第170話 表面化する対立

 中央委員会のキナ臭い噂はちょくちょく風の噂で流れてくるものの、これといった事件も起こらなければ証拠も無いため、平穏に一週間が過ぎた。

 この間に、早くも学業における脱落者が出始め、部室にこもりきりになる人間がちらほらいるようだ。厚生委員のリリーが「Quality of Campus Lifeェ!」と柄にもなく叫んでいたので、よほど深刻な問題なのだろう。現代日本でも、合格することだけを目標に据えて受験勉強に取り組んだ結果、大学入学後に燃え尽きてしまう若者が問題となっていたが、ここハイラント皇国でも似たような問題はあるようだ。


 そんなことはさておき。魔法学院二週間目初日の放課後、俺はとある人物に接触を図った。


「よう、元気にしてるか」

「やあ、ぼくは元気だよ。でも委員会がすごく厄介だよ……」

「やっぱりか。中央委員会は具体的にどう厄介なんだ? ハンス」


 俺が接触を図った人物。それは魔の森で同じ釜の飯を食い、魔法学院でもクラスメイトになった友人、ハンス・ベルゲンであった。彼はくだんの中央委員会に所属しているのだ。とはいえ、それは別にハンスが中央委員会のイデオロギーに共鳴したということではない。単純に、何も知らずに中央委員会を選択してしまったのだ。

 そもそも、中央委員会はその構成員の全員が全員、偏った思想の持ち主という訳ではない。中央委員会に入る一年生の大多数は何も知らずにそこを選択するのだ。そして組織のあまりの閉塞へいそく感と異常な空気に、嫌気が差して辞めていく。結果として、純粋培養されたゴリゴリのの人間だけが残るということだ。


「もう辞めたい……」

「将来は親父さんと同じ宮廷魔法師団に入りたいんだろ? だったら防衛委員会とかに移籍したらどうなのさ」

「それも考えたんだけどさ。先生が、学年が変わるまでは原則として移籍は認めないって。できる限り組織に染まってない人間を残しておきたいって考えが透けて見えるよ……」

「うーん、そういうハンスみたいな、染まりきってない人間がストッパー役になって、いい感じにバランスを保ってるってことに気が付いてないのかな」


 いっそのことストッパーがいなくなってくれたら、その内問題行動を起こして、こちらとしても合法的に介入できるのだが。


「気付いてるとは思うよ。けど、学院側としては揉め事は避けたいんじゃないかな。良くも悪くも事なかれ主義だよね」

「ぐわーーっ! まどろっこしいいいいい!」

「同感だよ……」


 このままでは一生、中央委員会の体制が変わることはないに違いない。何かこう、デカいアクションが必要だ。


「そうだ、ハンス。スパイやってくれよ」

「えええっ!? ス、スパイ? ぼくがかい?」

「うん」


 二進にっち三進さっちもいかないなら、こちらから何かしら働きかけるしかない。座して待つより、相手の暴走を誘うのだ。


「いつまでも受け身じゃ、何も変わらんしな」

「ぼくにできるかな……」

「お前なぁ、宮廷魔法師団目指してんだろ。ならそのくらいやってみせろ」

「うーん、わかった。やってみるよ。けど失敗したら守ってくれよ」

「何のための『執行部』の肩書だ。ちゃんと守ってやるさ」


 それに、いざとなれば勅任武官の肩書もある訳だしな。連中にとっては何の価値もない肩書だろうが、奴らを取り巻く周囲の人間はそう言ってはいられない。君主権の強い皇国で、勅任武官の肩書は物凄い効果を発揮するのだ。


「それで、ぼくは具体的に何をすればいいのさ」

「とりあえず中央委員会で話された議題と、それにかかわる各種資料があればそれを横流しして欲しい。もちろん生徒会会則でそれらの行動を合法化させておくつもりだから、そこは安心してくれ」


 現行の会則だと、解釈次第では収支とかの各種記録を破棄しても問題ないと読み取られかねないからな。成文法ってものは、いつだって裏をかかれるものなのだ。差し当たって、会計簿をはじめとした全資料の提出を義務づける必要がある。他の委員会から提出された資料も参照して、ズレがないことを確かめなくてはならない。


