第350話 マリーさん、熱いベーゼを交わそう

「神獣……あれなら肉体を持ちながら、魔力生命体として存在することもできるわけか」


 よく正解に辿り着きました、と言わんばかりの表情のマリアナさんに向かって、マリーさんが続けて訊ねる。


「ご先祖様よ。神獣の身体を手に入れるにはどうすればよいのじゃ……いや、やり方はわかっておる。魔素を多く含む食物を身体に摂り込んでやればよい。じゃが、どうやってその食物を探せばよい? 神獣と同状態になれるほどに魔素を多く含む食材は、いったいどこにあるのじゃ?」


 流石はマリーさんだ。自身もピーター君という神獣と契約しているだけあって、神獣という生き物の生態についての理解はかなり深い。

 どうすれば神獣に近い存在へと至れるか、彼女は既に当たりをつけていたのだ。そしてその上で、どうすれば神獣化に必要な手段を手に入れられるかを訊ねている。

 うーん、やっぱりマリーさん凄い!


「神獣達の住まう地へと行くのです。彼の地には豊富な魔素が満ちており、そこで育つ食物にもまた豊富な魔素が含まれています」


 神獣達の住む土地。思えば、神獣を召喚するということは当然ながら元いた場所が存在するということになる。当たり前すぎてむしろ盲点だった。


「世界樹の管理を担う妾がここを離れてもよいのか?」

「多少であれば構いません。これまでは私――――厳密にはマリアナの残留思念がここを維持・管理していたのです。正式に役割を引き継ぐ前の今であれば、まだ引き続き私が管理すればよいだけの話です」


 どうやらある程度の時間的猶予はあるらしい。ならば早速、今すぐにでも神獣達の住まう地へと旅立ちたいのだが。


「あ……でも、神獣化するのにどのくらいの時間が掛かるんだ? あんまり時間が掛かると、本国の人間が不審に思うかもしれないよ。もしかしたら公国連邦と本格的に戦争が始まっちゃうかも」

「それについては問題ありません。この世界と神獣達の住む世界では、時間の流れが異なります」

「なんじゃと」


 なんと。それはつまり、精神とナンタラカンタラの部屋というわけか。あるいは浦島太郎時空と。いや、それだと逆か。いずれにせよ、外のことは気にしないで良いらしい。


「となれば早速……どうやって行こうか」

「ふむ、契約神獣に連れて行ってもらうのが一番手っ取り早いじゃろうな。――――ピーター君よ!」


 眩い光を放ちながら、魔力で描かれた魔法陣の中から召喚されるベヒモスのピーター君。今は第一形態、すなわち可愛い可愛い兎さん状態だ。


「よし、俺も――――リンちゃん!」

「ぴゅい〜っ」


 マリーさんに倣って俺も始源竜エレメンタル・ドラゴンのリンちゃんを召喚する。可愛らしい鳴き声を上げながら召喚に応じたリンちゃんは、魔法陣から飛び出すやいなや俺に向かって体当たりしてきた。


「ぐえっ」

「ぴゅいぴゅいっ」


 そのまま尻尾をブンブンと振り回して俺にまとわりつくリンちゃん。見た目は巨大な銀の竜だが、仕草だけ見れば完全に大型犬のそれだ。可愛い。


「よしよし、最近あんまり構ってやれなくて悪かったよ」

「ぴゅい」


 隙を見て召喚してはいるのだが、やはり四六時中というわけにもいかない。今みたいに軍の任務に就いている時なんかは特にそうだ。悲しいことではあるが、仕方がない話でもある。

 俺にぴったりとくっついて離れないリンちゃんを撫で撫でしながらマリーさんのほうを見遣れば、マリーさんもまたピーター君を撫で撫でしているようだった。

 銀髪ロリエルフとふわふわモコモコの白兎さんが戯れている様子は、うむ。実に眼福だ。つい最近に命の危機に陥ったとは到底思えない穏やかで平和な光景である。


「でな、リンちゃん」


 俺はリンちゃんに事情を説明する。口の構造的に人語を話すことはできないリンちゃんだが、知能は非常に高いので理解は問題なくできるのだ。もちろん人型に形態変化すれば、話すことだってできる。だから難しい話にもウンウンと頷きながらしっかり聞いてくれる。


「――――というわけで、リンちゃんの故郷に行きたいんだ。行けるかな?」

「ぴゅい」


 難しいか、と思いきや……しばし逡巡したリンちゃんは元気に頷く。


「ぴゅい!」

「行けるんかい」


 マリーさんを振り返ると、彼女もまたこちらを見返してきていた。


「行けるそうじゃ」


 ここのところ厳しい現実が何度も立ち塞がっていたから、てっきり相当ハードルが高いとばかり思っていたが……想像よりも割と簡単に行けちゃうのか?


「普通は行けません。ただ、あなた達がつい先程行った『吻合ふんごう』……あれをもう一度行って魔力の質を高めさえすれば、難度は限りなく下がります」


 あっけらかんと言ってのけるマリアナさん。つまり……


「もう一回、マリーさんとキスしまくれば楽勝ってことか」

「エエエエ、エーベルハルトぉおおお⁉︎」


 ぼぼぼぼぼっ、と顔を赤く染めて叫ぶマリーさん。なんというか、年上の威厳など地平線の彼方に吹き飛んで久しい。生娘のような動揺を隠そうともしないマリーさんを眺めながら、俺はふと「生娘のような」も何もマリーさんは生娘そのものだったな……などと益体もないことを考える。


「お主、今何か失礼なことを思わんかったか?」

「いや、別に。そういえばマリーさんは処女だったなぁと思っただけだよ」

「このリア充めが!」


 真っ赤な耳をぴこぴこと動かして憤慨するマリーさんを無言で抱き寄せ、俺は強引に唇を奪う。


「んむっ……」


 意識の無かった先ほどとは違う、マリーさんの主観では人生で二度目のキスだ。

 一度目は、かつて魔の森で修行をつけてもらった時に。

 そして二度目は、お互い命の危機を乗り越えて無事に生き残ることができた今だ。


 長いキスを交わす俺達。リンちゃんとピーター君、そしてマリアナさんの視線を感じながら、俺達は深く繋がり、魔力のやり取りを行う。


「むぐ……んっ……んむっ」


 身動みじろぎするマリーさんをきつく抱き締め、離さない。この小さな温もりを俺はもう二度と手放したくはない。


「……ぷはっ! 長いわ、たわけっ」

「あて」


 ポカリと頭を引っ叩かれる俺だが、マリーさんの拳に力はそこまで込められてはいなかった。照れ隠しってやつだ。


「私の血筋も末永く続きそうで安心しました」

「ご先祖様は少し静かにしていてたもれ!」


 ともかく、俺とマリーさんは無事に『吻合』することに成功する。身体の奥から湧き上がる熱いエネルギーを感じながら、俺達はお互いの契約神獣に向き直った。


「さて、くぞ。エーベルハルトよ」

「うん。……それじゃあ、リンちゃん。よろしく頼むよ」

「ぴゅいぴゅいぴゅい〜?」


 爬虫類のくせにニマニマした目線を向けてくるリンちゃんをジトーッと見つめながら、俺はリンちゃんに逆召喚を催促する。

 まったく、誰に似たのやら……。


 そうこうしているうちに、リンちゃんとピーター君の発動した逆・召喚魔法が俺達を包み込んで――――


「それでは二人とも。無事に神獣化――――『昇華』できることを期待しています」

 

 ――――俺達はこの世界から消失した。





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