第207話 互角の闘い

「そういうことなら仕方ないよな。最初っから全開だ。――――『多重演算マルチタスク』、『纏衣』、『白銀装甲イージス』」


 俺はまず意識を四つに並列分割した上で、北将武神流「内の型」と「外の型」を同時に発動する。そして余った二つの意識の内、片方でジェットの警戒、もう片方で『意識加速アクセラレート』の準備だ。

 最速で俺の全力を引き出すこの手順は、王道と言っても過言ではないだろう。長年をかけて編み出した俺の定石だ。


「その歳で既にある程度完成された定石を持っているというのは実に良いことだな! フンヌッ!」


 快活な笑みを浮かべながら怪物のような筋肉を盛り上がらせて戦闘態勢に入るジェット。相変わらず馬鹿みたいな迫力だ。首周りなんか俺の太腿ふとももくらいはあるのではなかろうか。


「では行くぞ! ふんヌァッ!」


 ジェットが、その巨体からは想像できないほど素早い動きで距離を詰めてくる。重量級のラグビー選手にタックルをかまされるようで、かなり本能的な恐怖がある。これがただの鈍重なだけの大男ならどれだけ気が楽なことか。相手は受け流すことも受け止めることも許してはくれない、この国でほとんど最強の男なのだ。


「まあ、馬鹿正直に受け止めてやるほど俺は大人じゃないから……」


 そう言って密かに俺が発動した魔法の名前は『地雷原』。足から放った衝撃波を地中に伝播させて、敵のすぐ足下で炸裂させる凶悪な技だ。かつて『風斬り』のフェリックス戦で使った時にはまだそこまで強い威力を出せず決定打に欠けていたこの技だが、修練を積んだ現在では立派な殺人級の技である。


「むっ? ここか!」


 しかし、フィジカルなら皇国最強と表現してもまったく問題ないジェット相手にそれが通じるかといえば、残念ながらそんなことはなかった。

 なんと奴は地中から俺の魔力を感知するや否や、大地に向かって拳を叩きつけ、パンチの衝撃で『地雷原』を相殺してしまったのだ。『地雷原』とて元を辿れば俺の固有魔法【衝撃】だ。衝撃波を相殺するには、逆位相の衝撃波をぶつけてやればそれで良い。殺人級にまで進化した俺の『地雷原』はあっさりと攻略されてしまった。


「……けどおかげで時間が稼げた。ここからが俺の本気だ、いくぞッ、『意識加速アクセラレート』!」


 とはいえ、俺も『地雷原』程度でジェットを倒せるだなんて欠片も思っていない。あれはあくまで時間稼ぎだ。本命は『意識加速』の発動にあった。……まあ、逆に言えば必殺技級の魔法でもない限りジェットを足止めすらできないというのは実に恐怖なことではあるのだが、皇国最強格ならむしろそれくらいでないと今度は国防が不安になってくるので、結論だけ言えばそれで良いのだろう。多分。


「準決勝の時と同じ、時間稼ぎか。……まんまとしてやられたな。見事だぞ、エーベルハルト!」


 俺の雰囲気が変わったことを察知したのだろう。ジェットがより戦意を昂らせながら俺を称賛してくる。どうも奴にはバトルジャンキーの気があるようで、相手が強ければ強いほど期待が高まる習性を持っているらしい。困った奴だ。


「どれ、今のエーベルハルトに俺の攻撃がどれほど通じるか、試してみよう」


 ちょっと気になるからやってみよう、くらいの軽いノリで十数メートル以上もの距離をまばたきの間に詰めてくるジェット。目は追いついていても、身体が追いついてこない!


