第183話 中将会議

Side:中将会議


「うぅむ……」


 皇国軍の最高意思決定機関である中将会議。各方面軍や三大師団、参謀本部などからやってきた御歴々が揃うこの会議では、もうかれこれ数時間近く、たった一つの議題だけを議論していた。

 縦長のテーブルを埋め尽くす資料の中でも一際存在感を放ち、皆の頭を悩ませている紙束がある。報告書の形を取っているその紙束の著者欄には「ファーレンハイト少佐」の文字が。エーベルハルトが上げた報告書の内容に、皇国軍最高峰の頭脳を持つ高級将校達が頭を悩ませていたのだった。


「……この魔人化の話が真実であれば、魔人とは得体の知れない存在ではなく、人間と非常に近い存在だということになるのか?」

「以前より疑われていた『魔人は、何らかの方法によって人間を魔人化させることができる』という命題の真偽は、既に今回の一件ではっきりした。問題はどう魔人化を防ぐかではないか?」


 そこへ、もっぱら魔人関連の調査において中心的な役割を果たしている憲兵師団の中将が発言する。


「以前、オイレンベルク准将から、例の皇都スラム街にて摘発された異常強化ポーション……便宜上、これを魔人化薬と呼称しますが、この魔人化薬を服用した人間は、体内魔力の比率が服用以前と比べて有意に向上している……との報告が上がってきています。信用にはほど遠いですが、ファーレンハイト少佐によって討伐された『超回復』の魔人の発言が事実だと仮定すると、魔人化薬……魔人の血液に、人間の肉体の組成を変化させる効果がある蓋然がいぜん性は非常に高いです」

「ということは何だ。その魔人化薬が巷に大量に出回ってしまえば、魔人が大量発生しかねんということか!」

「『超回復』の魔人の発言によれば、魔人化薬を摂取することで、魔人への適合率を全数の一〇分の一程度に向上させることが可能だそうです。しかし憲兵の調査によれば、流通していた魔人化薬の予測量と実際に適合した人間の数の間にはかなりの乖離かいりが見られるらしく、適合率は『超回復』の魔人が言っていたものよりはよほど低いものになるだろうと」

「それでも安心材料にはならんな。聞くところによれば、魔人化薬には依存性があるのだろう? 適合率が低くても、母数が多ければ魔人はまたいつか生まれるぞ」

「それに関してですが、三つ朗報があります。まず、成分を分析した結果、魔人化薬は全て同一の魔人の血液から作られていました。ゆえにまずそもそも魔人化薬自体がそこまで多くは生産できそうにないという点が一つ。もう一つが、魔人の血液はどうも万能ではないらしく、魔人化薬を服用して適合した人間は、と呼べるほど強くはならない点ですね。劣化版魔人、とでも定義するべきでしょうか。せいぜいがBランク止まりだそうですよ」

「なるほど、魔人とは似ても似つかぬ弱さだな」

「最後に、一つ目で挙げた同一の魔人の正体ですが、既にファーレンハイト少佐によって討伐された『超回復』の魔人がそれだそうです。よってこれ以上の流通拡大はありえません」

「「「おお……」」」


 魔人化のパンデミックは起こりそうにない、という話を聞いて落ち着く会議の面々。


「しかし肝心の魔人達の活動目的がわからなければ、安心できないということには変わりがないのでは?」


 中将会議の議長を務める、この中で唯一の大将――――ハイラント皇国軍においては、中将が実質的な最高位の階級なのだ。大将という階級は、あくまで中将会議の議長の代名詞にすぎない――――が、逸れてしまった話題を修正し、会議を本来の目的に立ち返るよう軌道修正する。


「確かにそこがわからんと、対策も立てようがないの」


 エルフ族出身で、皇国の生まれではないにも関わらず、長年の功績と実力によって中将としての地位を確固たるものとしているマリー・ヤンソン中将が大将に同調する。この中では最年長の彼女が話を繋げたことで、踊り、進むことのなかった会議が少しずつ進み始める。


「ううむ、そもそも奴らに目的などあるのか?」

「端的に言って、思考回路の読めない敵の意図を探るのはナンセンスでは?」


 批判的な意見も出る中、しかしそこから着想を得たジェット・ブレイブハート中将が発言した。


「敵の思考回路が読めないなら、我々にとって最悪の事態を想定するのが妥当であろうな。それはすなわち人類の滅亡か、あるいは『魔人のくびき』の再来だろう」

「「『魔人の軛』……」」


 その言葉で、あれだけ騒がしかった会議室が静寂に包まれる。「魔人の軛」とは、勇者が魔王を倒すまでの暗黒時代を指す言葉だ。勇者なき現代においてそれが再び襲来してくるというのは、もはや希望を捨てろと言うに等しい。


「大切なことは、いかにして『魔人の軛』の成立を防ぐか、じゃ」


 ヤンソン中将が切り出す。


「なぜ古代の人間が魔人に屈したかといえば、それは圧倒的な強さを持つ魔王がいたからじゃ。実際、魔人は数多くいたにもかかわらず、初代陛下によって魔王が討伐されて以降は各地で人類が蜂起して、結果としていくつもの国が生まれたじゃろ。カールハインツやエーベルハルトが現代においても魔人を倒しておるように、勇者のごとき圧倒的強者が味方におらんでも、敵側に魔王さえおらんかったら何とかなるもんじゃ」

「ふ、ふむ。確かに言われてみればそうだ」

「流石は『白魔女』殿。知恵が深い……」

「ゆえに、我々が取らねばならない対策はただ一つだ。魔王の復活阻止。これに限る」


 ブレイブハート中将が後を引き継いでシメる。異論のある者はいないようだった。


「えー、『魔王復活の阻止』。これを今後の皇国国防大綱の柱とすることに賛成の者は拍手を」


 大将が議長らしく決を採る。会議室に乾いた破裂音が響き渡る。


「それでは、これを可決する」


 人類対魔人の戦いは、こうして新たな局面へと移るのだった。





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