第199話 才女の強さ

「私は絶対に勝つわ」


 自信満々にそう宣言するエレオノーラ。普通であればそれがフラグになって初戦敗退……とかいう展開に発展しそうなものだが、彼女の場合は確かな実力と普段通りの強靭メンタルで以って、そんなフラグなどバッキバキに叩き折ってしまうから流石だ。フーバー家の才女の名は伊達ではない。むしろ、ここ数年で更に有名になったくらいだ。


「さあ、選手の入場です!」


 司会の合図で闘技場に上がるエレオノーラ。魔法学院の制服の上からフーバー家の紋章の入ったローブを羽織った彼女の姿は、堂に入っていてとても勇ましかった。


 さて、そんなエレオノーラの相手は、なんと珍しいことに弓矢の使い手だった。通常の大会では命を奪う行為は御法度ごはっとだ。しかし皇帝杯においては身体的ダメージを精神的ダメージに変換する『精神聖域』の結界が常駐で展開されているので、命を奪おうとしてもまず不可能であるというたいへん画期的な仕組みになっている。なので、剣や槍、魔法といった武器と違って威力の調節が難しい弓矢という武器であっても、こうして試合に出てくることが可能となっているのだ。


「まずはエレオノーラ選手! フーバー家の才女と言えば皆さんお分かりになっていただけるでしょう! 皇国の将来を担う若き俊英はどのような闘いを見せてくれるのかーっ! ……続いて『鋼矢はがねや』の異名を持つA+ランク冒険者、アードルフ! 彼は没落士族の家に生まれながら、弓術を極め、一代で家を再興するにまで成り上がった人物です! 弓だけで運命に立ち向かい、そしてじ曲げてきたこの強者つわものを、果たしてエレオノーラ選手は抑えることができるでしょうか!? ――――それでは試合開始です!」


 初動は二人とも速かった。エレオノーラは時間の掛かる詠唱ではなく、難易度が高い代わりに僅かな溜めだけで即時の発動が可能な魔法陣による攻撃魔法を選択した。瞬きほどの間に生み出された直径二メートルサイズの火球が爆速で撃ち出される。

 『鋼矢』のアードルフも速かった。エレオノーラの初撃を受け止めきれないと判断するや否や、いつの間にか取り出していた鋼鉄製の矢を弓につがえるとそれを放ってエレオノーラを牽制する。


「……わっ! ビックリしたわね!」


 鋼鉄の矢だからさぞ重たく飛距離も無いだろうと思ったら、どうやらそれは間違いだったらしい。木製の矢となんら変わることのない速度と飛距離の矢は、エレオノーラの火球をすり抜ける形で彼女に襲い掛かる。

 咄嗟に爆炎の逆噴射で身体をひねって回避したエレオノーラだが、その顔には少し焦りが浮かんでいた。


「……私ともあろう者が、少し危なかったわね。面白いわ!」


 ただまあ、エレオノーラはバトルジャンキーなのであんまり響いてはいないようだ。むしろ余計に火をつけてしまった感じか。

 それにしても驚いた。矢が鋼鉄製ということは、当然質量は木製のものよりも大きくなる。それなのに射出速度が同じということは、運動エネルギーは通常の矢よりもはるかに大きいということだ。それはつまり、直撃した際の威力が桁外れになるということ。『精神聖域』の結界に守られていなければ、一撃でも喰らえば手足のいずれかが吹っ飛ぶことだろう。


「……やるではないか」

「そっちこそね」


 『鋼矢』のアードルフは渋いおっさんだ。灰色の逆立った短髪と鋭い眼光が特徴的な、まさに武人という表現が似つかわしい人物である。そこに加えてこの古風な話し方だったので、俺は少しだけ笑ってしまった。


