第349話 リンちゃんの仲間入り

 非常に強靭かつ強い毒性を持つという、魔王の固有魔力。これを変換するには相当量の魔力保有量と魔力中毒への耐久力が必要であるとマリアナさんは言った。

 その量、およそ一〇〇万。現状、全人類の中でもっとも多くの魔力を保有していると思われる俺ですら、その一〇分の一にも満たないといえば、どれほど規格外の魔力が必要かわかってもらえることだろう。

 ただ、これには例外があった。

 「究極の負」である魔王の固有魔力。なんと、これの正反対の性質である「究極の正」であれば、まるで対消滅するかのように魔力を中和することが可能であるというのだ。


 これまでの話では、最低一〇〇万の魔力がないと魔王の魔力に干渉すらできなかった。しかしこの「正」の魔力であれば、一〇〇万もなくても同量分だけなら相殺が可能なのだ。つまりもし俺が「正」の魔力を手に入れることができれば、俺は一度に、俺の魔力保有量に等しい八万強の固有魔力を相殺することができる。

 そして『龍脈接続アストラル・コネクト』を使えば、理論上は半永久的にこれを維持することが可能だ。

 もちろん、これからも俺が戦闘に巻き込まれるだろうことを思えば、ずっと魔王の遺骸を保持・中和し続けるなんてことは現実的な話ではないだろう。

 だが遺骸の魔力を中和している間であれば持ち運ぶことができる。そしてもし皇国に持ち帰ることができれば、しかるべき機関・人員の下で分析・研究をすることができる。可能性は低いかもしれないが、世界樹のように人造の迷宮を構築しうるかもしれない。


 すべてはタラレバの話だ。だがマリーさんが永遠に一人で魔王の遺骸を管理するよりかはよっぽどいい。たとえ解決手段が見つからなくとも、少なくとも俺が交代要員にはなってやれることがわかったのだ。最悪、それでも構わない。もう二度とマリーさんが世界樹から出られなくなるかもしれなかったことを思えば、何百倍もマシだ。


「で、マリアナさん。その『正』の魔力へと変化させるには何をしたらいいんだ」

「魔力の波長を高めるのです」

「波長を……高める?」

「はい」


 マリアナさん曰く。俺の魔力は、既に限りなく「正」に近いところまで波長が高いらしい。だが「極致」とまでは言えない程度に留まっているのだそうだ。

 属性魔法を使えない程度には高く、魔王の固有魔力を相殺できない程度には低い。なるほど……帯に短したすきに長し、とはまさにこのことだな。これじゃあ両方の悪いところ取りじゃないか。


「魔力の波長を高めるには、自分自身をより高次の存在へと近づける必要があります」

「高次の存在って、天使とか神とか、そういう感じか?」


 この世界に天使や神がいるという話は聞いたことがない。まあ魔王がいる以上は、もしかしたら悪魔は存在するのかもしれないが。

 いずれにしても、人智を超越した何者ないし何物かの存在を証明することに人類は未だ成功していない。まあ仮にいたとしても人智を越えている以上は、原理的に発見なんて不可能なんだろうけども。

 話が逸れた。要するに、俺は何をすればいいんだ。


「いいえ。そのようなものではなく、より魔素に親和性のある身体を手に入れるのです。そして、それに近しい存在が我々の身近にもいます」

「もしや……精霊か!」

「我が子孫マリーよ、正解です」


 精霊。大気中に浮遊していた魔素がなんらかの要素で周囲の生命体の意思に感応し、自我を持った魔力生命体。

 生まれる過程を考えればわかる通り、その身体は一〇〇%が魔素から構成されている。


「しかし……既にエーベルハルトは肉体を持つ生命としてこの世に生まれ落ちておる以上は、今更精霊になろうなど不可能ではないのか?」


 思案顔で呟くマリーさん。俺も同感だ。俺はあくまで人間なのだ。人間である以上、肉体を捨てるわけにもいかない。


「いや、待て……。いる、いるじゃないか」


 俺達のように肉体を持ちながら、精霊のように魔力と高い親和性を持つ存在が。


「エーベルハルト、まさか」

「うん、マリーさん。マリアナさんが言っているのはきっと……」


 そう。


「「神獣!」」


 どうやら俺は、リンちゃんの仲間入りをすることになりそうだ。





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