第222話 メイルの技術無双


「うーん……。なあ、メイ」

「ええ。いいでありますよ」


 この街は俺達にとって、二人が結ばれた記念すべき大切な場所だ。街の人も温かいし、何か恩返しができるならばしてあげたい。

 そんな考えを察してくれたメイが、まだ何も言っていないのに了承してくれた。伊達に俺と一番長い時間を共に過ごした幼馴染をやっていない。まさにツーカーの仲、以心伝心だ。


「あのう」

「ん、どうした? 嬢ちゃん」

「ここの管理をしている人を教えてもらってもいいでありますか?」

「構わんが、それを聞いてどうするんだ?」

「新しくポンプを作りたいので、その許可をいただきたいんであります」

「新しくポンプを作る?」


 メイの言っていることが突拍子もないことに聞こえたのか、おっちゃんが目をまん丸にして訊き返してきた。


「ええ。これでも私、鍛冶師をやってるんであります」

「まあ、ドワーフなら皆、多かれ少なかれ土魔法に適性があるから嬢ちゃんが鍛冶師なのは嘘じゃないんだろうが……。だが新しく作るとなると結構大変だぞ? この壊れちまったポンプだって数十年以上前に街の鍛冶師が何人も協力して作ったって聞いてるしな」

「材料さえあるなら問題ないでありますよ」

「そうか? ならまあ別に減るもんでもねえしな。訊いてみるか」


 流石ドワーフの国なだけあって、鍛冶に関する話はかなり早いな。おっちゃんの案内で俺達は町の会議所のような建物へと通される。


「何? 嬢ちゃんが直してくれるって?」

「いえ、厳密には新しく作り直すであります」


 会議所にいた温泉街の役員達に話を持ちかけると、思ったよりもだいぶ好意的な反応が返ってきた。


「材料ならこの町にはいくらでもあるから好きに使ってくれて構わないぞー。もし直らなくても気にしなくていいからなー」

「その歳で鍛冶師をやってるなら、お嬢ちゃんは才能があるんだのぉ。同じドワーフでも儂らは鍛冶の才能には恵まれなかったからのぉ」


 面白いことに、メイの実力を疑う素振りを見せる人間は一人もいなかった。一五歳の少女がポンプを修理する……というか作り直すと言い出しても、それを馬鹿にしないでちゃんと信じるのはドワーフ族ならではといえよう。これが人族の国だったりしたら、誰もメイのことを信じなかったに違いない。


「ではまずは現状あるポンプを取り外していくであります。ハル殿……」

「はいよ。『纏衣まとい』」


 数メートルはある巨大な金属製のポンプを、『纏衣』の超パワーで軽々と持ち上げる俺。


「「「うおおおっ!」」」

「嘘だろ、持ち上げたぞ!」

「何トンあると思ってんだ! ありえねえ!」

「こ、これは信じられん光景だのぉ……」


 周りのドワーフ達が瞠目しているが、この程度で驚いていてはこの先腰を抜かすかもしれないな。メイの工学魔法チートはこんなものではない。なまじ同じドワーフとしてやっていることの凄さが理解できる分、余計に驚きが大きいことだろう。


「では私も……」


 そう言ってインベントリから魔力タンクを取り出し、早速作業に取り掛かるメイ。


「このポンプ、分解してしまっても構わないでありますか?」

「あ、ああ。構わんが……」

「では『解体』」


 ――ゴトッ


「「「うおっ!」」」


 ところどころ錆びてしまっているポンプが、部品ごとにバラバラになって崩れ落ちる。


「続いて『融解』、『分離』、『整形』」

「「「うおお、おお、おおおおおっ!?」」」


 あっという間に金属の山が溶け、混ざり、成分ごとに分離されてインゴットの形になってゆく。


「ここの源泉は地下深くから湯を汲み上げる上に、町中に湯を行き届けなければいけないので、駆動部にはそれなりに負担が掛かるみたいでありますね。……ホラ、ここを見てください。腐蝕に加えて、摩耗した様子が見て取れるであります」


 敢えて残していた、腐蝕していた部品パーツを示してそう説明するメイ。原因を一瞬で特定し、迷う素振りも見せずに作業を熟していくその姿は流石、堂に入っている。


「本当だ」

「嬢ちゃん、凄いなー。一流の鍛冶師みたいだー」

「お前さん馬鹿かのぅ。嬢ちゃんの手際を見れば一流でのうて一流なのは一目瞭然だろう」

「なので負担の多くかかる駆動部は、こうしてしっかり補強する必要があるんであります。――『還元』、『合成』」


 そう言いながらメイは腐蝕した駆動部を腐蝕する前の元の状態に還元し、続いてインベントリから取り出した黒い金属を組み合わせて合金を生成する。

 その還元および生成のスピードが相変わらず化け物じみて速いので、その光景を目の当たりにした会議所の人達は「信じられないものを見た」とばかりに口をあんぐりと開けて絶句していた。まあ、立て続けに驚きの光景を見せつけられたらそうなるわな……。


