第198話 ヒルデの悪魔的活躍

「さあ、皇帝杯二日目も半ば。第一回戦は佳境に差し掛かって参りました! 残る試合は三試合のみ! 選手達はいったいどんな試合を見せてくれるのかーっ!」


 昼を回って一発目の試合。司会がそんな演説で会場を盛り上げながら、午後の部の開幕を宣言する。

 まずはヒルデの試合だ。俺は彼女がどんな戦い方をするのか、まだ知らない。魔法哲学研究会ではだらしない先輩という印象しかないが、果たして彼女は、俺の中でのそんな悪いイメージを払拭できるだろうか!?


「さあ、まずは魔法学院代表が一人、ヒルデガルト選手! 彼女の情報は謎に包まれていますが、あの魔法学院の代表選手です。きっと素晴らしい戦いを見せてくれることでしょう! 対するは、なんとカンブリア教主国から皇帝杯に参加するためにはるばるやってきた神官シルヴァーナ選手! 昨日の試合でイリス選手が見せてくれたものもたいへん衝撃的で素晴らしかったですが、まさに王道の光魔法もぜひ見てみたいものです!」


 なんと、ヒルデの相手は皇国西方諸国が一つ、カンブリア教主国からの参加者であった。

 カンブリア教主国とは、皇国と同じ神や精霊を信じつつも、国祖を異にする国だ。ハイラント皇国が勇者を建国の父として崇めるのに対し、カンブリア教主国は同じ勇者パーティの一員で、ともに魔王を倒すために戦っていたいう神官が国父となっている。勇者を崇める地域はすべて皇国の領土に編入されているので、西方諸国の国民はほぼ全員がこのカンブリア教主国を盟主とした宗派に属しているのだ。

 そして、国の規模こそ皇国よりはるかに小さいとはいえ、影響力だけを考えれば西方諸国の中でも随一の教主国だ。そこの神官が強くない筈がなかった。


「それでは両者、位置について……試合始め!」


 司会の合図とともに、ヒルデが動いた!


「いくぜ! 『大悪魔アークデーモン』ッッ!」


 ヒルデが魔力を練り上げ、魔法陣を展開する。あれは……詳しくはわからないが、精霊召喚系の魔法陣だ。それも並大抵の精霊じゃない。おそらく相当に格の高い精霊を召喚するつもりのようだ。

 ヒルデの魔力の高まりに比例するように辺りが薄暗くなった。闘技場の上空に黒い雲が現れたかと思ったら、それが渦を巻いて紫色の稲妻を光らせる。周囲の空気が冷たく、湿った、重いものへと変化してゆく。


「『――――久しいな、小娘』」

「よう、バアルのおっさん。元気だったか?」

「『我にそのような問いは意味を成さぬことは貴様も重々知っていよう』」

「相変わらずつれねえ奴だな」


 そして闘技場に現れたのは、全長数メートルはありそうな、禍々しい魔力を振り撒く大悪魔であった。


「あ、あなた……、その悪魔は……人間には決して靡かないとされる大悪魔アークデーモン級ではありませんか! どうして大悪魔がここに!」

「なんか契約できちゃったんだよな」


 カンブリア教主国の神官シルヴァーナが動転して叫んでいる。かくいう俺も相当驚いている。

 あの「バアル」と呼ばれた大悪魔。ヒルデを介してこの世界に顕現している以上、本来の力を出せるわけではなさそうだが、それでもそこいらの魔獣や神獣と比べたら一回りも二回りも存在感が大きい。まだ大人になっていないのというのもあるが、現状俺の神獣であるリンちゃんよりも強そうだ。「なんかできちゃった」くらいのノリで契約できていい存在じゃない。


「『――――この娘は我に波長がよく似ている。故にこの娘を介すれば我が降臨しやすいのだ』」


 似ている事例を一件、俺は知っている。メイ達ドワーフの存在だ。ドワーフという種族は、土精霊ノームとの親和性が非常に高く、種族全体が土属性の精霊魔法に高い適性を持っている。ヒルデの場合は、それがデーモン系であったということだろう。だから人間の身ではありえないほどの高位悪魔を大した縛りもなく召喚できてしまった。精霊に愛される、とはそういうことだ。


「っ、私もここで引くわけにはいきません。神官として悪魔は浄化します! 『神聖域サンクチュアリ』」


 もちろん神官シルヴァーナも黙って見てはいない。負の魔力を持つ悪魔のような精神生命体の活動を鈍らせる聖なる結界を張り、ヒルデに「バアル」と呼ばれた悪魔の力を削ごうと試みる。


「ああーっと、シルヴァーナ選手! 悪魔を相手にする時の定石と呼ばれる光属性の結界魔法『神聖域』を展開したーっ! ヒルデ選手の召喚した大悪魔アークデーモンも恐ろしいが、一瞬で対抗魔法を発動するシルヴァーナ選手もまた恐ろしい!」


 司会の言う通りだ。例年ならこのクラスの魔法が使える人間なんて、準決勝とかそのくらいにならないと出てくるものじゃない。どうやら今年の大会は随分とレベルが高いようだ。そのレベルを上げている要因の一人である俺がそれを言うと自慢になってしまうかもしれないが……。


「まあ普通はそうくるよな。でもアタシが何の対策もしてないと思ったか?」


 ヒルデが不敵な笑みを浮かべて呟く。なんだ……、何をしようとしてる?

