第221話 トラブル発生?
俺とメイが幼馴染の関係から恋人の関係に一歩踏み出した次の日。俺達はといえば、温泉地にはつきものの源泉の観光に出掛けていた。
源泉は旅館から歩いて一〇分ほどの場所にある。柵で囲われた湯本からは湯気が立ち上っており、辺りには薄っすらと硫黄の匂いが満ちていた。
「見てください、ハル殿。足湯がありますよ」
「本当だ。ちょっと温まっていくか」
足湯には何人かの観光客が既にいて、談笑をしているようだった。まさに前世の温泉街で見た景色そのままだな。
少し懐かしい思いに浸りながら、俺達も履き物を脱いで足を湯に浸ける。まだギリギリ春の訪れていないノルド首長国の気温で冷えた身体を温めるにはちょうど良い温かさだ。
「ハル殿。これ、宿で貰ってきた観光案内マップであります。あとでここ行きましょう」
「へえ。温泉卵を使ったご当地グルメか。なかなか楽しめそうだね」
「ノルドの土地は瘦せていてあまり豊富に作物が獲れませんからね。コカトリスの卵は貴重なタンパク源であります」
「コカトリス? 危険じゃないのか」
コカトリスといえば石化光線が有名だ。高位のドラゴンであるバジリスクよりかは数段格は落ちるが、それでも充分に危険とされる魔物の筈だ。
「それがですね。家畜化されたコカトリスは、実はあんまり怖くなかったりするんであります」
「へえ。なんでまた」
メイが言うには、コカトリスは本来は穏やかな性格の草食性の魔物で、あまり攻撃的ではないらしい。コカトリスが石化光線を発するのは空腹時や命の危険を感じた時だけなのだそうだ。そしてその石化光線が発射される時も前兆のような予備動作があるらしく、その隙に鏡を構えて防御すれば簡単に防げてしまうんだとか。万が一光線を喰らって石化してしまっても、回復ポーションを服用すれば、数日もあれば治るらしい。……なんだか俺の中のコカトリス像がガラガラと音を立てて崩れていくのを感じる。
「コカトリスはノルド半島に生息する固有種ですからね。ドワーフの歴史はコカトリスと共にあると言っても過言ではないであります」
お父さんに聞きました、とノルド首長国の食糧事情を教えてくれるメイ。そういえばアーレンダール工房の親方はノルド出身だったな。メイは生まれも育ちもハイトブルクなので生粋のハイラント皇国人なのだが、ルーツはこの国にあるわけだ。
ともあれ、俺はこの世界においてもまた温泉卵を楽しめるらしかった。日本を知る身としてはなんだか出来すぎな気もしなくはないが、世界が違っても同じ人間。環境が同じなら、似たようなことを考えるものなのだろう。
「さあ、身体も温まったしそろそろ行くか」
「行きましょう!」
自然な動きで腕を絡ませてくるメイ。今までの曖昧な関係から一歩踏み出してちゃんと恋人になったこともあって、なんの気兼ねもなく素直に好意を表してくるようになったメイがそこはかとなく愛おしい。絡ませた手を握り返しながら、やっぱり俺はメイが好きなんだと改めて自覚する。愛しい幼馴染とこうやって温泉地デートができる日がくるなんて、前世の俺では考えられもしなかった。今、俺は最高に幸せだ。
「なあ、メイ」
「なんでありますか?」
頭ひとつ分下から見上げてくるメイ。二人の目が合う。
「好きだよ」
「っ! ……わ、私もであります!」
突然の愛の囁きに意表を突かれながらも、にへらーっと相好を崩しながらそう返してくるメイ。この笑顔が昔から最高に好きだった俺は、胸が幸福でいっぱいになるのを感じる。
そんなふうに恋愛脳ムーブを全開でかましながらしばらく街を歩いていると、前方に人だかりができているのが見えてきた。
「なんだろう?」
「トラブルでしょうか」
近づいて見てみると、何やら巨大な機械を前に街の人達がしかめっ面をしていた。
「何かあったんですか?」
近くにいたドワーフのおっちゃんに訊ねると、おっちゃんは困り顔で教えてくれた。
「おう、実は街が共同で使ってる、源泉から湯を汲み上げるためのポンプが壊れちまってな。このままじゃあ、街の温泉に湯を行き渡らせることができなくなっちまいそうなんだ。……あんたら観光客か? いや、嬢ちゃんのほうは里帰りか? とにかく湯が止まっちまってるから、明日からしばらく温泉には入れなくなりそうだな。今日の内に楽しんでおくことをおすすめするぞ」
おっちゃんが親切に教えてくれる。どうやら彼も温泉宿の経営者のようで、結構困っているらしかった。
「直せないんですか?」
「すぐには無理だな。結構昔に作られた巨大なポンプだからよ。いい加減ガタも来てるし、修理して使うのは難しいだろうな……」
「メイ、見た感じどう?」
「あれは無理っぽいでありますね。駆動部のギアが完全に腐蝕しちゃってるであります」
工学のプロのメイが言うんだから間違いない。どうやら俺達は観光地の危機に遭遇してしまったようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます