第69話 出立

「そうか! 特魔師団に入ってくれるか! そうかそうか、それは嬉しい。では早速皇都に向かうとしよう」


 満面の笑みで俺を抱きめようとするジェットをするりと躱し、俺は彼に突っ込みを入れる。


「今から!? いきなり過ぎない?」

「何を言う、国家の危機に猶予もクソも無いのだ」

「いやまあそうなんだけどさ」


 流石に準備期間くらい欲しいのだが。


「色々用意したいから三日くらいは待ってよ。それに皇都なら一人で飛んで行った方が早いから、ジェットは先に行っててくれた方が助かる」

「そうか? まあ俺の足で皇都まで三日はかかるからな……。エーベルハルトが一日で行けるなら、俺が先に出た方が良いのか」


 むしろ一緒に走って行った方が確実に遅くなる。千キロなんて長距離を走れる気がしない。

 その点、『飛翼』は便利だ。千キロ近い長い道程をすっ飛ばして直線距離で結べる上に、あり余る魔力くらいしか消費しないのだから。走るのだけは絶対に嫌だ。


「では皇都に着いたら軍の駐屯地を訪ねてくれ。皇都から見て東北方面の東門に近いところにあるからな。門番にこれを渡すといい。案内してくれるだろう」


 そう言ってジェットが何やら立派な羊皮紙を手渡してくる。


「これは……紹介状?」

「まあ辺境伯家の家紋を見せれば必要は無いと思うがな。転ばぬ先の杖だ。用意しておくに越したことはない」

「そりゃそうだな」

「では、俺は一足先に向かうとしよう! さらばっ」


 そう言い残してジェットは去って行った。まるで嵐のような奴だ。


「……さて、を整えるか」


 特魔師団には入団するが、それは別に今までの生活を捨てるということを意味しない。リリーやメイとは相変わらず一緒にい続けるつもりだし、冒険者稼業も腕が鈍らない程度には続けていく予定だ。

 そのためにも色々と用意しておかなければならない。俺が二重生活を送るための計画、スタートだ。



     ✳︎



「という訳でメイさん。リリーさん。あなた方に協力をお願いしたいのです」

「なあに、改まって」

「また何か面白いことを考えたんでありますか?」

「まあね」


 今回、俺がリリーとメイを呼んだのは、ある道具を開発したいからだった。その名も……。


「設置型転移魔法陣!」

「……というと?」


 イメージしたのはゲームとかによく出てくる転移ポイントの魔法陣だ。固定型「どこでも扉」とでも呼べばいいだろうか?

 要するにリリーの転移魔法とメイの魔道具開発技術を掛け合わせて、誰でも任意のポイントに転移できる装置を開発しちゃおう、という算段だった。


「ははぁ、なかなか面白いことを考えるでありますな」

「私のアドバンテージが……」


 リリーがアイデンティティ崩壊の危機を迎えているが、こればっかりは仕方がないことだ。インベントリの時も似たようなことをした訳だしな。


「メイ。できそう?」

「んー、まあ多分できるであります。でも転移先はランダムに、という訳にはいかないですね。出口側にも装置を設置して紐付けてやる必要があるであります」

「なるほどな。つまり最低二つは必要だと」

「ええ」


 だから今この瞬間「そうだ、皇都に行こう」とか思ったとしても、皇都に行った経験があろうが無かろうが出口側の装置が皇都に無ければ転移はできないということだ。そういう意味ではリリーの転移魔法は凄いんだな。行ったことさえあればどこであっても気軽に転移できてしまうんだから。


「ふふん、私は凄いのよ!」


 リリーが自己肯定感を取り戻したようだ。頬を染めつつ胸を張っている様子は見ていてなかなか可愛い。


「取り敢えず四日後の朝には出発したいから、明々後日までに完成させたいんだ。俺も手伝うから二人とも協力頼むよ」

「任せてください!」

「転移魔法ならお手の物だわ!」


 こうして臨時の新魔道具開発作戦がスタートしたのだった。



     ✳︎



「いやー、完成したであります!」

「本当に三日でできちゃうなんて……」

「技術力ェ!」


 三人寄れば文殊の知恵と言うべきか、それともメイの一人産業革命にひれ伏すべきか。いずれにしても俺達三人(メイの貢献大)の力で、僅か三日にしてまたもや世紀の大発明が世に生み出されてしまったのだった。

