第347話 ご先祖様と、世界樹の正体

 マリーさんがいきなりオブジェを引っこ抜いたことで、周囲の空間が崩壊していく。市民会館の大ホールほどはあった巨大空間は、やがて学校の教室程度の小部屋へと姿を変えたのであった。


「あんなに巨大な亜空間を生成するばかりか、それを常時維持していたのか……。いったいどこからそんな莫大なエネルギーを?」

「そんなことよりもエーベルハルト。あれを見よ」

「何、マリーさ……」


 マリーさんの指差す方向を見た俺は絶句した。何故ならそこには、まるで亡霊が如く立ち尽くす半透明の美女がこちらを見据えてきていたからだ。


「人!? そんなまさか、魔力反応は……ッ」

「待て。あれはどうも人ではなさそうじゃ」

「人じゃないって……ままま、まさか幽霊」

「いや、そういうわけでもない。足下を見よ」

「足下……あれ、魔法陣だ」

「まあ、つまりはそういうことじゃ」


 足下を見ろ、だなんて言うからてっきり足の無い幽霊なんじゃないかと思ったら、なんと件の美女は魔法によって生成された立体映像なのだった。

 なるほど、これは確かに『パッシブ・ソナー』の自動感知には引っかかるまい。あの魔法が感知できるのは、生きた動植物等から発せられる微弱な魔力波の反応なのだから。こういった時限作動ないし人体感知センサーの内蔵された魔法を事前に察知することは不可能だ。

 まあ彼女に足が無かったことには違いないのだが、幽霊なのか魔法による立体映像なのかでは全然意味合いも違ってくる。いやはや、立体映像でよかった……。


「――――ここに到達した者がであってよかった。心からそう思います」

「喋ったぁああああ!?」

「おお、おおおお、落ち着けぇっ」


 そう言うマリーさん自信が落ち着きを失っているようじゃ世話ないよ。それよか、まずは目の前の立体映像だ。こっちを明確に認識しているだなんて……いったいどういう仕組みなんだ。


「どうか落ち着いてください。私は古代エルフの巫女の意思を封じ込めた仮想の人格――――言わば古代の亡霊にすぎません」

「やっぱり幽霊じゃないか!!」

「やば、ちびっちゃいそうじゃ……」


 マズい。たいへんマズい。マリーさんが幼児退行しだした。というか、さっきまではあんなに頼りになるお姉さんキャラだったのに、お化け疑惑が生まれた瞬間にこれかよ。「ちびっちゃいそう」じゃないよ! 女の子がそんなこと言っちゃいけません!


「……というか今、古代エルフの巫女って言ったか?」

「ええ。私は今より一五〇〇年前を生きたエルフ族の巫女、ハイエルフのマリアナです」

「ハイエルフ……マリーさんと一緒だ」


 そう思ったら途端に怖くなくなってきた。言われてみれば髪は金色ではなくて見事な銀色だし、耳もとんがっている。スレンダーで長身かつ超絶美形なところもハイエルフの特徴にぴったりだ。現状、見た目一〇歳くらいのマリーさんを二〇代後半くらいまで成長させたら、こんな感じになりそうな雰囲気がある。


「イグドラシルの名を冠する者よ。そなたは私の子孫、そう怯えずともよいのです」

「妾の……ご先祖様か?」

「そうなります。そなたの中に流れるハイエルフの血……その七代前が私に当たります。ハイエルフの血統を持つ者であるならば、紛れもなく私の子孫であると言えましょう」

「ハイエルフは確かエルフ族の中からランダムで生まれるという話だった筈じゃが……」

「それは、ハイエルフの形質が隔世遺伝するからです。親から子へとハイエルフの特徴が引き継がれる可能性があまりに低いがゆえに、そう誤って伝わってしまったのでしょう。基本的には直系からしか生まれることはありません」


 ということはつまり、マリーさんは特別な血統の下に生まれた高貴なる血筋の持ち主ってことなのか。それも一五〇〇年前から続く……。

 一五〇〇年前といえば「魔人のくびき」によって古代魔法文明が崩壊して、ちょうど人類史が再び始まろうとしている時期じゃないか。時期としてはハイラント皇国の建国とほぼ同じ頃だ。

 というかそもそも何故このマリアナさんなる古代エルフのお姉さんは今が一五〇〇後だとわかったんだ。死んでるんじゃないのか。


「子孫に流れる私のハイエルフとしての血から、どの程度の時間が流れたのかを読み取りました」

「こ、この妾がいつの間にかスキャンされておったじゃと……!?」


 可愛らしいお目目をぱっちりと見開いて驚くマリーさん。表情が豊かで見ていて癒されるなぁ。


「この世界樹イグドラシルは、私が勇者オルレウスとの盟約に応じて共同で創り出した巨大な封印装置。製作者である私にとって、内部に立ち入った者の情報を精査することなど造作もありません」


 この世界樹を……マリアナさんが作っただって?

 驚愕の事実に思わず絶句する俺達。


「そうです。ここは聖遺物レリックと化した魔王の遺骸の一部を封印するための設備。魔王に対抗するため人であることを捨てハイエルフとなった私は、勇者により討伐されて尚、強大な力を持ち続ける遺骸を封印するべく、世界各地にいくつもの迷宮を創り出しました」

「で、ではまさか、この世界にいくつも存在する迷宮にはすべて魔王の遺骸が封印されておるというのか!?」

「そうです。すべてを私が一人で創ったわけではありませんが……六つ存在する迷宮は、いずれも魔王の封印施設なのです」


 だから魔人達はこの世界樹へとやってきていたのか。そして魔王の遺骸が封印されている世界樹を有するエルフ族の国に攻め入り、エルフ達を蹂躙して国を滅ぼした。侵攻した公国連邦は魔人に支配された国家。彼の国は、そのための道具にすぎなかったわけだ。


「ハイエルフは他のエルフよりも長く生きますが、決して不老不死というわけではない。……ゆえに私は自身の子孫にその管理を任せることにしました。ハイエルフとは、その管理人を務める資格を持った者にのみ発現する巫女の証。――――我が子孫マリーよ。魔人によって世界樹が機能を失った今、そなたがこの魔王の遺骸を管理し、人類を守り抜くのです」


 実体を持たない残留思念としてのマリアナさんが、マリーさんにそう告げる。

 死して尚、強大な力を発揮し続ける魔王の遺骸。それを管理し、魔人達から守り続けるとは…………。


「マリーさん」

「……妾がやらねばならぬのだろう。その資格と義務が、妾にはある」


 拳を握ってそう呟くマリーさん。緊張と動揺を隠しきれてこそいないが、その瞳には強い決意の火が灯っていた。


「五〇年前に祖国を、同胞を救えなかった妾に、もう一度神代に生きた祖先が機会チャンスを与えてくれるというのじゃ。……これを逃すなどありえぬ」


 そこでマリーさんは顔を上げて、マリアナさんのほうを向いて言った。


「ご先祖様よ。妾に、その魔王の遺骸を制御する方法を教えてたもう」

「わかりました。……子孫とはいえ、辛い運命を背負わせてしまって申し訳ありません」

「今はそんなことはどうでもよい。もう二度と、妾は失うわけにはいかぬのじゃ」


 そう力強く宣言するマリーさん。俺はその姿を見て、改めてマリーさんの弟子で良かったと思う。

 ……俺も手伝おう。俺に何ができるのかはわからないけれど。それでも俺が異世界の地からこの世界に生まれ変わったことには、なんらかの意味があるのだと信じたい。

 マリーさんの左手をそっと握りながら、そう内心で決意する俺であった。











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