 それからしばらく両者の攻防は続く。エレオノーラが火球を放ち、アードルフがそれを矢で射抜いて続けざまにエレオノーラを狙ったかと思えば、彼女は爆発で矢を吹き飛ばし。

 実力はまったくの互角と言ってよかった。しかし勝負は永遠には続かない。


 数分以上にわたって闘技場の上で熱い闘いを繰り広げていたエレオノーラとアードルフの息が乱れ出して少しした頃。唐突にアードルフが構えを解いて弓を下ろした。


「?」

「降参だ」


 まだまだ闘えるだろう、と。誰も目にもアードルフが限界に達したようには見えなかった。エレオノーラも首を傾げて、彼を糾弾するように詰問する。


「どういうつもり?」

「矢が無くなった」

「あっ」


 呆けたような声を上げるエレオノーラ。見れば、アードルフの背中にあった矢筒は空っぽになっていたのだった。


「矢を使い切るまでに倒せなかった以上は、俺の負けだ。エレオノーラ嬢よ、お前は強い」


 そう言い残して闘技場から去ってゆくアードルフ。それをきっかけとして、潔い引き際の姿と熱い試合に感動した観客から一斉に歓声が沸き起こる。

 かくして、我が魔法学院陣営の選手は全員が初戦を突破することに成功したのだった。



     ✳︎



「いやあ、めでたい!」

「めでたいですわね」

「これで無事に全員が一回戦を突破したわけだな。実に二〇年ぶりの快挙ではないか?」

「オレ達けっこうスゲーんじゃねーか!?」


 魔法学院陣営でひと塊になりながら、観客席で祝勝会ムードに浸る俺達。ひとまずは全員が一回戦を突破したということで、先ほどまでとは違い、皆どこか和やかな表情をしていた。


「これで優勝まで出たら文句無しだな」


 ヒルデが何故か俺のほうを見てそんなことを言ってくる。


「そうだな。特に今年は優勝候補がいるのが大きい」

「卒業生ならともかく、在学生が優勝となると本当に珍しいのでは?」

「……確か、在学生の優勝は五〇年以上も昔だった筈だ。それも、戦時中で軍人や冒険者が前線に駆り出されている時の話だ」

「……ってことは、もし今年優勝者がうちから出たら、実質的に史上初ってことじゃねえか!」

「期待が高まりますわね」

「高まるねぇ」


 何故か皆が俺のほうを見てそう口々に言ってくる。プレッシャーが半端でない。


「いや、確かに優勝目指すって言ったけどさ!」


 こうも期待……というか注目されると、緊張を感じてしまうじゃないか。


「あ、そんなことを言ってる間に次の試合が始まりますよ。皆さん!」

「話逸らしたな」

「逃げた」


 ええい! なんか知らんがこういう話は苦手なんだよ! 期待してくれているとわかっている分、変に嬉し恥ずかしいから余計に、だ。


「さあさあ、次の試合の準備ができましたのでご案内いたします! 本日最終試合であり、また第一回戦の最後の試合でもある次の試合! なんと登場するのは、あの三大師団が一角、特魔師団の団長ジェット・ブレイブハート中将だーーーーっ!」

「「えっ」」


 そう司会が言い放った瞬間、俺とイリスは思わず声を上げて顔を見合わせる。

「(知ってた?)」「(ううん)」、そんな会話を視線だけで行うが、やはりイリスも知らなかったようだ。というか上司の俺が知らないんだから、部下のイリスが知っていよう筈もない。なんというか、ジェットは自由な奴だった。


「ハルト少佐! シュタインフェルト中尉! 聴こえているか!? 驚かせにきてやったぞ、ふははははっ!」


 自前で拡声の魔法を行使して、マイク型の魔道具を持っている司会者以上の大音量で闘技場の上からこちらに話し掛けてくる問題児ジェット。流石に自由すぎる……。

 マイクを使っているわけではないから辞めさせることもできないし、そもそも即興で拡声魔法を無詠唱(流石に魔法陣くらいは展開したみたいだが)で発動すること自体、頭がおかしい。なんだかんだ言いつつ、ジェットも伊達に特魔師団の師団長をやっているわけではないのだ。


 とりあえず、仕方がないので手を振って応えてやる。流石に拡声魔法で返すほど俺は恥知らずではない(拡声魔法が使えないとは言っていない)。


「うむ、決勝で当たることを楽しみにしている」


 そう言って、ジェットは大人しくなった。司会者が困ってしまっている。なんだか少し可哀想だ。

 ……それにしても、一気に優勝のハードルが上がってしまったな。ジェットは強い。お互いに本気を出したことはない(出したらどちらか、あるいは両方が死に至るからだ)が、昔、俺がジェットに特魔師団に勧誘されるきっかけとなった手合わせの際に、だいたいお互いの実力は把握している。

 もちろん俺はあの時よりもはるかに成長して強くなっているが、それはジェットも同じだ。奴はあの時、本気を出してはいなかった。俺が思うに、ジェットはまだもう一段階、強さのグレードを秘めている筈なのだ。

 ……だから、これはかなり本気でかからないとまず優勝はできないだろう。


 俺はひしひしと感じる仲間達の視線を背中で受け止めながら、今からもう対ジェット戦の攻略法を考え出すのだった。






――――――――――――――――――――――――――

[あとがき]

 いつもありがとうございます!

 ご挨拶が遅れましたが、気がつけばこの作品が書籍として書店に並んでいたようですね。レジ前の棚に平積みされているのを見た時はとても嬉しかったです。既に売り切れになったお店とかもあるそうで、作者冥利に尽きます。もし書店で見かけたら、是非買ってやってください!

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