 それにしてもリリーの転移魔法の魔法式を書き出して魔法陣に組み込む作業は大変だったな……。そこの作業だけで二日以上かけてしまった。

 まあ、おかげで望み通りのクオリティで完成したのだから言うことナシだ。


「これを皇都に持っていく。これでもう片っぽをハイトブルクに設置しておけばいつでも帰って来れるな」

「仕事の拘束時間外の隙間時間にでも簡単に帰って来れちゃいそうでありますね」

「簡単に言うけど、これ一回の転移で結構魔力消費するのよ」

「そこはまあ俺なら問題ナッシングだ」

「そう言えばハル君、人間魔力タンクだったわね……」


 今の俺の魔力量は5万強。オヤジの10倍以上だ。Sランク戦士のオヤジの10倍なのだから、どれだけ化け物じみた量なのかはわかっていただけるだろう。


「まあ、皇都でも要領よくやるさ」


 何せ、努力は俺を裏切れないのだから。


「できたら週一くらいで帰って来てくれると嬉しいであります」

「そうね。皇都のこと色々と教えてね。三年後には私達も行くんだから」

「そうか、もうあと三年ちょっとで学院生か」


 俺達貴族と裕福な平民は15歳の年になると、各地の学院へと進学する。特に貴族の長男長女は社交界デビューの前哨戦も兼ねて、皇都にある学院へと進学するパターンが多い。

 そして数ある皇都の学院の中でも特に優秀だとされるのが、皇立魔法学院、皇立騎士学院、皇立神聖学院、皇立文理学院の通称「四大学院」だ。

 俺やリリーなんかは魔法が得意なので、おそらく魔法学院に進学することになるだろう。メイも鍛冶の技術――工学魔法が得意なので、おそらくそこに進学する筈だ。

 ちなみにオヤジは騎士学院、母ちゃんは魔法学院出身である。リリーの父親のベルンシュタイン公爵閣下は文理学院出身だそうだ。

 どの学院も貴族や大商会の子息だからといって簡単には入学させてはくれない。身分に関係なく超絶難関な入学試験を課してくるので、例えSランク冒険者と言えども気は抜けないのだ。思わぬところに落とし穴ってのはあるからな。


 ……とはいえ、まあそれは三年後の話。今はまだ各地にある初等学院か、あるいは家庭教師などの下で勉学に励む時期だ。

 既に入学に必要なだけの教養を修めた俺は、その期間を特魔師団での活動に充てる訳だ。リリーは公爵令嬢に相応しく教養にさらに磨きをかけるだろうし、氷魔法や時空間魔法の修練も続ける筈。メイも更なる技術的進歩を遂げて、一人第二次産業革命を起こしたりするのだろう。


 別に、会えなくなる訳ではない。普通に毎週会うだろうし、遊んだり一緒に旅行に行ったりくらいはする筈だ。

 ただ、これは一つの節目だと思う。俺達がより強く、大きくなるための最初のステップだ。


「それじゃ、転移魔法陣はここに置いて……」


 自分の部屋の隅に設置型転移魔法陣を置いて、二人と一緒に庭に出る。


「気をつけてね」

「行ってらっしゃいであります」


 二人が見送りの言葉を言う。


「皇都でもしっかりな」

「頑張って!」

「ハルも出世したわね〜」

「兄上、カッコいいです!」

「あにうえかっこいい〜!」

「かっおぃ〜」

「かっこ〜い」


 続いてオヤジ、母ちゃん、ノエル、アルベール、ロゼッタ、ジークハルトにシャルロッテがそれぞれ激励の言葉を掛けてくれる。双子の姉弟はまだ上手く話せないからまともな言葉になっていないが、それもまた可愛いものだ。


「行ってらっしゃいませ、ハル様」

「お坊っちゃま、行ってらっしゃいませ」


 アリサとアンソニーの新婚夫婦も使用人を代表して見送りに来てくれている。


「皆、ありがとう。じゃあ行ってきます! ……またすぐ帰って来ると思うけどね!」


 俺は『飛翼』を展開して浮かび上がる。皆に影響が無い高度まで飛んでから、風防状に『バリア』を張って一気に加速した。


 屋敷が小さくなっていく。見送りに来てくれた皆が豆粒のようになっていく。ハイトブルクの街が遠ざかっていく。


 俺は皇都目指して飛び立った。

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