第225話 アーレンダール同盟

「もちろん、メイル様がハイラント皇国での暮らしを手放すつもりが無いことは重々承知の上です。なので引き受けていただいた暁には、宗家にできる謝礼は何でもするとお約束させていただきます」


 そう言って頭を下げるアガータ。一応、筋は通っている。本来は部外者の筈のメイに、自らの陣営に加われと言っているのだ。だからこそ、それ相応の対価を支払う用意はあると。


「うーん、謝礼と言っても、こればっかりはその次期当主候補の子を直接見てみないと判断できないであります」


 当たり障りのない返事をして、お茶を濁すメイ。まあ当然の判断だ。いくらアガータが礼を尽くして協力を要請しても、当の次期当主候補がどうしようもない間抜けだったら味方になることはできない。

 加えて、そもそもが部外者の身だ。面倒ごとに首を突っ込むリスクを上回るメリットをアーレンダール宗家が提示できなければ、わざわざ引き受けてやる義理も無い。


「なあ、アガータさんよ」

「はい、なんでしょうか」

「その謝礼ってのは、具体的には何を想定しているんだ?」


 アーレンダール宗家にできることなら何でも、とは言っていたが、その文言だと「うちでは力及ばずご期待に沿えませんでした。ごめんね」と返されても文句は言えない。だから宗家がどのラインまで譲歩できるのか、誠意を確かめたい。


「はい。姫様より、ローロス鉱山から産出される鉱山資源、その一〇年間の独占取引契約を提案する許可をいただいております」

「「なっ、一〇年の独占契約!」でありますか!?」


 この提案には、俺もメイもびっくりだ。俺は次期領主として、メイはアーレンダール工房の中心人物として、この数字の凄さを身近なものとして実感することができる。

 まず、提案に出てきたローロス鉱山という名前が既にやばい。ノルド首長国は世界的にも鉱山資源に恵まれた国だが、このローロス鉱山はそんなノルドの産出量の全体のうち約一〜二割を占める超巨大な鉱山なのだ。ハイラント皇国でもその名が轟いていることからもわかる通り、まさに世界的な知名度を持つ鉱山である。採掘できる金属も鉄、銅をはじめとして、金、銀、果ては少量ながらミスリルすらもあるというのだから、ローロス鉱山が如何に価値の高い鉱山であるかよくわかるというものだ。

 そんなローロス鉱山との独占取引契約を、有期契約とはいえ一〇年も結んでくれる、と。……これは「お家騒動のリスクが云々」などと言っていられる条件じゃないぞ。こんな破格な条件、誠意どころか全力で媚びを売りに来ていると解釈してもあながち勘違いじゃないくらいだ。領主として真っ当な価値観を持っているならば、絶対に逃すべきではない。

 ……ただその分、裏に何があるのかが気になる。ここまで破格な条件を提示してくるのだ。何かを隠しているとしてもおかしくはない。


「単刀直入に訊くんだが」

「はい」

「なんでそんなに好条件なんだ? 流石に怪しいぞ」

「私もそれはちょっと思ったであります。こちらにとってメリットが大きすぎます」


 上手い話には大抵裏がある。そんな不信感の拭えないアガータの話だが、続く言葉を聞いて俺は少しだけ納得した。


「それだけメイル様の実力がずば抜けているのでございます。アーレンダール工房をほぼ独力であそこまで盛り上げた才能に加えて、ハイラント皇国の有力貴族であるファーレンハイト家がバックに付いている。敵に回しては、間違いなく宗家は太刀打ちできません。……そしてもしメイル様が分家に取り込まれて分家の嫡男が当主の座に着けば、アーレンダール家は終わりです。そうならないためにも、何があってもメイル様を味方に引き入れる必要がありました」


