この感じ、懐かしいな。前世で受けた全国統一模試みたいで、少しだけ緊張する。
この試験直前の緊張感が昔は辛かった。いくら努力しても結果に結びつかなかったから。
だが今はむしろ少し心地良いくらいだ。やればやるだけ伸びるのだ。試験は自分の成長が目に見えて表れる良い機会とすら感じる。
「制限時間は90分だ。それでは始め!」
俺は愛用のペンを握りしめ、問題冊子の表紙を開くのだった。
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