 いつも同じ部室で見ている先輩の知らない側面にドキドキワクワクしながら、俺は固唾を呑んで試合を見守る。


「バアルのおっさん、いくぞ! 『悪魔憑依』だ!」

「『うむ』」


 ヒルデが叫ぶのに合わせて大悪魔バアルが実体化を解き、球状の魔力エネルギー体に変化してヒルデを包み込む。するとなんと、ヒルデの身体が少しずつ変化していったのだ。身長や体格は変わらず小柄なままだ。しかし額からは禍々しい角が生え、爪が尖り、ニヤリとした笑みを浮かべる口からは牙が覗いている。しまいにはつるりとした感触で先っちょが尖っている典型的な悪魔の尻尾まで生えてくる始末だ。


「『これなら『神聖域』も効かねえぜ!』」


 どことなくバアルっぽい声に変質したヒルデが言った。しかし見た目は完全にアニメの悪魔っ娘キャラである。……ちょっとかわいいと感じてしまったのは秘密だ。


「なっ……悪魔を憑依させるなんて!」


 シルヴァーナが目を剥いて驚いている。神官である彼女からしたら信じられないだろう。教義に反する悪魔とあろうことか同化するだなんて、異端分子も甚だしいのだから。

 ……実は、領地において皇帝陛下の役割を代理として担う俺達皇国貴族もまた、在り方は神官に近いので本当だったらヒルデを糾弾しないといけないのだが……まあ流石に神官よりはそのあたりは緩いので目を瞑ることにしよう。

 それに、現にこうして皇帝陛下が試合を御覧遊ばされているにもかかわらず何も言ってこないということは、この国ではヒルデの魔法は許された、と解釈して良い。

 悪魔が異端とされるのは、性質が負に寄っているせいか、使役者が悪影響を受けたり、逆に乗っ取られたりして制御が利かなくなるからだ。昔の人は経験則でそれを知っていた。だから建国神話において悪魔を魔人と同列であるかのように記述したのだ。

 要するに、ヒルデみたいにしっかりと適性があって、ちゃんと制御できるなら問題は無いのだ。


「……ですが『神聖域』が効かないからといって何だというのです! 悪魔は払わねばいけません。『神聖槍ホーリー・ランス』!」


 シルヴァーナが光属性の上位魔法『神聖槍』を放ってくる。並の悪魔なら一瞬で浄化されてしまうくらいの威力だ。悪魔が帯びている負の魔力を、光属性がなぜか帯びていることの多い正の魔力で掻き消してしまう魔法である。

 しかしヒルデはまさに悪魔的身体能力で『神聖槍』を躱すと、恐るべき加速でシルヴァーナに肉薄する。


「っ! 『聖壁』!」


 咄嗟にシルヴァーナが張った結界がヒルデの拳を防ぐが、一撃で終わるヒルデではない。


「おりゃあああああ!」


 ――――ズドドドドドドドッ! と何十連撃も拳を叩き続けるヒルデ。人間離れした馬力で超高速・高威力の攻撃が繰り出される姿は控えめに言って悪魔そのものだ。


 ――――ピシッ……


 そこで、ついに『聖壁』にヒビが入る。


「っ……!」

「っりゃあああっ!」


 ――――パリィンッッ!


「あああっっ!」


 ヒルデの連撃が結界を破り、シルヴァーナに直撃した。なんとか受け身を取ったシルヴァーナだが、それでも十数メートル以上も吹き飛ばされていく。


「……ヒ、ヒルデ選手、ものすごい攻撃だーっ! 果たしてシルヴァーナ選手は無事なのか!?」


 司会の声に応えるようにして立ち上がろうとするシルヴァーナ。しかし力が入らないのか、うまく立ち上がることができていない。


「シルヴァーナ選手、立ち上がれないーっ! この試合、ヒルデ選手の勝利です!」


 ――――ウォオオオッ! という歓声が会場から湧き上がった。誰も見たことがないような珍しい闘いを見せてくれた二人に対する敬意の現れだ。

 いつの間にか『悪魔憑依』を解いていたヒルデが、こちらに向かってVサインを立ててくる。それに親指を立てて答えながら、俺は密かに先輩ヒルデに対するイメージを改めていた。


 こうして残る魔法学院陣営の試合は、エレオノーラだけとなるのだった。







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