「すべての金属の中で最も硬いアダマンタイトであります。腐蝕にも強く、熱耐性も高いので高音高圧に晒される駆動部にはピッタリであります」

「あ、アダマンタイトだって!?」

「嬢ちゃん! そんな貴重な金属を使わせるわけにはいかねぇよ!」


 黒光りする金属の正体を知ったおっちゃん達が慌てふためいてメイを止めにかかる。気持ちはわからなくもない。アダマンタイトは魔素濃度の高い火山地帯からごく稀に産出される金属で、ミスリルほどではないが充分に貴重なのだ。グラム単価は金にも匹敵するというし、おっちゃん達が慌てるのも無理もない。


「大丈夫であります。こうやって少量のアダマンタイトを混ぜて合金にしてやれば、純粋なアダマンタイトよりかは弱いですが、鉄よりもよっぽど頑丈な魔鉄に早変わりであります。その上から純アダマンタイトを薄くメッキ状にして貼り付ければ、腐蝕対策もバッチリです」

「お、おお……。ならそこまで高くはならないのか?」

「この量だけだったら、技術料抜きの原価だけで考えれば数十万エルもしないでありますよ」

「そ、そんなに安いのか……」


 その絶妙な配合比率を実現できるのはメイの技術力あってこそなのだが、今回は良い思い出をくれたこの町への恩返しという側面もあるので、代金は技術料・素材の原価ともにタダだ。普通なら技術の安売りはしないのだが、今回だけは特別である。ちなみに正規の料金を取ろうと思ったら、軽く数千万エルはするに違いない。


「『塗金メッキ』、『整形』……最後に『組立』と。これで完成であります!」

「「「「おおお……っ!」」」」

「すげえ、もう完成しちまった……」

「あっという間だのう……」


 町の経済の根幹を担う重要な設備を、僅か十数分で完成させてしまったメイ。彼女は間違いなくこの町の英雄だ。


「嬢ちゃん、すげえな! そんだけすげえなら、きっと有名な鍛冶師なんだろ!?」

「ありがてえ、ありがてえ。ぜひお礼をさせてくれ。だからもし良かったら名前を教えてくれるかい?」

「ハル殿?」

「まあ教えてやってもいいんじゃないかな? 害にはなりそうもないしね」


 名前を言ってしまっても問題はあるまい。それに何かあっても彼女を守り通すだけの力は既に持っているのだ。ならばこの町を救った栄誉をメイが享受する機会は奪うべきではないだろう。


「では……私の名前はメイル。メイル・アーレンダールというであります」

「アーレンダールだって?」


 ここ数年の話ではあるが、アーレンダール工房の名前は有名だ。ハイラント皇国だけでなく、近隣諸国にまでその名を轟かせていると聞く。

 だが、この町の人達の反応は少し想像していたものとは違った。


「嬢ちゃんは、アーレンダール家のお嬢様だったのかい?」

「ここは少し離れているから影響は少ないが、アーレンダール家は今お家騒動で大変と聞くぞ」

「お嬢ちゃん達は逃げてきたのかのう?」


 何やら不穏な単語ワードが飛び出してきたぞ……? あとアーレンダールの苗字は、聞く限り高貴な家なのか? ここにきて新たに発覚したメイのルーツか。……これはひと波乱ありそうな予感だ。


「いえ、私達はハイラント皇国から旅行で来ただけであります故、そのお家騒動とやらは寡聞にして知らないであります」


 メイが困惑しつつそう答えると、おっちゃん達の表情が緩む。


「おお、ハイラント皇国といやあアーレンダール工房じゃねえか! なるほどな、嬢ちゃんはそこの鍛冶師だったんだな。あのえげつねえ技術にも納得だぜ」


 一瞬だけ流れた重たい空気が払拭され、場はお開きムードになる。


「嬢ちゃんらには感謝してもしきれねえ。心ばかりで申し訳ねえが、これを受け取ってくれ」


 そう言って会議所のおっちゃん達が渡してきたのは、この町の温泉宿の永久フリーパス券だった。


「こんなものしか渡せねえのは心苦しいけどよ。また遊びに来てくれ。歓迎するぜ」

「おうともー、最高のもてなしをさせてもらうぞー!」

「一番良い部屋を用意して待っとるでの」


 彼らを助ける決断をして良かった。感謝されるってのは、やっぱり嬉しいもんだ。今回の件の最大の功労者であるメイもまた、嬉しそうにフリーパスを眺めている。

 同じ北国育ちの温泉好き仲間だ。また二人で遊びに来るとしよう。


 こうして温泉地の危機騒動は、無事に幕を下ろしたのだった。







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