「臨時で生徒総会を開く必要があるなぁ」

「お互い大変だね」

「まったくだ」


 とりあえず、この後の生徒会役員会議で各種委員会の透明化を図るための生徒会会則新設案を提出するとしよう。おそらく全会一致で可決して発議には漕ぎ着けられる筈だ。一部学生からは「中央委員会を想定した中央委員会潰しの法案だ!」と批判されるかもしれないが、その通りなので黙殺することになるに違いない。

 突然、この会則が可決されれば中央委員会の活動はより先鋭化していくことだろう。生徒会執行部役員としては仕事が増えることになるが、これも学院の治安のためだ。骨を折ることもやぶさかではない。



     *



「ハルト。話がある」

「イリス、学校で会うのは珍しいね。どうしたの」


 さらにその翌週のある日の昼休み。先日、無事に「委員会活動の透明化を目的とした諸会則改正案」が生徒総会で可決されてほくほく顔の俺が食堂でリリーとメイの二人と昼食をとっていると、神妙な面持ちをしたイリスがやってきた。手にはサンドイッチのトレーを持っているので、食欲はあるようだ。


「防衛委員会のことで相談がしたい」

「ふむ。中央委員会絡みかな?」

「そう」


 やっぱりか。ハンスからの報告ではなかなか尻尾を出さなかったが、どうやら今回の中央委員会潰しの改正会則案の可決を受けて、ようやく問題を起こし出したようだ。


「実は、防衛委員会はかつてない予算不足で困っている」

「何?」


 防衛委員会は規模こそそこまで大きくはないが、学外からの脅威から学院を守る、学院創設時から存在する由緒正しい委員会だ。防衛委員会出身の学生は卒業後に軍からの覚えが良いこともあり、危険はあれど人気で安定した委員会として知名度は高い。当然、予算もそれなりの額が分配されている筈なのだが……。


「例年の委員会活動費として支給されている額と比べても、明らかに今年の額は低い。これでは最低限の装備の更新もままならない」

「支給額は生徒総会で満足な額が規定されていたと思うけど」

「実際に中央委員会から支給されたのはその四分の一未満。確実に妨害されている」

「証拠は?」

「ある。これ」


 そう言ったイリスから渡されたのは、今年の収入が詳細に記録された出納すいとう帳。確かに、明らかに例年よりも桁が一つ少ない。

 この学院に財務(あるいは大蔵)委員会は存在しないので、予算の分配は生徒会総会の決定に基づいて中央委員会が行なっているのだ。いくら生徒会とりが合わない中央委員会とはいえ、総会で明確に規定された額をちょろまかすことはできないだろう、と高をくくっていたのが裏目に出たな……。まさか、ここまで堂々と違反行為をしてくるとは。


「なんてこった。この前中央委員会から提出された記録には例年通りの額が載ってたのに」

「防衛委員会の記録との差異には気が付かなかったの?」

「うん。防衛委員会からの記録にも同じ数字が書かれていたから。書類上はどこにも問題が無かったよ」

「……それって」

「明らかにどこかで書類がすり替えられてるよなぁ。これは事案だぜ」


 早急さっきゅうに生徒会室に持ち帰って対応しなければ。


「ありがとう、イリス。これは重要な証拠だ。これで強制調査が可能になるよ」

「うん。ハルトも頑張って」

「おう。……ってな訳で、リリー、メイ。俺はここで失礼するよ」

「厚生委員会は例年通りの額だったわ。多分、中央委員会と対立している防衛委員会の活動費を減らすことで生徒会役員会議に意趣返しがしたかったのね。……頑張ってね」

「この調子だと、文部委員会の研究開発部も多分バレない程度にちょろまかされているでありますな。開発部に戻ったら確認してくるであります」

「今日の放課後までには証拠を揃えて突入したい。それまでに頼むよ」

「この後は講義も無いですし、了解であります!」


 ついに学院内抗争か。まさか本当にそんな学園バトルものみたいな展開があるとは思っていなかった。


 頭を戦闘モードに切り替えながら、俺は生徒会室に急ぐ。まったく、今日は早く帰れそうにはないな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る