「(『念動力』……ッ!)」


 訓練である程度は改善が見込めるとはいえ、人間の反射神経には限界がある。それはたとえ『意識加速アクセラレート』で思考を四倍に加速していても同じことだ。肉体の神経を走る電気信号の速さまでは変わらない。

 だからこのままではジェットの攻撃をかわしきれないと判断した俺は、無属性魔法『念動力』を使って強引に身体を動かして回避した。


「おっ、今のを避けるか。流石だな!」


 ジェットは笑っているが、今の技はそうそう多用できるものではない。脳の運動を司る部分に反して思考だけで無理やり身体を制御しているということは、予期しない動きが生まれる可能性があるということであり、その分身体にも負担が掛かって、結局は戦闘可能時間を短くすることに繋がりかねないからだ。

 だからジェットの人間離れしたスピードに対応するために、俺も神経系を強化しなくてはならない。


「――――『神経強化』ッ」


 この世界の医学には、まだ神経の概念は無い。流石に古代エジプトのように「脳ミソは鼻水を作る器官だ!(ドヤ)」みたいな荒唐無稽なものではないにせよ、現代地球の医学と比べたら随分とお粗末なものだ。熱が出たらすぐ瀉血、体調不良ならすぐ瀉血、となんでもかんでも瀉血したがる中世ヨーロッパほどではないのが救いだろうか。この世界には回復魔法が存在するので、同時代程度の地球の医療水準と比べたらはるかにマシなのだ。

 話は逸れたが、要するにこの『神経強化』は『身体強化』の魔法に着想を得た、俺のオリジナル魔法である。これを使うとただでさえ『纏衣』で強化されている反射神経がさらに強化され、『意識加速アクセラレート』使用時の思考速度に身体がついてこれるようになるのだ。

 つまり、アホみたいなパワーとスピードのジェットと互角に渡り合えるということである!


「ぬぉおおおおっ! エーベルハルト、また何か新しい魔法を使ったな!? さっきまでとは動きが段違いだぞ。うはははは!」

「ぐおおっ、だからなんですぐバレちゃうかなぁああっ! 俺だって新魔法のストックは無限じゃないんだぞッ」


 一撃一撃が即死級の威力を秘めたジェットの拳をいなし、それでもブレない不死身の体幹を崩すべく腹部に『白雹はくひょう』をお見舞いし、腹筋に力を入れることで耐え抜いた気持ちの悪い耐久力を持つジェットに怯えつつ『魔力刃』で顔面を斬ろうとすると、ジェットがイナバウアーのように上半身をのけぞらせてそれを回避する。

 これら一連の応酬がわずか一、二秒の間になされるのだ。――――バッ、シュババッ、ドパッ、というおよそ人間同士の戦闘とは思えない風切り音と衝撃音が、静まり返った闘技場に響き渡る。観客はといえば、声援を送ることも忘れて俺達の試合に見入っているようだ。


「ううむ、なかなかヒットしないな! 殴っても殴ってもいなされるこの感覚、昔カールハインツと闘った時のことを思い出す!」

「オヤジか……。少しは俺もオヤジの技術に近づけたってことかなッ」


 パワーやスピード、魔力などでは俺のほうが上だ。実際に戦闘になったら俺のほうがオヤジよりも強い。ただ、同じ魔力量に制限して闘ったならば、俺はオヤジには勝てない。まだ技術が追いついていないからだ。

 ただ、年を重ねるごとに近づいていけている自覚はある。この調子ならあと数年で追い越せるだろう。それまではせいぜい模擬戦等で技術を盗ませてもらうとしようじゃないか。


 ――――バシュッ


 俺の放った『白雹』が拳で砕かれた音で試合は一時中断し、俺とジェットは数メートルの距離を保って向かい合った。まあ数メートルなんて一秒足らずで埋まってしまうような距離ではあるのだが、まあそこは気持ちの問題だ。密接状態と距離を保った状態とでは、やはり落ち着き具合が違う。


「ふむ、だいぶ身体も温まってきたな! よし、それではエーベルハルト。特別に俺の本気モードを見せてやろう!」

「なっ!? ジェット、あんたまだ何か隠し持ってたのか!」


 一〇〇〇を超える魔法を隠し持っている俺が言うのも変な気もするが、これ以上ジェットが強くなるだなんて言われたら、俺はもうどうしたら良いかわからんぞ。対処法なんて魔力のゴリ押しくらいしかもう残っていないし。


「ただ、これをやると一瞬で魔力が尽きるのが難点でな。耐え抜けばお前の勝ちだ」


 耐え抜けばな、という声が聞こえたような気がした。実際にジェットがそう言ったわけではないが、その意味あり気な視線は間違いなくそう語っていた。


「ではいくぞ。――――『鬼血きけつ解放』」


 次の瞬間、ジェットが人ではなくなった。



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