第224話 お家騒動
「メイル様は、アーレンダール家をお継ぎになるおつもりで、ノルドにご帰還なされたのでしょうか?」
アガータが、真剣な顔でそう訊ねてくる。緊迫した空気が部屋に流れる。それを受けたメイはといえば……
「は?」
ものの見事に呆けてアホ面をかましていた。
「私が、アーレンダール家を継ぐ、でありますか?」
「はい。そのおつもりがあるのか否かを訊ねたく、こうしてお伺いした次第でございます」
メイは「まったく以って意味がわからない」と言いたげな顔でフリーズしている。そりゃあまあ、旅行先で親族を名乗る見知らぬ人間にいきなりこんなことを訊ねられたら、そうなるに決まっている。
ちなみにメイは、ノルド首長国におけるアーレンダール家の事情を何一つ知らない。ハイラント皇国に住んでいて関係が無かった、ということもあるだろうが、一番の理由としてはおそらく親方が敢えて話していなかったのだろう。
メイ本人は、今の今まで自分が移民二世の庶民(世界に冠たるアーレンダール工房の令嬢を庶民と表現して良いのかという点に関しては議論の余地があるが、一応身分制度的にはメイは紛れもなく平民だ。わかりやすく近代地球を持ち出して例えると、近代前夜のヨーロッパ諸国におけるブルジョワ階級に相当する)だと信じて疑っていなかった。
というか、それは事実だ。メイの親族が他国でどういう身分であったとしても、それはハイラント皇国人であるメイには関係の無い話である。早い話が、アガータの質問はまったく意味をなしていないのだ。そもそもの前提となる条件――即ちメイがノルドの人間であることだ――をメイが満たしていないのだから、当たり前の話だ。
「あのう、事情をよく知らないので悪いとは思いますけど、私は皇国から離れるつもりは無いであります」
離れたらハル殿とも離れ離れになってしまうでありますから、と小声で嬉しいことを言ってくれるメイ。そんなメイが愛おしくて堪らなくなったので、こっそり手を繋いで軽く握ってやる。
「!」
同じように手を握り返してきたメイは、アガータに自分の立場をキッパリと伝えた上で、事情を説明するよう求めた。
「私はハイラントの人間であります。ルーツはノルドにあるみたいでありますが、こちらの騒動に積極的に介入するつもりは無いであります。……とはいえ無関係というわけでもいられないですから、いったいここで何が起きているのか教えてくれますか?」
「……その言葉を聞けて安心いたしました。唐突にこのような質問をしてしまい申し訳ございません。……それでは、今ノルドで何が起こっているのかをご説明させていただきます」
そしてアガータは語り始めた。
曰く、ノルド首長国はご存知の通り、五〇と少しの部族からなる連邦制国家である。各部族には首長と呼ばれる存在がいて、彼らが一堂に会して国全体の方針や代表を決めるのだそうだ。
ただ、たくさんある部族それぞれの規模は実にまちまちである。数万人を擁する巨大な部族から、数百人程度しか人口のいない零細部族まで多岐にわたるそうだ。
そしてノルド首長国北方の島に一大勢力を築いている、ノルド全体で見ても三本の指に入る有力部族。そこの
さて、そのアーレンダール家だが、つい最近に当主が急死してしまい、家全体が跡継ぎをめぐって揉めているようなのだ。継承権の順位でいえば宗家の一人娘が第一位なのだが、その子はまだ一四歳と、巨大な一族を率いるにはまだ若干不安の残る年齢であり、それを好機と見た次点の候補である分家の嫡男が、アーレンダール家当主の座を狙っているらしい。堂々と次期当主に立候補すると宣言したそうなので、宗家派と分家派で揉めに揉めているとのことだった。
……なんだか、歴史の教科書に無数に載っていそうな話だな。
とにかく、そんな拗れまくった状況の真っ只中に、超大国ハイラント皇国で急成長を続けているアーレンダール工房の一人娘のメイが突如として飛び込んできたもんだから、両陣営ともに警戒しまくった。ただ、いつまで経っても港町の温泉地から出ようとしないから、メイの出方を確かめるべく宗家のほうから使いが出されて、こうして俺達に接触することになったのだそうだ。
「ちなみに、分家のほうも独自に使いを出したと聞き及んでおります。近日中にそちらからも接触があることでしょう」
「ザ・お家騒動って感じだなぁ……。面倒だ。巻き込まれたくない……」
「私のおじいちゃん、跡目争いが嫌で国許を離れたんですね……。今初めて知ったであります……」
メイの祖父は先代当主……急死した現当主の父の弟だったそうだ。鍛冶に専念するために争いを嫌ったメイの祖父が、身内だった鍛冶師とその家族を連れてハイラント皇国に亡命したとの記録が、ノルド・アーレンダール家の家史に残っていた。
「……失礼を承知でお願い申し上げます。メイル様、どうか我が宗家の陣営に加わっていただき、このお家騒動の鎮静化にお力添えをいただけないでしょうか」
アガータが接触してきた段階で予想はしていたが、やはりというべきか、アーレンダールの使いは面倒ごとを運び込んできたのであった。
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