 どうやら分家の嫡男とやらは「当主になったら家が潰れる」と評されるくらいとんでもない人物らしい。もっとも、アガータの台詞が事実であれば、という注釈が付くが。


「加えて、宗家側から提案した独占契約ではありますが、こちらにもメリットを持たせるために、少しだけ条件をつけさせていただきたいのです。……それが、双方向における最恵国待遇の保障です。宗家は領内の経済活動に必要な分を除き、産出した資源のすべてをアーレンダール工房に回します。その代わりアーレンダール工房には、そちらの商品を我が領地に優先的に回してほしい」

「なるほど……。それならどちらか一方が割りを食う羽目にはならない、WIN-WINな取引ができるな」


 要するに、宗家は俺達と同盟を結びたいのだろう。アガータは先ほど「我が陣営に加わっていただきたい」と言っていたが、厳密に言えば、直接的に俺達を戦力として取り込むというよりかは、お互いにとって特になるような関係を構築したいというわけだ。このタイミングで接触してきたのも、引き合いに分家の存在を出すことによって、分家ではなく宗家を選んだほうが俺達のためになると伝えたかったのだろう。


「メイ。どうする? 俺はありだと思うけど」


 ファーレンハイト家次期当主としては、この取引は悪いものではない。少々接触が強引ではあったが、向こうからしたら悠長に根回しするような時間も無かったのだろうし、こちらに示すべき誠意も最大限示してくれた。ビジネスライクに付き合っていく分には、まったく問題無いだろう。


「……願ってもない好条件で少々びっくりしていたであります。実は、うちの工房はそろそろ生産拡大に舵を切りたかったのですが、原料の確保が課題となっていました。一〇年とはいえ、その不安が解消されたのはスタートダッシュを切るにはうってつけであります。……それに、もしこの取引が上手くいったら、宗家側も鉱山を独占とは言わないまでも優先的に取引を行うくらいの対応はしてくれるでしょうしね」


 こう見えて何気に策士のメイである。そんなメイは「あ、あと」と一言つけ加えた。


「腕の良い鍛冶師を数十〜数百人規模で募集したいであります。職にあぶれて困っている鍛冶師がいたら、ぜひ紹介していただけると助かるであります」

「かしこまりました。ただでさえノルドでは鍛冶師が飽和気味ですから、すぐに応募者が殺到するでしょう」


 ちょくちょく鍛冶師の採用は続けているみたいだが、いかんせんアーレンダール工房の技術力に適応できるだけの実力を持った鍛冶師というのはそう簡単には見つからないものだ。

 その点、元々土属性魔法に高い適性を持ち、歴史的に鍛冶師の多いドワーフを一括で大量に採用できる今回の話は、メイにとっても渡りに船だったわけだ。ひょっとしたらこれを機に、この世界で初の大規模工場が生まれるのかもしれないな。


「では、私達は宗家側につくであります。細かい条件の擦り合わせは、また後でしたいですが」

「あっ……ありがとうございます! これでアーレンダール家は救われる……」


 アガータの喜び方が尋常じゃない。それほどまでに悲観的な状況だったのか……。


「……失礼、見苦しいところをお見せしました。差し当たって、休暇を楽しまれているところ申し訳ないのですが、近日中にアーレンダールの領地へと向かっていただきたいのです。北島行きの船が二日後に出ますので、それにご同行願えますでしょうか」

「了解であります。それまではゆっくりしていてもいいんですよね?」

「もちろんでございます。改めて、この度は宗家の願いを引き受けてくださりありがとうございます。心より感謝申し上げます」


 ちなみに北島とは、ノルド半島の北方に浮かぶ大きな島だ。アーレンダール家の領地はそこにある。

 ……さてと、この町で過ごすのも残り二日か。まあなんだ。事情を聞けばアガータも随分と苦労人なようだし、協力してやるのもやぶさかではないような気になったのだ。誠意もしっかり見せてくれたし、この様子なら主君である姫様とやらも真っ当な価値観を持つ常識人であることだろう。万が一理不尽な暴君キャラだったりしたら、分家側につけばいいだけだしな。


 こうして俺達は、旅先にて謀略渦巻くお家騒動へと……半ば自分から巻き込まれてしまったのであった。



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