第348話 無属性の魔力
マリーさんのご先祖、マリアナさん曰く。
この世界樹は、それ自体が大掛かりな封印装置なのだという。死してなお莫大な負のエネルギーを撒き散らす魔王の遺骸を六分割し、そこから更に負の魔力を小出しにしてガス抜きをしてやることで、魔力暴走や魔王の復活を抑制しているのだそうだ。
ここで新たに判明した驚愕の事実。
すなわち、魔物とは魔王の固有魔力に影響を受けた動物の成れの果てだという事実だ。
「魔力の流れが乱れて負の性質へと傾くと、結果として魔物が生まれるとは知っておったが……まさかその元凶が魔王じゃったとは」
マリアナさんの言では、有史以前には魔物は存在しなかったのだそうだ。魔王の固有魔力を用いて人工的に作られた改造生命体。それが魔物であるらしい。一度生み出された魔物には繁殖能力を持つものもあって、それが増殖し、生息地を拡げたのが今の魔物であるそうだ。
言われてみれば
ともかくだ。世界樹の巨大な異次元空間を維持し、かつ世界樹内の魔物を生み出していた動力源は魔王の遺骸の一部であったわけだ。
そして世界樹の管理者権限がマリーさんに移った今、これを維持管理するのはマリーさんということになる。
「素朴な疑問なんだけどさ」
「はい」
俺は半透明の状態で宙にぷかぷかと浮かぶマリアナさんへと問い掛ける。
「マリーさんはこれからどうなるんだ? 管理者ってのは常に世界樹に縛られ続けるのか?」
もしそうだとしたら、俺は世界を呪うぞ。マリーさんにだって自分の人生があるんだ。悲しい運命の下に生まれて、想像を絶する辛い経験をし、挙げ句の果てに世界樹に縛られて一生を終えるだなんて許されていい筈がない。
「…………そういうことになります」
「ふざけッ「よせ、エーベルハルト」……マリーさん!」
感情を感じさせない目をしたマリーさんが、俺の肩に手を置いて首を振る。
「良いのじゃ。これも妾の役目であるなら、妾はそれを果たしてみせよう。……それで世界の平和が保たれるのであれば、良いではないか」
「良くないだろ。だって、それじゃあマリーさんにすべてを押しつけるようなものじゃないか!」
運命がなんだ。巫女の役目がなんだ。ハイエルフの血筋がなんだっていうんだ。マリーさんはマリーさんだ。それ以上でもなければ、それ以下でもない。
マリーさんは過去に悲しい思いを、この故郷の地でしているんだ。これ以上、マリーさんを悲しませないでやってくれ。背負わせないでくれ。二〇〇年も生きているからなんだ。大人だからなんだっていうんだ。
…………マリーさんの肩はな、こんなにも小さいんだぞ。
「俺がなんとかする」
「なんとかと言ってもじゃな……」
「ようは、遺骸から発生する魔力を溜め込まないようにこまめにガス抜きしてやればいいんだろ?」
「理屈としてはそうなります。……ただ、人の身でそれを為すのは限りなく不可能に近いことです」
「つまり原理上、不可能ではないわけだ」
「……」
すっかり黙りこくってしまうマリアナさんとマリーさん。マリアナさんとしても、自分の子孫を辛い目に遭わせたいわけではないんだろう。本当なら魔人なんて気にしないで幸せに生きてほしいのだろう。
だが話が話だけに、そう易々と放り投げられるものではない。文字通り、人類の命運を左右しかねないのだ。初代勇者とともに魔王の封印を行ったエルフの巫女としての使命感が、それを許さないだけなのだ。
そんなことは俺もわかっている。きっとマリアナさんから見れば、俺は聞き分けの無いガキ同然だろう。マリーさんも、俺の気持ちこそありがたく感じてはいるだろうが、実際に解決手段が無いのではやはり「所詮は気持ちだけ」だ。
それではいけない。それじゃあマリーさんが救われない。
「マリアナさんに訊ねたい」
「はい」
「俺達人間は、個々人によって異なる魔力の波長を変換・同調してやればお互いに魔力のやり取りが可能だ。この原則は魔王の魔力でも変わらないのか?」
「理論上は変わりません。ただ、魔王の固有魔力は非常に強靭かつ強い毒性を持ちます。これを変換するには相当量の魔力保有量と魔力中毒への耐久力が必要です」
「具体的には?」
「数値に換算すれば、最低一〇〇万の魔力量は必要です」
最低一〇〇万。不可能だ。普通の量じゃない。おそらく全人類の中で最も魔力の多い俺でさえ、現状八万と数千といったところ。
これの一〇倍以上だって? 無理に決まっている。
しかもこれは変換・同調を行う上で必要な最低量なのだ。『
だが、それでも俺は諦めるわけにはいかないのだ。どうにかして魔王の魔力に干渉しなくてはならない。どうにか……。
「ただ、一つだけ例外となる中和方法があるにはあります」
「というと?」
マリーさんが真剣な顔をして訊ねる。彼女としても魔力の中和手段が他にあるのであれば、知っているに越したことはあるまい。
「……魔王の固有魔力とは、端的に言ってしまえば純粋な魔力を極限まで負の性質に寄せたものなのです。つまり、いわゆる属性が存在しません」
魔力には属性が存在する。代表的なものでは火・水・風・土の四つだ。すべての属性の基本となる四大属性である。他にも雷や光、闇、珍しいものでは氷や時空間といったものが存在している。
ただそれとは別に、魔力には「正と負」の性質の違いがあるのだ。波長の高低とでも言えば良いだろうか。同じ光でも紫外線と赤外線が正反対の位置にいるように、同じ魔力でも人によって波長の高さはそれぞれ違う。
「属性が存在しない……」
そして属性を帯びた魔力というものは、えてして正と負の中間へと
「魔王の固有魔力とは、負の性質の極限値。つまり、その正反対……正の極限にある魔力をぶつけてやれば、保有魔力量や耐久力にかかわらず同量の魔力で中和することができます」
「じゃが、それは人には無理ではないのか? 属性が無ければ確かに正の極限値まで波長を振れるやもしれんが、属性を持たない人間など……………………あっ」
そこでマリーさんが俺のほうを見る。目が合う。そして俺は一つ、大きく頷く。
「俺…………魔力属性、無いよ」
そう。俺は世にも珍しい、無属性魔力の持ち主だった。
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