ノルド首長国編

第223話 アーレンダールの使者

 温泉宿の危機を救った数日後。

 あれからは特にこれといったトラブルもなく、俺達は昼はのんびりまったりとし、夜にはしっぽりと仲を深める日々を過ごしていた。まさに悠々自適な休暇だ。なんとも贅沢な時間の使い方だが、時には慌ただしい日常から距離を置いてこういう穏やかな時を過ごすのも必要なのだ。

 暇になったら二人で散歩に出掛けたり、出掛けた先で興味深いものを発見したら気まぐれに買ってあれこれ楽しんでみたり、ふと思い出した前世の科学知識をうろ覚えで教えて、相変わらずのメイの突き抜けた頭脳でその知識を完全なものに補完したりと、それはまあ自由な毎日だ。

 ハイトブルクにいた頃と本質的には何も変わっていないが、そこは長年を共に過ごした幼馴染だ。こういう距離感が一番やりやすい。

 一つだけ変わった点があるとしたら、それは夜の性活だろう。今までは一緒にお風呂に入ったり同衾どうきんしたりすることはあっても、肉体的な接触は(軽いスキンシップを除いて)存在しなかった。今は恋人同士ということもあって、誰にはばかることなく接触しまくっている。

 ……というのも意外なことに、無邪気に見えてメイの奴、相当性欲が強かったのだ。普段は天真爛漫で可愛らしい彼女だが、夜になると豹変する。誘うのは決まってメイのほうから、といえばどのくらい旺盛なのかが伝わるだろうか。

 おかげで毎晩俺は大変だ。そのうち干からびるんじゃないだろうか、というくらい濃厚に交わる毎日。気づけば朝になっていることも少なくない。

 まあ一晩中あのトランジスタグラマーな身体に耽溺たんできできることを思えば、限界を超えてしぼり取られるのも悪くない。……固有技能である【継続は力なり】がこんなところでも効果を発揮して、この数日間で少しだけ精力が増加したのには思わず笑ってしまったが。

 何はともあれ、近い将来メイが新たな命を宿してしまいかねないくらいにはイチャイチャラブラブできているので、俺の身体はともかく心は非常に充実していた。


 そんな日々を過ごしていたある日。あいも変わらず朝から愛を確かめ合って、一緒に風呂に入り、色々な意味でスッキリした俺達が部屋で一息ついていたところに、来客があった。


「ファーレンハイト様。お客様がお見えになっておりますが、如何いかがいたしましょうか?」

「何? 客? 俺達にか?」

「はい。アーレンダールの使者を名乗っておりますが……」


 来客のあった旨を伝えに来た宿の従業員が、客を通すかどうかを訊ねてくる。宿としては来客を名乗る人物を勝手に通すわけにはいかないが、かといって追い返すわけにもいかないのだろう。俺達に判断を仰ぎに来たわけだ。


「アーレンダールか……」


 十中八九、この間の話にあったお家騒動関連だろう。ノルド首長国におけるメイの親戚がどういった状況にあるのかは俺もメイもまったく知らないのだが、仮にも一族である以上は話を聞かないわけにもいくまい。

 メイの祖父がどういった経緯で親方を連れてハイラント皇国にやってきたのかはわからないが、話を聞くだけなら騒動に発展することもない。面倒な事態に発展したら、それこそメイの祖父よろしくハイラント皇国に即帰還すればいいだけだし、俺としては断る理由は特に無い。


「メイ、どうする?」

「うーん……。アーレンダールってことは、私の親戚ってことになるんですよね? なら会うだけは会っても良いと思うであります。もちろん会ってみて嫌な相手だったら追い返しますが」

「だそうだ」

「かしこまりました。それではお通しいたしますので、少々お待ちください」


 何があってもメイは俺が守る。それができるだけの強さは備えているつもりだし、多分それは俺の思い込みでは無い。客観的に見て、俺は世界でもトップクラスの魔法士だ。ハイラント皇国で最強と呼ばれる男を倒した実力は伊達ではないという自負がある。


「たとえ相手がどんな人間だろうと、メイには指一本触れさせないから安心してくれ」

「本当、ハル殿といると心から安心できるであります。好きです」

「奇遇だね。俺もだよ」


 今からこの部屋を訪ねてくる相手を刺激しないよう、体内で密かに魔力を練り上げつつ、俺達は来客がやってくるのを待つ。無言で待機すること一分少々。アーレンダールの使者とやらが部屋の扉を叩いた。


「アーレンダール家より遣わされました、アガータという者にございます。この度はメイル・アーレンダール様に御目通りさせていただきたく、お伺いいたしました」

「どうぞ、中に入ってください」

「失礼いたします」


 扉を開けて中に入ってきたのは、二〇代半ばほどに見える雰囲気を纏ったドワーフの女性だった。赤みを帯びた髪色がどことなくメイに似ている気がする。アーレンダール家から遣わされてきたと言っていたし、一族の人間なのだろうか。


「お初にお目にかかります。先ほども申し上げました通り、アガータと申します。……あなたがメイル様でお間違いないでしょうか?」

「いかにも、私がメイル・アーレンダールであります。……ところで、私に何の用でありますか?」


 若干の警戒の色を滲ませた声でメイが用件を訊ねる。まあその感覚は正常だ。何しろこちらには心当たりがまるで無いのだから、相手が何の用事で訊ねてきたのか不審に思うのが当然である。

 その警戒を感じ取ったのか、アガータと名乗った女性は頭を下げて謝罪してきた。まだそうと確定したわけではないが、とりあえずこちらに敵意を抱いているわけではないようだ。俺は少しだけ警戒度を下げつつ、しかし注意深くアガータの出方をうかがう。


「このように何のアポイントメントも無く突然の訪問になったこと、お詫び申し上げます。平にご容赦ください。……ただ、猶予が無かったことも事実でございます。今回お伺いさせていただいた理由も含めてお話しいたしますが……その前に不躾ながら、一つだけお聞かせ願えますでしょうか?」

「何でありますか?」


 アガータは顔を上げて、真剣な表情で口を開く。


「メイル様は、アーレンダール家をお継ぎになるおつもりで、ノルドにご帰還なされたのでしょうか?」


 何やら、俺達が知らないところでのっぴきならない事態が進行しているようであった。





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[あとがき]

 お久しぶりです。最近、投稿が滞っていてすみません!

 ようやく余裕が出てきたので、少しずつ再開していきます。

 近況ノートにも上げましたが、現在絶賛第二巻の原稿作業中です。今回はかなり多めに改稿&書き下ろしの展開を追加しました。

 楽しみに待っていてくださいね!

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