第226話 分家の嫡男
「ファーレンハイト様。アーレンダール様に用があると言っている人物が訪ねてきておりますが、お通しいたしますか?」
アガータの来訪により、同盟関係を仮締結した次の日。またもや宿にメイルへの来客があった。
十中八九、分家の使者だろう。アガータが帰ってからまだ二四時間も経っていないので、アガータは本当に間一髪だったんだな。
「通してくれ」
「かしこまりました」
昨日は宗家の味方につくとアガータには伝えたが、それはあくまで宗家の言い分が正しかった場合の話にすぎない。もしアガータが超絶演技派のホラ吹きで、俺達をものの見事に騙していたのだとしたら、俺達は分家側につくかもしれないからだ。
まあ、あの感謝感激っぷりを思えば、まずありえない話ではあろうが……何事も自分の目で確かめないことには断言できないものだからな。
というわけで一応の保険も兼ねて分家の使者を通したわけだが、案の定、そいつはやらかしやがった。
「おお、お前がメイルか! オレはゲオルグ。アーレンダールの当主になる男だ。それにしても……うむ、なかなかいい女ではないか! オレの嫁になるに相応しいぞ。……さあ、メイルよ。オレとともにアーレンダール領へ帰ろうぞ」
「帰れ。……であります」
なんと使者だと思って通した相手は、件の分家の嫡男であった。やたらと態度のデカい使者だなぁと部屋に入れる段階で既に違和感を感じていたが、まさかの本人登場である。
……それにしてもいきなり求婚とは恐れ入ったな。男と同じ部屋に泊まっていて、パートナーがいないとでも思ったのだろうか? 人の恋人に色目を使いやがったこのゲオルグという男は、一瞬にして俺の中で敵認定された。
ちなみに今、メイは一瞬敬語を忘れていた。なんと観測史上初の出来事である。俺は今、出会ってから初めてメイが怖いと感じたよ……。
「そうか、帰ってくれるか! うむ、素直な女は嫌いじゃないぞ」
「お前が帰れ、と言ったんであります」
「……なんだと?」
メイちゃん……。あなた怒ると怖かったのね……。
「私はハル殿と結婚するんであります。顔も知らない奴と結婚なんてありえないであります」
「いや、待て。それは困る。メイルには我が分家のためにも嫁に来てもらわないとならんの……」
――――ドォンッ!
「二度目は無いでありますよ。あと軽々しく下の名前で呼ばないでほしいであります」
「ひっ、ひいい!」
分家の嫡男ことゲオルグの足下を
状況はよく理解できてはいないものの、命の危機であることだけは理解したゲオルグがほうほうの体で宿から逃げ出していった。アガータから分家の話を聞いた時には、敵方の話なわけだし流石にある程度は盛っているんだろうなと思って聞いていたが……実は誇張ではなく事実だったわけだな。
これでまたアガータの話の信憑性が高まった。まあもっとも俺達相手に嘘を貫き通せる奴がそういるとは思えないし、アガータが裏切る心配は杞憂に終わるんだろうが。万が一、アガータが嘘つきだった場合には許すつもりなど毛頭無いが、この分ではアガータを疑う必要は無さそうである。
「……メイ」
「なんでありますか?」
「改めて、俺を好きになってくれてありがとうな」
実は、ゲオルグの野郎がメイのことを馴れ馴れしく下の名前で呼んだ時に、俺は少し嫌な気持ちになっていたのだ。心が狭いとか、器が小さいとか言われても文句は言えないが、自分の女に近づこうとする男に俺は嫉妬心を覚えていたのである。
そんな俺の独占欲を察してくれたのか、メイはゲオルグのクソ野郎に名前を呼ばれた瞬間、俺の手を優しく握った上で奴(の足下)を撃ち抜いたのだ。
「……い、いきなりそんなこと言われると、照れるであります」
恋人になった今でこそ、そういう雰囲気の時に甘い言葉を囁かれるのは平気になったみたいだが、構えてない時にド直球で好意を伝えられると弱いのは、昔から変わっていないようだ。
嬉し恥ずかしそうにモジモジしながらも嬉しそうな笑みを隠しきれていないメイだが、その手には物騒なものが未だに握られている。モジモジに合わせて銃口があっちを向いたりこっちを向いたりするので、危なっかしいことこの上ない。上の空状態のメイは安全装置を作動させていないので、これ以上愛を囁くと冗談抜きで暴発(物理)するかもしれないな。……ゲオルグではないが、地味に命の危機である。
メイにバレないようにこっそりと『纏衣』を発動しつつ、可愛らしく照れる彼女を生温かい目で、ただし冷や汗を流しつつ見守る俺であった。
✳︎
「ああぁ……、ついに分家のアホがやらかしましたか……」
その日の午後。アガータが泊まっていると伝えられていた宿に出向いて先ほどあった出来事を伝えると、アガータは顔面蒼白になった
「あんまりにも典型的な小物だったから逆に演技を疑っちゃったよ」
メイに断られた際の
「敵方とはいえ、奴もアーレンダールの人間です。この度は我がノルド・アーレンダールの者が不快な思いをさせてしまったこと、切にお詫び申し上げます。本当、なんと謝罪したら良いか……(あのクソ羽虫めが……)」
床にひれ伏し、見事な土下座を披露してくれたアガータ。メイもまたアーレンダールであることを加味してか、ご丁寧に「ノルド」を添えて謝罪している。密かに俺の中で宗家の株がポイントアップだ。
最後のほうにちょっぴりと
……よく見ると脂汗がポタポタとフローリングの床に滴り落ちていて、アガータの苦労人っぷりがひしひしと伝わってきた。そんなに濡らしてしまうと、宿の人の掃除が大変そうだなぁ(他人事)。
ちなみに俺達はといえば、案内されたソファに座ってそんなアガータの姿を高みの見物である。いきなり土下座をし出したアガータにも原因はあるが、
「分家は、いわば厄介者の寄せ集めなのです。分家の嫡男がああいう性格をしているので、これ幸いと、今はお亡くなりになられた当主様が似た者同士で纏まるように働きかけたと聞いています」
「なにゆえそんなことを?」
わざわざトラブル発生の原因を作るような意味不明なその働きかけに、メイが率直に疑問を呈する。
「ああいう輩は、周りに止める者がいなくなれば必ず増長して問題を起こしますから。当主様はそれを口実に、内部の不穏分子を粛清して一掃したかったのでしょうね。……その当主様がお亡くなりになられたことで事態は最悪な方向に転がってしまったわけですが」
「使えない当主でありますな。自分が死んでちゃ、世話無いであります」
「ちょっと、メイ」
いくら愚を犯したとはいっても、故人を悪し様に言うのは気乗りしない。それに、仮にも相手はこれから取引をしようという家の当主だったのだし。
「良いのです。厳しいお言葉ではありますが、事実ですから。……それに、我ら家臣から見たら、メイル様は国籍こそ皇国にありますが、お仕えすべき血筋に当たることには違いありません。今のも不敬発言には該当しないでしょう」
アガータがそう言ってくれたので、俺達はことなきを得る。……ただ、メイの率直な感想には正直俺も同じ思いだ。当主が馬鹿なことを思いつかなければ、今回のお家騒動も無かったかもしれないのだ。結果的に俺達に儲け話が舞い込んできたからまだ良いものの、面倒ごとしか運び込んでこない可能性も充分にあったことを考えれば、一概に「結果良ければすべて良し」とは言い切れない。次期当主候補の子が有能であることを願うばかりだ。
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